梨花さんからのリクエストで、カーセックス
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「仗助くーん、ドライブ行こーよ!」
軽快なクラクションに窓の外を見たら、ななこさんがいた。
「……チコっと待ってください!すぐ降りるんで!」
窓からそう叫んで、飼い主に呼ばれた犬よろしくカバンを引っ掴んでドタドタと階段を降りる。靴を足元に絡みつかせるようにして玄関を転がり出ると、ななこさんはニコニコと可愛らしく笑って「さっすが忠犬、速いねぇ」なんて軽口を叩いた。
「そりゃあこんなんびっくりしますし……慌てますって」
助手席に乗り込んでシートベルトを締めるオレの頭をななこさんの手が撫でる。ホント犬扱いかよって思うときもあるけど、なんだかんだでこの手が好きだから、髪が乱れたっていいかな、なんて思っちまう。
「どこ行くんスか? もう結構暗いっスけど」
「んー、イイトコ」
ブン、とアクセルを吹かして車は勢い良く走り出す。黒いハンドルを握ったななこさんのキレーな爪が時折街頭に照らされる。
行き先も知らない夜のドライブっつートコなんだろうか、と思ったけど、聞くのも無粋だよなぁなんて思って、オレは真剣に前を向くななこさんの横顔を盗み見るのに集中した。
対向車のライトもまばらになった頃、ななこさんは窓を全開にした。夜を纏う秋風が勢い良く吹き込んで髪を乱す。ななこさんのキレーな髪がたなびくのを見て、せっかくならお日様の下で見てーな、と思う。
「……海、っスか」
「流石にこの時間は誰もいないね」
夏ならばまだ車もあるだろう海沿いの駐車場は、すでに肌寒い季節とあってオレたちだけだった。まだ熱の冷めない広いアスファルトの上に、車が一台。ななこさんは白線を全く無視してテキトーに車を止める。こういうのはちゃんと停めなくても怒られはしないもんなんだろうか。疑問を口にするよりも先に窓が閉まったので、なんだかタイミングを逸した。
「……散歩でもするんスか」
夜の砂浜なんてロマンチックだ。とシートベルトを外してドアに手を掛ける。
ガチャ、とロックの音がしたはずなのに、ドアは開かなかった。
「なんでカギ閉めちまうの?」
開かないでしょーよ、と笑ったオレの唇にななこさんの顔が近付く。「いいんだよ」と囁くように告げた言葉が梨花さんの唇から押し付けられる。
「……っ、え……?」
疑問を霧散させるみたいに舌が潜り込んで、オレの歯列を撫でる。狭いシートごと抱き締めるみたいに回された腕が、柔らかく首筋をくすぐった。
「……楽しいコト、しよ?」
重なる唇が揺れる。オレの脳に染み込んだのはその言葉かそれとも柔らかな吐息かなんて考える間も無くななこさんの舌が蠢いて、どんどん思考を曖昧にしていく。与えられる快感に吐息を零すたびに、ななこさんが嬉しそうにするのがなんだかむず痒い。
「……外だって、わかってる?」
「……ッ、アンタがそれ……言うんスか……」
すっかり自己主張したオレを服の上から撫でながら、ななこさんが笑う。言われてみれば車内だって立派な野外だって気もするけど、そもそもカーセックスって単語がある以上、世間に浸透した行為なんだろう、きっと。
「……でもななこさんが誘ったんスよね?」
「ひゃあんッ」
服の裾を勢いよく持ち上げて下着の上からたわわな胸を鷲掴みにすると、ななこさんは可愛らしい悲鳴を上げた。上気した頬が街頭に映し出されてぼんやりと見える。
「……もしかして……見られんの、好きとか?」
「……んっ、……あ、えっとねぇ……」
いつもより反応がいいもんだから思わずそう問いかけたら、ななこさんはオレのベルトをカチャカチャと鳴らしながら当たり前みたいに「見せつけたいとは思ってるよ」と言った。
「……ッ、アンタなァ……」
「……固くなったね、嬉しい?」
「うるさいっスよ……ななこさんだってカタくなってんじゃあないスか」
「あっ
」
下着の上からでもわかる頂きを摘み上げるとななこさんは可愛らしく声を上げ、「ベルトが外せないじゃない」と笑った。
「ホントにココですんの……?」
「……ふふ、ホントにするよ?」
狭苦しいシートで身動きが取りにくくてチコッとだけ不安だ。ななこさんはオレの気持ちなんて全然気付かないみたいに器用な手付きでズボンのジッパーを下ろした。窮屈な下着から解放され、思わず身体が震える。
ななこさんは指先でくるりと先端を撫でながら、「ゴムはしなきゃねー、」と笑った。慣れてます、みたいな態度を見るたびどうしたって不安になるのに、この人はオレの気持ちなんかお構いなしだ。
「慣れてんの」と言いたい言葉を飲み込むみたいに勢いよくななこさんに口付ける。キスのせいで手許が覚束なくなったななこさんは、オレの舌を柔く噛んで不満を零した。
「……もー、仗助くんてば」
「……だってななこさんがえっちだから」
「今頃気付いた?」
知っててよ、なんて笑うななこさんは、本当に綺麗だと思う。丁寧に手入れされた指先も、艶やかな唇も、肌も。
「知ってましたけどォー」
「じゃあ今更言わないの。……いただきます。」
宥めるような口付けを落として、ななこさんはオレの上に腰を落とした。そんないきなり突っ込まれるなんて思ってなかったのに。
「ちょ、待っ……ぅあ、」
「……んっ……流石にちょっとキツ……」
そりゃあそうでしょうよ、って言ってやりたかったけど、ミシミシ音がしそうな程に締め付けられてそれどころじゃあなかった。う、とかあ、とか声にならない音を吐き出して射精感をやりすごす。
「……無理しすぎじゃ、あ、ないんスか……ッ」
ようやっとそう言えば、ななこさんは潤んだ瞳で「早く欲しかったんだもん」としがみ付いてきた。痛いんじゃあないのかって心配になったのは一瞬で、そりゃあそんなコト言われたら止まれねーッスよ。
「も、煽んな、よッ」
「ひぁ、んッ!」
ぐ、と腰を突き上げると、ななこさんはオレにしがみ付きながら背をしならせた。オレはそれを遮るみたいに彼女の身体をぎゅっと掻き抱く。頭をぶつけやしないかと思ったのもあるけど、そんなことよりこの人の一番奥までぐちゃぐちゃにしてやりたかったから。
「やっ
ん、あッ、仗助く……ッ激しッ、ン
」
やだ、なんて口ばっかりなのはよく知ってるから、ななこさんの声がもっともっと出るように突き上げる。車のサスペンションが弾んでなんだか変な感じ。っつーか、コレ外に聴こえてねーのかな。
「ななこさんッ……すげ、きもちい……」
「んっ、あ
私もッ
気持ちい……!」
ななこさんはベッドの上の変わらず声を上げてオレの上で腰を使うもんだから、なんかココが車だとかそーいうの途中から忘れちまって、オレもななこさんも、訳わかんなくなるくらい抱き締め合いながら、ただ快楽を貪った。
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「はー、気持ち良かった!」
「……ななこさんもーちっとさァ……」
ななこさんとの事後は、なんていうかこう、スッキリしたー、みたいな爽やかさがあるんだけど、流石に窓を開けながらそんなコトを言われちゃあ恥ずかしい。
すっかり普段通りの表情のななこさんの額に張り付いた髪がなんだか生々しくさっきまでの情事を思い出させて、身支度を整えたはずなのになんだかすごく後ろめたい。
「……なんか不満だった?」
気持ち良くなかったとか? なんて不安げにされるとやっぱり敵わなくって、オレは運転席に戻っちまったななこさんの肩をもう一度助手席側に抱き寄せて、耳元で囁いた。
「不満じゃあなくって、癖になりそーで怖えなって思ってんの」
20191102