「アバッキオ」
「……なんだよ」
めんどくさそうに瞳を伏せる目の前の長身の男は、その憂いがひどく似合っていた。
「呼んでみただけ」
「用もないのに呼ぶな」
舌打ちなんかしながら言われても全然怖くないのは、そこそこ長い付き合いのお陰だ。アバッキオはなんていうか、他人をあまり認めていない。ブチャラティのことはあんなに大好きなくせして、彼以外の人間とは距離を詰めようとはしないんだ。
「……でもさぁ、呼びたくなるじゃん?」
「……なにが」
「アバッキオ、って」
語呂がいい、と言えばいいんだろうか。私は彼の名前が好きだ。なんとなく口ずさみたくなるし、見かけたら呼びかけずにはいられない。そんな風に言えば呆れ顔で溜息を返された。
「……意味がわからねえな」
「だって素敵な名前じゃあない?」
レオーネ・アバッキオ、の響きが好きだと思う。とても美しい名前だ。例えるなら、彼の髪のような。
「……うるせぇよ」
ふい、と顔を背けられた。私がもう一度彼の名前を呼ぶと、「いい加減にしろ」と、溜息と共に返された。
「どうして? 名前を呼ぶくらい別にいいじゃあない」
「……ななこ」
アバッキオはやけに真剣な声で私を呼んだ。「なぁに?」と返せば、もう一度名前が呼ばれる。
「……嫌じゃあねぇのか」
「嬉しいけど」
小首を傾げながらアバッキオを見上げれば、理解できないとでも言いたげな瞳でまた溜息をつかれた。それから彼は「なんでだよ」と呟く。なんで、と、言われても。
「なんで、って……なんでだろう?」
語呂がいいから、と先程の繰り返せば、「それなら他の野郎だってそうだろ」と言われた。確かにブチャラティやミスタ、フーゴもナランチャも、語呂はとてもいい。そもそも人名なんて、呼びにくいようには名付けないのだから当たり前ではあるけど。
「……でも、アバッキオの名前が一番好き」
「アバッキオの『名前』が、ねぇ…」
アバッキオは含みのある笑みを浮かべると、「そりゃあ本当にオレの『名前』が好きなのか?」と言った。
ぱちくりと瞬きをして、彼の言葉を真意を考える。私がアバッキオを呼ぶのは……、
「あっ! アバッキオ! わたし、名前だけじゃあなくてあなたのことが好き!」
よく考えたら簡単なことだった。なんだ、そんなことかと、あっさり腑に落ちたのが嬉しくて、飛びつかんばかりの勢いでそう言えば、彼は自分で言ったくせに目を白黒させながら「はァ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「てめぇ何を、」
私の反応が想定外だったのか、アバッキオは戸惑いを露わにしている。それがなんだか可愛く見えてしまったのは、本当に彼のことが好きだって証拠のような気がした。
「……アバッキオが言ったんでしょう?」
「……からかってやろうと思っただけだよ」
「でも、アバッキオのせいで気付いちゃったんだからちゃあんと責任取ってよね」
「うるせぇよ」
面倒くさそうに顔を背けるのは、照れ隠しなのか迷惑なのか。
いずれにしても、私が彼の名を呼ぶ日々は、まだまだ続きそうだな、なんて思いながら、私はまた、アバッキオの名前を呼んだ。
20171210
prev next
bkm