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花一輪

 庭の花になど、さしたる興味はなかった。ただ、生えっぱなしにしておくのはわたしの望む暮らしから遠いから、時折金を払って手入れをしていた。それだけだ。
 口数の少ない老人の庭師が、ここしばらくわたしの庭の手入れをしてくれていた。だからわたしは今回も、その植木屋に仕事を依頼した。電話口に出たのは若い女だったが、単なる事務員だと、気にも留めなかった。
「吉良さーん、お庭のお手入れに来ましたー!」
 縁側から飛び込んで来た声は、どこか聞き覚えがあった。まさか、と思いながらわたしが庭に出ると、あの老人の庭師と似たような格好をした若い女がいた。
「……わたしが頼んでいるのは、君ではなかったはずだが」
「いえ、先日お電話いただきました」
「そうではない……いつもの、彼は、」
「あ、おじいちゃんですか! あの、申し訳ないんですけど、ちょっと、具合を損ねてしまって、」
 まるで馴れ馴れしい言葉は、社会人とは到底思えない。これ以上話しかけられたくなくて、大袈裟に溜息をつく。
「……すみません、あの、精一杯頑張りますので!」
「……あぁ」
 せめて手が美しければ、と思ったが、庭師の手が嫋やかであるわけもなく、視界の端に入ったのは女性とは思えない、皮膚の分厚い汚れた手だった。あの老人の孫だと言われればなるほどと思える。
「……わたしは中にいるから、終わったら呼んでくれ」
 話す価値も殺す価値も見出せず、わたしは彼女の作業が終わるまで本でも読むことに決めた。

*****

「すみませーん、吉良さーん!」
 しばらくして彼女はわたしを呼んだ。終わったにしてはあまりに早すぎる時間に、首を傾げつつも庭に向かう。声は庭の端の方から聞こえていて、わたしは渋々靴を履き、彼女の元に向かった。
「……終わったら呼んでくれと言っただろう」
「すみません、でも、……ミセバヤが綺麗だったから」
 見てください、と指した先には桃色の花が沢山咲いていた。彼女は「こんな奥じゃあなくて、もっと見えるところに移してもいいですか」と小首を傾げる。
「……好きにしたらいい。わたしはあまり興味はないのでね」
「ありがとうございます!」
 今のわたしの返答のどこに、そんな笑みを零す要素があるのだと首を傾げたくなるほど幸せそうに笑った彼女は、その汚れた手を躊躇なく土に突っ込んだ。その指先は美しくもなんともないはずなのに、なぜだかわたしは、彼女の手がその花を掘り返すところから、視線が離せなかった。
「……ミセバヤ、の由来って知ってます?」
「……先程、興味がないと言ったはずだが」
 わたしの声が冷たいことに彼女は気付かないのだろうか、楽しげに言葉を紡ぐ。
「『君に見せばや』……君に見せたい、と文をつけてこの花を贈ったのが由来らしいです」
「そんな薀蓄を披露するために君はわたしを呼んだのか」
「いえ、あの。花言葉が、『大切なあなた』なので、……もし、吉良さんに大切な方がいれば、少し、贈ってはいかがかと」
 沢山ありますし、と花を掴んだ指先は、魅力的なんかじゃあないはずなのに。花にだって、興味はないはずなのに。
「……余計なお世話だ」
 あぁそれなのに、どうしてこの泥まみれの指先から、目が離せないのだろうか。わたしは。

20171227


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