別の何かがあって初めてその存在を知ることができるなら、それは「見える」ってことだよ。
歳上の、オレよりずっと大人な彼女は、そう言って笑った。
「オトナっスねぇ」
「普通でしょ。……仗助くんだって、風とか空気とか、見えないものわかってるじゃあない?」
「風と空気は一緒じゃないんスか」
「ふふっ、そうだね」
ななこさんは春風みたいにふんわり笑って、だから私は君のスタンドをちゃあんとわかってるよ、と胸を張った。
「それは自慢することなんスか?」
「もちろん!」
ねー、クレイジーダイヤモンド! なんてオレの背に微笑みかけるななこさん。今はそこにはいねーけど、なんて野暮な言葉は飲み込んで、この優しい恋人を抱き締める。
「……なに急に」
「いや、妬けるなー……なんて」
「大丈夫! 仗助くんしか見えないよ!」
ちゅっと可愛らしいリップ音を立てて、柔らかな唇が頬に押しつけられた。そう言われちまうと、見えなくてもいいやと思えてしまうのが不思議だ。見えなくたって、ちゃあんとわかる。
「……でも、見えたら面白いのにね」
「アンタがスタンド使いだったら、オレは気が気じゃあないっスよ」
今だって、どっかに行っちまいそうで怖くなる時があんのに。
……そう言ったらきっと、可愛らしく「なんで?」なんて小首を傾げるんだろう。この人は、自分の可愛らしさを、どれだけ人を惹きつけるかをわかってねーとこがあるから。仗助くんは心配なんスよ。
「私がスタンド使いだったら、仗助くんが守ってくれるんでしょ?」
「スタンド使いじゃなくたって守るに決まってますケドねー」
「頼もしいなァ、大好き!」
くすくすと笑いながらネコみたいに首筋に纏わり付くななこさん。常に抱き締めていないといなくなっちまいそうだなって思うから、守る、って言葉はいささかニュアンスが違うような気もする。
「どっちかっつーと、捕まえとく方じゃあねーっスかね?」
ぽつり零れたその言葉を拾い上げたななこさんは、「捕まえといてくれるの?」なんて悪戯っぽい笑みを向けた。
「捕まえとかないといなくなっちまうから」
軽く返したつもりの言葉は思ったよりずっと寂しげに響いて、ななこさんはちこっとばかり悲しげな瞳をした。
「だったらちゃあんと捕まえておいてよね!」
沈んだ空気を一瞬で霧散させる明るい声でななこさんは笑って、おれの唇に噛みつく。閉じた瞳が開く頃にはななこさんの瞳に哀しさなんてモンはすっかりなくなっていて、あぁこの人はやっぱり大人なんだなと、なんだか胸がきゅうっとなる。
「ぜーんぜん、足んねーっスけど」
湿っぽいのはおれだって好きじゃあないから、精一杯の強がりでななこさんをきつく抱き締めた。
抱き返すななこさんがいつもより儚く見えて、この人にもスタンドが見えたらいいのになんて一瞬だけ思う。
でもきっと、クレイジーダイヤモンドを見つめるななこさんにすら嫉妬しちまうんだろうなって思うから、おれはまだまだガキなんだろうな。きっと。
20200823
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bkm