バレンタインの練習、なんて可愛らしすぎると自分でも思うのだけれど。
「……でも失敗するわけにもいかないしねぇ、」
そんなことを独りごちながら、材料を混ぜる。仗助くんはきっと学校で沢山チョコレートをもらうだろうから、日持ちして簡単なチョコレートブラウニーにしようかな、なんて。単に私が不器用だから、チョコレートのテンパリングとやらに自信がないだけだったりする。
「ちーっス」
玄関先から声が聞こえて、あれ、鍵開けてたっけ? と首を傾げたけれど、そんなことより今は手が離せない。
「ごめん仗助くん! 今ちょっと手が離せないから上がって!」
大声を出せば、呑気な返事の後足音が近付いてきた。私が珍しく台所にいることに怪訝な表情を浮かべながら、仗助くんは私の手元を覗き込む。
「ななこさん、なにしてんスか」
「え? 練習……」
我ながら間抜けな返事だと思う。当の本人に言ってしまうのはまずかったかなと気付いたけれど時すでに遅く、仗助くんは不思議そうに「なんの練習スか?」と不思議そうに私の顔を見た。
「……えーっと、……ないしょ」
「えー。んじゃあ何作ってるかくらいは教えてくださいよ!」
チョコレートブラウニーだよ、と言えば、仗助くんは「なにそれ美味そう!」と目を輝かせた。おやつを見せられた犬みたいな、期待のこもった視線が手元に注がれる。
「……まだ時間かかるよ?」
「でも焼けたら俺食えるんスよね?」
もう食べられることが前提の言葉に思わず吹き出せば、仗助くんは頬を膨らませて「なんで笑うんスか」と不満の声を上げた。
「……楽しみにしててくれるの嬉しいなって」
「いやそーいう笑いじゃあなかったっスよ!」
ぎゃあぎゃあ喚く彼を差し置いて、混ぜ終わった生地を型に流し込みクルミを散らす。オーブンに入れてスイッチを押せば、後は野となれ山となれ。
「あとは待つだけね」
「どんくらい?」
待ちきれない様子の仗助くんが可愛い。そう言えばブラウニーって寝かせた方が美味しいやつじゃあなかったかしら、と笑えば「焼きたてが美味いんじゃあねーのかよ」と驚きが返された。
「あっ、じゃあ明日も来て食べ比べりゃあいいんスね!」
「……ちゃっかりしすぎじゃあない?」
まったく賢いんだから、油断するとすぐ付け入られてしまう。でもなんていうかこの「してやられる」感がちょっとばかり嬉しいなんて私も大概だ。
「……まだ美味しいかもわかんないよ?」
「美味いに決まってるじゃあないっスか!」
ななこさんの愛情たっぷりっスもんね、なんてさらりと言って笑う仗助くんに、「なにそれ」と冷たく言えば、彼はそれが私の照れ隠しだとあっさり見抜いたらしく、「だって、バレンタインの練習だろ?」なんて言いながら私の肩を抱いた。
「なっ、なんで知って……!」
「そんなんこの仗助くんにはお見通しっスよ」
恥ずかしがる私をぎゅうぎゅう抱きしめた仗助くんは、「俺も練習しなきゃあダメっスかね」と独り言のように呟いた。なんの練習なのかと聞けば、彼は私の耳元に唇を寄せて、ゆっくりと囁いた。
「……ななこさん以外からのバレンタイン、断る練習」
20171230
凪さまリクエストありがとうございました!
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bkm