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私の王子様

このご時世に女子大生なんていうブランドを背負えば、誰だってお姫様になれる。
ぎらつくネオン、高級車にシャンパン。バラの花束、ホテルの最上階。
ガラスの靴にも負けないヒールで、夜な夜な踊るシンデレラ。魔法が解けるのは12時じゃあなくて、22歳。私の魔法は、あと2年。

「たまには歩いて帰る。」

アッシーくんを振り払ったのは、ただの気まぐれ。好みじゃなかったのもあるし、下心丸出しでやばそーだったからってのもある。
酔った足元に高いヒールじゃあ危ないなんて普段車に乗り慣れた私には想像がつかなかったっていうのが、車に乗らなかった一番の理由かもしれない。

「…あー…」

歩き出してわずか数十メートルで、私は後悔の溜息を吐いた。足は痛いしふらつくし、もう歩きたくない。
別のアッシーくんを呼ぼうにも、公衆電話なんて見当たらなかった。仕方ないからすこし休もうとその場にしゃがみ込む。

「…あの…大丈夫、ですか?」

座り込んで少ししたところで、遠慮がちに声を掛けられた。顔を上げると、視界がくらりと歪む。あぁ、キラキラと綺麗な緑色。

「…綺麗なグリーンね」

そう言葉を零してからハッとする。目の前には赤毛の青年。学ランこそ深い緑色だけれど、私が見た一瞬の煌めくエメラルドはどこにもない。酔ったせいで幻覚でも見たのかと、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「…こんなところじゃあ、危ないですよ?」

驚きを滲ませながらも、目の前の青年は心配そうに私の前に体を屈めた。差し伸べられた手を取って立ち上がる。

「…ありがと、」

笑い掛けると彼は戸惑ったような風に言葉を濁し、慌てて手を離した。その純朴な仕草が私にはなんだかとても新鮮に見える。

「具合、悪いんですか?」

「…ううん、大丈夫。ちょっと、足が痛くって」

道の端に寄ろうと歩を進めると、よろりと身体が傾いた。彼は慌てて私の身体を支え、「肩、貸しましょうか」と遠慮がちに声が掛けた。

「…ありがとう」

私が腕を回すと、彼はびくりと身体を固くした。思わず笑いを零すと、「笑わないでください」と恥ずかしそうに返された。

「君、いくつ?…こんなとこでどうしたの?」

あれ、これ完全に酔っ払いのセクハラオヤジの台詞だな、なんて思ったけれどあながち間違いではない。

「…お姉さんこそ、こんな夜中に一人でどうしたんですか。」

私の質問には答えずに彼は言った。私はいまいち回らない頭で、ここまでの経緯を説明する。

「ディスコで飲んでて…送ってあげるって言われたんだけど、なんか、やばそーだったから逃げてきた」

酔っ払いらしいなんとも頭の悪い回答だな、と自分でも思うのだから、この利発そうな青年にはなおのことそうに違いない。けれど彼は真面目な顔のまま、心配そうに言葉を落とした。

「一人で歩くのも危ないですよ、こんな夜中にそんな格好で」

「…ごもっともだよ青年。足は痛いしフラつくし…送って貰えばよかったかなぁ…?」

彼は「花京院です。」と名乗り、私の疑問には答えかねるといった風に視線を伏せた。

「花京院くんね、よろしくー。私はななこ。」

答えが来なかったことなんて、酔った頭にはどうでもよかった。『花京院』なんて高貴な名前だよなぁ、なんて思いながら彼の名前を呼ぶ。花京院くんは私の声があまりに間延びしていたせいか、呆れた顔で言った。

「ななこさん、どうやって帰るんですか?」

「えー、あるいて?」

「歩けてないじゃあないですか。」

花京院くんは私の身体を支えながら困ったように言葉を零した。言われれば確かに私の足は動いておらず、花京院くんに半ば抱えられるように移動している気がする。足元を眺めてたらなんだか可笑しくなってしまって、盛大に吹き出す。花京院くんはギョッとしたようにこちらを見て、「本当に酔ってるんですね」とまた溜息を吐いた。

「ごめん、でもなんか面白くなっちゃって!…少し休んだら酔い冷めるかなぁ…」

「…休むって…どこで」

怪訝そうな顔の花京院くん。休むところなんてたくさんあるじゃあないかとピカピカと悪趣味に光るネオンを指差せば、彼は夜目にも分かるほどに赤くなった。

「え?なに、花京院くんってチェリー?」

反応が新鮮すぎて面白いというかむしろ興味深い。そういえば周りは年上の男性ばかりで、高校生なんて知り合いにいないなぁ、と思う。私の周りの男性たちも、こんな風に思って揶揄うのだろうか。

「チェリー…?…は、好きですけど…」

「あははっ、違うよ。食べ物のさくらんぼじゃあなくって、童貞かってこと。」

酔いも手伝ってか、随分あっさりと言葉が零れた。花京院くんは言葉の意味を飲み込むまでに数回瞬きをして、これ以上赤くならないんじゃあないかってくらいに頬を染めた。

「ど、ッ…!?」

「わー、真っ赤…それじゃあ聞かなくってもわかるよ」

私も処女のときにはこんなウブな反応ができていたのだろうか、なんて考えながら彼を見る。別にそんなにたくさんの男に体を許したわけじゃあないけれど、こんなに可愛い反応をした記憶は全くない。

「かっ、…からかわないでください!」

花京院くんは困った顔で声を荒げた。けれど私から離れるようなことはしなかったから、きっと相当優しい子なんだと思う。でも、酔っ払いに揶揄うななんて無理な話だ。

「ごめんごめん。…おねーさんが相手してあげよっか。」

「…ッッ!?」

もうこれ以上赤くならないだろうと思っていたところから更に赤くなるもんだから、「冗談だよ」声を上げて笑った。花京院くんは私を睨みつけて「酔い過ぎです。助けてあげませんよ?」と言い放った。そこでふと、根本的な疑問に思い至る。

「そういえば、なんで助けてくれるの?」

「…なんでって…そりゃあ、女性一人じゃあ危ないし…気になったから…」

困ったようにそう返されて、本当に優しいんだなぁと感心した。私に対する言動にも表れているように、きっと育ちのいい子なんだろう。

「…優しいね。ありがとう」

「…そう思うなら、ちゃんと歩いてください」

照れくさいのか顔を背けた花京院くんは、私を抱きかかえるようにして歩を進めた。私も歩こうと頑張ったのだけれど、いかんせんふわふわしていて、ちゃんと歩けているのかどうかさえわからない。

「…ねぇ花京院くん。やっぱり私、相当酔ってるみたい」

「…知ってますよ」

「だからさぁ、休んでいい?」

お金は出すし、別にヘンなことはしないから、なんてまるで初心な女の子を食い物にする悪い男みたいな台詞でもって、私はギラギラ光るネオンの向こうに彼を誘う。
戸惑う花京院くんに駄目押しのように「だって、おうちの場所せつめいできないし」と言えば、彼は困り果てた顔のまま、私の言葉に従った。

「わーい、ベッドだー!」

転がるように身体を投げ出せば、花京院くんはやっと解放されたとでも言いたげに溜息をついて、「…水、飲みますか?」と冷蔵庫らしき扉を開けた。

「うん、ありがと…って、…花京院くん?」

ドアを開けたまま固まる彼に声をかける。どうしてそうなったかは大体予想が付いた。花京院くんは私の声に我に返って慌てて扉を閉めると、もう一つの冷蔵庫らしき扉を開け、水を持ってきてくれた。

「…こんなところ…初めて来ました…」

「誰だって最初は初めてだよ」

あぁ、でも私みたいなのと来ちゃってごめんね。そう言えば花京院くんは困ったように視線を彷徨わせた。そうして彼は、「ななこさんは、慣れてるんですか?」と遠慮がちに言葉を零す。

「…んー…私は3回目くらい?かな?」

「え、…」

「あ、なに?もっと遊んでると思った??」

問い詰めるように彼を覗き込めば、気まずそうに「すみません」なんて言葉が返って来た。

「…ご飯奢ってもらったり、薔薇の花束もらったりはするけど、身体を許すかはまた別だから」

私がそう言えば、花京院くんは「だったら、こんなところに男と入ったらダメです」と真剣な顔で言った。

「…花京院くんは優しいね」

「…どれだけ優しくたって……、ぼくだって、オトコですよ?」

不意に身動きが取れなくなる。あれ?なんて思っているうちに赤い頬の花京院くんが私にのし掛かってきた。心臓がどきりと跳ねる。

「…なんてね。…これに懲りたら飲み過ぎないでください。」

そう言うと、花京院くんは身体を引いた。こんな、高校生なんかにときめいてしまった自分が悔しくて、遠ざかる身体を抱き寄せて頬に口付ける。花京院くんが弾かれたように飛び退いたのを見て、してやったりと笑う。

「…花京院くんも、あんまり優しすぎると痛い目見るよ?」

「ーーーッ、」

唇を押さえて絶句する少年に、「今日はありがと。お礼」なんて笑いかけた。

「…僕はッ…帰ります!」

「うん、ありがとう花京院くん。」

流石に学生を泊まらせるわけにはいかないと手を振れば、彼は慌てた様子でカバンをひっつかみ、部屋を出ていった。

*****

「…そういえば、タクシー使えば良かったのか」

翌朝、広いベッドで目覚めた私は、状況を飲み込んで一人呟いた。とりあえずシャワーを浴びて、昨日助けてくれた子は誰だっけ、と考える。連絡先くらい聞けば良かったかな、変わった髪型の子だったな、なんて思っていると、足元に自分のものではない手帳が落ちていた。

「…生徒、手帳…」

こんな大切なものを落とすなんて案外ドジなんだなぁ、と拾い上げる。折角だから今日はこれを届けに行こう。ついでにちゃんとお礼を言おう。なんて思ったら、なんだか楽しくなってきた。あぁそうだ、花京院くんって言ったっけ。下の名前は典明っていうのか。緊張した面持ちの写真を眺めながら、昨夜もおんなじ顔をしてたなと思う。これを届けに行ったら、もっと砕けた表情が見られるだろうか。

「よし、行ってみよう!」

私は大きく伸びをして、ホテルを出る準備をする。学校が終わる時間までに、何かお礼のプレゼントを買おうかな、なんて久しぶりにワクワクした気持ちでお日様の下へ躍り出た。

*****

「…あ、おーい!花京院くーん!」

「な、ッ…ななこさん!?」

明るいところで見るとやたら目立つ髪型に声をかけると、彼は驚いた顔で「どうしたんですか?…どうして、僕の学校を?」なんて目を瞬いた。どうやら生徒手帳を落としたことには気付いてないらしい。
下校中の生徒たちがこちらをチラチラ見ながら通り過ぎていく。花京院くん格好いいからみんな気になるのかな、なんて思いながら私は彼の目の前に生徒手帳を掲げた。

「これ、ホテルに落ちてたよ」

「あっ、…それでわざわざ…?」

ありがとうございます。と彼は言って、私から手帳を受け取り、カバンにしまった。お礼を言うのは私の方だ。昨日、花京院くんがいなかったら行き倒れてたかもしれないんだから。

「ありがとうは私のセリフだよ。…ね、これお礼。」

男子高校生の欲しいものなんて分からないから、無難に焼き菓子にした。甘いものが好きかは知らないけれど、ご家族もいるし誰かは食べるだろう。

「…お気遣いいただいてすみません、」

「ううん、本当に助かったよ。あのままじゃあ帰れなかったかもしれないし。」

ありがとう、と改めて頭を下げる。改めて思い返すと、あれは花京院くんだから何もなく帰れただけで、うっかり誰かに連れさらわれて殺されてもおかしくなかったと思う。

「あの、」

顔を上げた私に、花京院くんの真剣な視線がぶつかる。どうしたの?と返せば、彼は一歩近付いて、私の真正面に立った。

「昨日から、…ななこさんのことが、頭から離れません」

「え、?」

待って、私はもう酔ってないし、夢も見てない。ぱちくりと瞬きをして目の前の花京院くんを見れば、彼は真っ赤な顔で、それでも真っ直ぐに私を見て言った。

「…僕は、ななこさんを助手席に乗せることも、薔薇の花束を贈ることもできませんけど…ッ、…好きです!」

あまりにストレートな物言いに、思わず言葉を見失う。お酒の合間に冗談めかして言われたり、何かプレゼントと一緒にほのめかされたりしたことはあるけれど、こんな、目と目を合わせて、きっぱりはっきり断言されたことなんてない。待って、頭が追いつかない。

「…ッ、、」

心臓がどきどきうるさい。顔が熱い。こんなお日様の下で、下校中の生徒が見てる中で、真っ直ぐに好きだと言える花京院くんがすごい。こんなことされたら誤魔化すなんてできない。

「ッ、すみません…迷惑ですよね…でも、どうしても伝えたくて、」

拳をぎゅうと握って、花京院くんは困ったように笑った。その仕草が本当に可愛くて、私は思わず彼の手を掴む。

「…え、っ?」

「…デートしよう。」

こんなに一生懸命好きって言われたのなんて初めてだから、私も花京院くんのことが知りたい。そう思っての言葉だったんだけれど、花京院くんは「…また、からかってます?」なんて不安げな視線を寄越した。

「からかってたら、デートしてくれない?」

「…します。」

じゃあ決まりね、と笑いかければ、彼はぎゅっと私の手を握り返した。

20170602


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm