「あ、仗助くんだ! ずいぶん久しぶりのような気がしなァい?」
間延びした声がおれの後ろから聞こえる。
振り向くと思ったより近くに見知った顔があった。
「ななこさん。……久しぶりっスね」
おれは会いたかったのに、この人はなんとも思ってないんだろうか。そう思うとこの可愛らしくも呑気な笑顔が腹立たしい。
「……どしたの? ゴキゲンななめ?」
あ、もしかして私に会ったの嬉しくない? なんてニコニコしながら続けるななこさんは、前に会った時より随分と大人びて見えた。『久しぶり』のせいかは知らないけど。
「そーいうワケじゃあないっスけど」
「私は嬉しいよ。……ね、デートしない?」
笑顔のまんまさらりと言ってのけるその言葉が、どんな意図を持つのか測りかねる。
彼女にとっては友人と買い物に行くのも「デート」なのかもしれなくて、おれがその言葉を容易く口にできないのは、きっと彼女の思う言葉と違う意味を持つからだ。
「……アンタさぁ、言葉の意味分かって言ってんの?」
他のヤツ(心が狭いと言われるだろうけど、男だって女だって、ななこさんとデートしてたらおれは嫌だ)にもそうやってニコニコと誘うんだろうとか、会えない間もアンタはそうやって笑って過ごしてたんだろうとか、そういういろんな気持ちがないまぜになって、妙に棘のある声が出た。
「……わかってるよ」
ななこさんは急に真剣な面持ちで俺を見た。
おれの言葉の棘を跳ね返すみたいな硬い表情に、思わず足を止める。
「なんスか、そんな急に真剣な顔して……」
「……迷惑だったならごめん」
おれが口を開くより早く、ななこさんは踵を返して走り出す。
今捕まえなきゃ、この人はいなくなってしまう。久しぶり、って言葉すら、かけられなくなってしまう。
待って、悪かったよ、おとなげなくて、ガキだから、おれ、アンタのこと、
いろんな言葉が頭を巡って、ななこさんを追いかけて、腕を掴んで引き寄せて、慌てたおれの口をついた一言は
「……好きなんだ」
だった。
逃げ出したななこさんをおっかけてパニックだったおれの心臓は、吐き出した言葉を捉えてさらにドクドクと鳴り、なんだかどうしていいかわかんなくて、固まったまま縋るようにななこさんを見た。
「……じょ、すけくん……それ、ホント……?」
上気した頬にまんまるの目、一生懸命言葉を飲み込もうとキョロキョロして、おれと目が合って恥ずかしそうに逸らして。
「マジっス。大マジ。」
ここで逃げたら男じゃあない。そう思って目に力を込める。言っちまったのはイキオイでだけど、この気持ちはずっとだから。
「……嬉しい、」
真っ赤になって俯いて、「わたしも」と小さく呟くななこさんがものすごくかわいくて、掴んだ腕を引き寄せた。
小さな悲鳴と共にななこさんの身体がおれの胸に飛び込む。ふわりと香る甘い匂いに脳天が痺れそうだ。
「……なぁ、『わたしも』の続き」
「えっ!?」
制服に埋もれた唇からくぐもった声。抱きしめる腕に力を込めて「言えたら離すっス」なんて意地悪。
「……言わない、から……まだこのままがいいなァ。」
あぁ、ななこさんのが一枚上手。
細い腕がおれの背に回る。胸に凭れる小さな身体は、すっかりいつもの調子を取り戻したらしい。
「追いかけてくれたの、ドラマみたいだったねぇ」
小さく震えるのは、彼女の思い出し笑い。
こうやってこの先も揶揄われるとしたら、結構前途多難かもしれない。
「笑うんじゃあねーっスよ!」
もー! と勢いよく身体を離すと、ななこさんは悪戯っぽく笑って「まだ言ってないよ?」なんて。
「デートしながら聞くからいいっスよ」
ぷいと顔を背けると、ななこさんはにっこり笑って口を開いた。
「何回だって言ってあげるよ、仗助くん、大好き!」
20231005 お久しぶりです。
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bkm