学生の本分が勉強だっていうのは、そりゃあわかる。わかるけど。
「宿題やった?」
「ななこさんさぁ……その『宿題』っつーのなんとかなんないっスか?ガキじゃあねぇんだから」
せめて課題と言って欲しい。なんつーか、気持ちの問題で。
「だぁって宿題は宿題じゃない?ちゃんとやんなきゃだめだよぉー」
間延びした声でななこさんが言う。やってるっつーの、と小さく呟き、目の前の問いを恨めしげに見つめた。この量だと頑張ったってまだあと30分はかかるだろう。
「終わってからくればいいのに」
邪魔しちゃ悪いしあっちにいるね、なんて笑いながら言うななこさんは、おれが会いたくて来てるってことをわかってないんだろうか。
ななこさんの机は社会人の一人暮らしにぴったりの簡易的なもので、決して使い心地は良くない。けど、こうして発破をかけてくれたりだとか終わってコーヒーを淹れてくれたりとか、そういうのが幸せでおれは学校からまっすぐここに帰ってくる。(ななこさんは忙しいから、会えるのは週ニがせいぜいだけど)
おれが机に向かっているとき、彼女はたいていキッチンにいる。おれに気を遣って、部屋には入ってこないから、早く会いたい一心で課題(小学生じゃねーんだし宿題っつーのはやめて欲しい)は家でやるよりずっと早く終わる。
黙々とペンを走らせていると、ななこさんがそっと部屋に入ってきた。いつもなら部屋のドア近くから手を伸ばして持っているカップをそっと机の端に置くのに、今日は何も持ってない。そんでもっておれのすぐ近くまで。
「……なんスか?」
いつもと違う雰囲気に、顔を上げた。ななこさんは神妙な顔のままゆっくり近づいてくる。ぽかんと中途半端に開いたおれの唇に、ななこさんのくちびるが、くっついた。
「……」
「…………」
は? マジかよこんなことってある? とか内心パニックだけど、珍しくななこさんからキスしてくれたし、と遠慮なく舌を絡ませる。
彼女の頭を押さえ込もうと柔らかな髪に指先を差し入れたところで、ふと違和感。
「……ッ、ん……?」
ちくりとした刺激は絡ませた舌先からジリジリと広がって、止まることを知らない。
なんだ、これ、
「ちょ、辛いんスけど!?」
勢いよく唇を離すと、ななこさんは見たことがないくらい楽しげに笑った。
オレの視線は「だよね、辛いよね、」なんて言葉を零すさっきまでくっついていた柔らかな皮膚に思わず釘付けになる。
「……なんなんスかこれェー」
離したはずの唇の刺激はだんだん強くなっていく。ピリピリとした痛みを舌でなぞっても、消える気配はない。
「いやぁなんか眠くなっちゃったからさ、眠気覚ましと思って辛いカップスープ飲んだら思いの外辛くて」
「……そんでオレも道連れにしようと思ったってコト?」
「……そう」
えへへ、と悪戯っ子みたいな顔をしているななこさんの腕を掴んで引き寄せる。彼女は目をまんまるにしてオレを見る。
「なぁ、アンタ自分がしたことわかってる?」
寄せた耳元にそう囁けば、ななこさんはようやっと自分の行動を理解したのか、真っ赤になってバタバタと暴れはじめた。
「……今更恥ずかしくなったって遅いっスよ」
逃げられないようにぎゅっと抱き締めると、ななこさんは恥ずかしげに顔を背ける。赤い耳元に唇を押し付ければ、溜息とも吐息ともつかない音がした。
「ちょっ……しゅくだい……」
「そんなの休憩っスよ。誰のせいだと思ってんスか」
ななこさんの唇から零れた「でも、」なんて言葉を遮るみたいに口付ける。痛みだって熱さだって、アンタがくれるもんなら全部嬉しい。……別におれはマゾじゃあねーけど。
「……からいよ、」
「……甘くなるまで離さなかったらいーんスか?」
伏せた瞼をYESの返事と受け取って、おれは再びななこさんの背をぎゅっと抱き締めた。
20210331
prev next
bkm