承太郎本人は出してるつもりないけど夢主大好きなのが周りにバレバレ。
天然とはかくも恐ろしいものなのか。
花京院典明はそう思った。
ななこは、旅の仲間だ。
イギーなんかよりよっぽど子犬みたいで、なんでぼくらの旅に彼女が混ざっているのか分からないほど普通の女の子。
人懐っこくて、小さくて、おおよそこの風景には似つかわしくない。どうしてこの旅に、と言えば彼女もまたスタンド使いだからだ。
砂漠の真ん中のオアシス、なんて表現が彼女を端的に表している。今の僕らに必要な「水」のスタンド使いだから。…彼女がいるから、僕らは死なずに砂漠を歩ける。だから彼女は確かに他の誰より大切なんだけど。けど。
「…承太郎はちょっと、過保護すぎやしませんかね。」
「ほっとけほっとけ。…オレらが言ってどーにかなるもんでもねぇし、それに…」
ななこは全然気づいてねーだろ、アレ。と、僕の言葉を受けてポルナレフが楽しげに言う。彼の言う通り、承太郎に纏わり付かれるななこは、その好意に微塵も気付いてはいないらしい。
「花京院ッ!ポルナレフー。」
噂の主がこちらに駆け寄ってきた。僕らが楽しそうにしているから気になったんだろう。僕は駆け寄る彼女よりも、その向こうの射抜くような視線の方が気になって仕方ない。
「…ねぇねぇ、なんの話?」
「んー、いやホラ、砂漠抜けたら何したいかって話をよォー」
ナイスだポルナレフ。ななこは見渡す限りの砂地に視線を泳がせながら、そうだねぇ、なんて呑気に笑っている。
「…私はねぇ、買い物がしたいな。」
映画も見たいし、クレープも食べたい!と、まるでデートプランでも考えているような口振りだ。
「まるでデートじゃあねーか。…誰と行くんだよ。」
「えー、でも確かにデートみたいだねぇ。デートもいいなぁ。」
ニヤニヤしながらそんなことを言うポルナレフに呑気なセリフを返すななこは、承太郎のことなんて気にせず楽しげにしている。あんまりくっつくとポルナレフに視線が刺さって焼け焦げてしまいそうだ。まぁ僕は助けないけど。
「…承太郎も、はっきり言わないとななこには伝わらないんじゃあないかい?」
楽しそうな彼女に気付かれないように小声で問いかける。承太郎はジロリとこちらに視線を寄越して溜息を吐いた。
「…なんのことだ。」
「…さぁ、なんのことだろうね?」
とぼけたってダメだよ承太郎。僕と話しているくせに君の意識はずっとななこに向いているじゃあないか。
「のんびりしてると、誰かに取られちゃうんじゃあないかい?」
「花京院。」
からかいの言葉だと分かった上で、彼が僕を睨みつける視線がこれだけ鋭いのだから、彼女だっていい加減気づけばいいのに。
*****
「…ななこ。」
いつの間にかポルナレフとデートプランを語り合っていた私は、襟首をまるで子猫のように掴まれて視線を後ろに向けた。
「…なによぉ、承太郎。」
猫じゃないんだからそんなとこ掴まないで、と言ったけれど、彼は私の言葉なんて気にせずにそのままポルナレフから引き剥がした。ポルナレフは苦笑いしながらも、私を助けてくれることはなく、じゃーなななこ、なんて笑っている。
「…いいから来い。」
理由もなく引き摺られるのは不愉快だ。理由があるなら教えて欲しい。私がそう言うと彼は放り投げるように手を離した。
「…どしたの?水浴びでもする?」
どこかイラついた様子の承太郎にそう言えば、彼は返事もなくタバコを取り出した。どうやら本当に不機嫌らしい。まぁこの暑さでは仕方ないか、と思いつつ私はスタンドを発現させる。
「…しまっとけ。」
「え、水が必要で呼んだんじゃあないの?」
「…やれやれだぜ。」
なんだかよくわからない。どうやら必要ないらしいスタンドを仕舞って、その場にしゃがみこんだ。小柄な私は、承太郎の作る影にすっぽり隠れられる。日差しが遮られるとこの暑さもほんの少しだけマシになる気がした。それにしても学ランで砂漠にいられるなんて承太郎の体温はどうなっているのか。気になって目の前のウール生地にそっと手を伸ばすと、承太郎は驚いたようにこちらを見た。
「…なんだ。」
「え?いやぁ…暑くないのかなぁって。」
へらりと笑ってそう言うと、承太郎は複雑な表情を見せた。クールぶっているけれど高校生なんだよなぁと、仮面の下を垣間見るたびに新鮮な気持ちになる。
「そりゃあ暑いに決まってるだろ。」
ぷい、と背けた首筋が赤い気がして、あぁそうか、日焼けしやすいから長袖なんだなと勝手に納得した。確かにこの炎天下に肌を晒したらあっという間に大火傷な気がする。
「んー、じゃあ一緒に水浴びする?」
ちょっとは涼しくなるかも、と言ったけれど、承太郎は私の肩を掴んできっぱりと断りの言葉を吐いた。
「テメエが倒れたりしたらこの旅は終わりだ。無駄に使う必要はねーぜ。」
「…え、あ。うん、ありがと。」
口調はぶっきらぼうだけれど、その言葉は私を気遣ってくれる以外の何者でもなかったから、戸惑いつつも感謝を述べる。すると承太郎はさっきまでの勢いを失って、私から手を離すといつものセリフとともに帽子の鍔を下げた。
「でもさー、こうも暑いとホント疲れちゃうよねぇ。」
私闘ってないけど、それなりにしんどいもん。と言えば、心配そうな視線が向けられた。
「あれ、心配してくれてんの?…ありがと承太郎。」
「してねえよ。」
「…うそ。」
心配していないなどと言いつつ、彼は屈んで私を上から下までじっくりと見た。影が無くなって、太陽がジリジリと肌を焦がす。
「なんかあったら言えよ。」
「やっぱり心配してくれてるじゃん。」
「…これは『心配』じゃあねーぜ。」
ぽん、と頭を撫でられる。素直じゃないなぁなんて頬を緩めると、承太郎は盛大な溜息を吐いた。優しい癖に意地を張って認めないところが子供っぽいなと思う。
「…心配ないならさ、みんなのとこに戻ろ?」
「…やれやれだぜ。」
歩き出す私の背中に、いつもの声が聞こえた。
*****
「ねぇ、ななこと承太郎は二人で何をしていたんだい?」
戻ってきた二人に声を掛けると、ななこは僕の問いにからかいが含まれているなんて微塵も気付かない様子で返事をした。
「え?うーんとねぇ、…あれ、何してたっけ承太郎?」
きょとんとした様子で見上げるななこに、承太郎は呆れ顔で「やれやれだぜ」と零した。
「僕はてっきりデートの約束でもしてるかと思ったんだけど。」
「…デート?承太郎と?…なんで?」
「テメェ花京院…」
頭の上にクエスチョンマークが見えそうなななことこちらを睨みつけてくる承太郎というなんともシュールな図に笑いを禁じえない。二人っきりでいい雰囲気に見えていたのに、ななこには全然伝わっていないのだろう。
「…ななこがさっき言ってた『砂漠を抜けたらしたいこと』、承太郎が叶えてくれるって。」
睨まれるのも面倒だしと承太郎に助け船を出す。ななこは丸い目をさらにまんまるにして「ホント?でもなんで花京院が知ってるの?」なんて言っている。この場合知らないのは君だけだよ、と思ったのだけれど、それを僕が言うのはあまりに野暮だからやめておいた。
「…ありがと承太郎。だいすき!」
そう言うななこの満面の笑みには純粋な好意だけが詰まっていて、僕は本当に、天然って怖いな…と思った。
20160506