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君が好き!






「…ななこ先生って可愛いよなァ…」

いつもの昼飯時、廊下を通る人影を目にした億泰が惚けたように呟いた。視線の先を見れば、先日から教育実習に来ているななこ先生の姿。確かに可愛いと噂になってたな、なんて思いながら億泰を見たら、結構マジで彼女しか見えてないっぽくて。

「結構噂になってるよね。まぁ確かに…って、僕はこれ以上言えない気がするけど。」

康一は苦笑しながら辺りを見回した。今日は珍しく由花子が用事だとかでいないけど、確かにうっかり聞かれたりした日には大事件だ。

「俺も聞いたぜー。確かになんつーか、可愛いよなァ。授業は出たことねーけどさぁ」

そう言えば億泰のクラスは彼女が教壇に上ることもあったな、と思って授業の様子を聞いてみた。

「それがよォ、すげーんだよ。なんつーか、めちゃくちゃ優しくってよォ…」

俺みたいなのにもちゃんと教えてくれんだよ、と熱弁をふるい出して驚く。まさかコイツの口から勉強の話が出る日が来るなんて。こりゃあ雨でも降るんじゃあねーの、と窓の外を見てみたけれど、真っ青な秋空が広がっているだけだった。
俺が明後日の方向を見ているにも関わらず、億泰はさっきから焼きそばパンを片手に、如何にななこ先生が可愛らしく優しいかを語っている。もうなんつーか、それって。

「なぁ〜、それってよぉ、おめーセンセーのコト好きなんじゃあねーの?」

俺がそういうと億泰はみるみる真っ赤になった。齧っていた焼きそばパンを喉に詰まらせたらしく、目を白黒させている。康一が「僕もそう思うけどなぁ」と笑いながら、パックのイチゴ牛乳を差し出した。億泰は慌ててそれを受け取り、どうにか飲み下す。

「ッでもよォ〜、先生だし、年だって離れてんだろォ…」

「何言ってんだよ億泰、俺のおふくろとジョースターさんの年齢差知ってんだろ」

身内の話を出すのもどうかと思うけど、それを考えたらなんてこたーねぇだろうと思う。っつーかあのジジイすげーな。

「でもよォ…俺なんて相手にされねーよ…」

バカだしよォ〜、なんて情けない声を出す億泰を、肘で突っついた。

「おめーはそんなこと考える程の脳みそあんのかよ。」

康一から「仗助くん、」と諌めるような声を掛けられたけど、別に億泰がバカなのなんて今更だし、コイツがうじうじと思い悩んでいる方が、俺にはよっぽど理解できない。

「…実習生なんて二週間しかいねーんだからよォ、チャンスなんて一瞬しかねーぞ?」

真剣な眼差しでそう言えば、億泰はごくりと喉を鳴らして「…そーだよなァ…」なんておおよそコイツに似つかわしくないほどの真面目な顔で呟いた。

「フラれたっていーじゃねーか、いなくなっちまうんだから!」

「なんでフラれる前提なんだよ!」

ヒデェよ仗助、なんて情けない顔に「協力するっつってんだよ」と告げれば「マジかよ!」と力のこもった返事。

「うん、僕も頑張ってみたらいいと思うな。」

「康一おめーは由花子がいるからってヨユーこいてんじゃあねーよ!」

俺のモテなさ知ってんだろォ、とまた情けない顔になっているコイツは、本当にモテないんだろうか、と首を傾げる。女子に聞いたことはないから知らないけど、億泰はいい奴だ。ちょっと、いや大分バカだけど。そのバカがマイナスになるのは同年代だからで、そこそこ年上となればまた話は変わるんじゃあねーかな、なんて思ってみたり。

「よっし、じゃあこの仗助くんが一肌脱いでやるぜ」

「僕も協力するよ!…といっても仗助くんみたいに力にはなれないだろうけど。」

俺と康一が意気揚々と宣言したところで予鈴が鳴り、俺たちは一旦それぞれの教室に戻ることになる。

*****

協力すると言った手前、ちゃんと調べてやろうかなと俺はクラスの女子に色々と聞いてみた。彼女たちの情報網は侮れない。
通っている大学はもちろんのこと、実家が杜王町でうちの学校のOGであることやら、血液型から家族構成、果てはよく行く店まで教えてくれて、まぁよくそんなことまで知ってるなと驚くほどだった。

「なに?仗助くん狙ってるの?」

「いや、そーじゃねーんだけどよぉ〜。チコッと気になるっつーか」

曖昧に誤魔化そうとしたら騒ぎになりそうだったんで、慌てて鞄を引っ掴んで逃げるように教室を出た。廊下で由花子を待っているらしい康一に会う。

「…あ、仗助くん急いでどうしたの?」

「おぅ、いや…女ってこえーな。」

苦笑いする俺に頷く康一の背中にも、悲哀の色が見えたような気がした。

*****

「…っつーわけでよぉ〜、仗助くんは色々聞いて来たぜェ」

「まじかよすっげーなァ!」

目をキラキラさせる億泰に俺が聞いた限りの情報を教える。一気に喋ったせいかコイツのキャパを超えちまったみたいで、必死に考えてるのはわかるけど多分覚えてないだろうなってのが目に見えるようだ。

「…で、一番教えたいのはここなんだよ。」

「…おう。」

ぶんぶんと頭を振って居住まいを正すから、俺も声を潜めてまるで大切な話をするみたいに膝を突き合わせる。

「ななこセンセー、ドゥ・マゴによく行くらしーぜ。」

「マジかよ、ドゥ・マゴって俺らがよく行くカフェ・ドゥ・マゴォ?」

じゃあもしかしたら会えるかもしんねーのか!と喜ぶ億泰を落ち着かせる。俺らが行く時間、彼女は多分仕事中だ。だから会えるとしたら土日、それだって運任せにするには難しすぎる。そういったようなことを噛み砕いて伝えれば、億泰はしょんぼりと肩を落とした。

「そーだよなァ…偶然会うなんて難しーもんなー…」

「だからいいんだよ、」

意味深に笑みを零す俺の意図がわからないらしい億泰は、なんでだよ、なんて唇を尖らせている。コイツには女心っつーもんがわかんねーらしい。まぁ分かってたらこえーけど。

「女子っつーのはよォ、運命だとかそーいうのに弱いわけ。わかるか?」

「俺バカだからわかんねーけどよォ〜、仗助が言うならそうなんだろうなァ…」

ふむふむ、と頷きながら真剣に聞く姿を見て、なんか本当こいつ素直だよなぁと妙に感心した。

*****

「なぁ〜、仗助マジで俺こんな格好すんのかよ…」

「ったりめーだろォ!仗助くんのセンス舐めんじゃあねーぞ!」

「腕とか指とか重くってよォ〜、なんかすげー気になんだけど。」

決戦は土曜日、俺は朝から億泰んちに行って、頭から爪先まで完璧に仕立て上げた。俺としては満足いく出来なんだけど、当の本人は不安げにキョロキョロしている。まぁこの家に姿見がないせいもある。
あとは「偶然」ってヤツを演出するだけだ。そこもバッチリ抜かりなく、連絡先を交換したって言う女子に、ドゥ・マゴの土日限定メニューの話をしてもらった。「食べてきて月曜に感想教えてね!」って言われたら多分話の種に行くに違いない。対価の昼飯くらいなら、友情に比べたら安いもんだと思う。

「ホントにいるのかよォ…」

そんなことを口にしながら歩いていた億泰は、不意にぴたっと立ち止まった。視線の先、ドゥ・マゴのテーブル席には確かに何人かの女性がいるけれど、俺にはどれがななこ先生なのかイマイチわからない。

「…いたのか?」

「…おう。」

こくり、と頷く様がロボットみたいにぎこちない。緊張するこの友人を送り出すべく、俺は勢い良く億泰の背中を叩いた。

「よっしゃあ、グレートにキメて来いよ億泰!」

*****

「…ななこセンセ」

不意に名前を呼ばれて振り向くと、見知った顔があった。

「…あ、えーっと、…虹村億泰くん。」

「どーしたんだよ、こんなとこで」

緊張した面持ちの彼は、上から下までビシッとキメていて、もしかしてデートかな、なんて。
普段の学ラン(あれはもう学ランの域を超えてる気がしている)姿もなかなか似合ってるけど、今の雰囲気はすこしばかり大人っぽくて素敵だと思う。

「…連絡先交換した子からメールが来たんだけど…」

土日限定のメニューなんてどれだかわかんなくて、と言えば億泰くんは私の座る向かいの椅子を引いた。そうして私のメニューを反対から覗き込んで、俺はこれが好きだぜ、なんて屈託のない顔で笑った。

「じゃあそれにしようかな。」

「…なぁ、俺も一緒に食ってもいい…か?」

おそるおそるといった風に声を掛けられる。普段の億泰くんとは雰囲気が違うから、あれ、こんな子だったっけ?と改めて彼を見た。

「いいよ。…でも、億泰くんはデートじゃないの?」

「はァ?…ッんでそんな話になんだよ。」

彼は急に不機嫌そうに眉を寄せた。私何かマズイこと言っちゃったかな、とか生徒のプライバシー、なんていう単語が頭を過って、慌てて弁解する。

「だって、なんだかすごくカッコいいし。大人っぽくて素敵だと思ったから、」

私が言葉を紡ぐ度に、彼の頬がみるみる赤くなる。あんまり照れるからなんだかこっちまで恥ずかしくなってしまう。

「…そ、そっすか?」

「…う、ん。…すごく、…似合ってる。」

なんだこれ。付き合いたてのカップルか、とツッコミを入れたくなってしまう程の空気が私たちの間に流れている気がする。戸惑う私をよそに億泰くんは真っ赤な頬で嬉しそうに笑った。

「…良かったァ、俺、頑張ったんだぜェ!」

授業中、問題が解けた時なんかよりもずっと誇らしげな彼の言葉を理解するまでに、たっぷり5秒はかかったと思う。

「………え?」

私がぽかんとするのを見て、彼はしまった、って顔をして慌てて口を押さえて狼狽えている。

「いや、あの、そーじゃなくってよォ…あー…もー…」

「ちょ、待っ…落ち着いて、」

この場合落ち着くべきは私なんだろうか。もしかしたらもしかして、なんて思ってしまって、心臓がドキドキとうるさい。

「落ち着けねーよ、俺アンタのこと好きなんだから、…ッ…!?」

億泰くんはとんでもない爆弾を落っことし、自分まで被弾してそのまま走って逃げてった。いやこれ、私はどうしたらいいの…?

うるさい心臓と共にテーブルに残されて一人、どうしたらいいのかと頭を抱える。
一つだけわかることは、今から土日限定メニューを食べたって、味の感想なんて分かりそうもないってことくらい。


20161031

むちょす様のイラストがあまりに素敵すぎて夢を付けさせていただきました…!掲載許可ありがとうございます!!幸せです…!!


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm