承太郎×嫉妬
それは緑色の目をした怪物で、ひとの心をなぶりものにして、大きな口で、がぶりと、
ハッと目を覚ますと、恋人が私を見ていた。私が目を開けたことに気付くと、ゆっくりと唇を開き「…なんの夢を見ていた」と囁きかける。寝ぼけた頭にその声はよく響き、まるで悪夢を見たかのように背筋が震えた。
「…そんなの…覚えてないよ…」
「…なんの夢を、見た?」
私を非難するような声色は冷たく、その瞳は暗闇でもなお光を放っているように見えた。普段は無口で優しい承太郎がひどく恐ろしい生き物のような気がして、背を向けようと身動ぐ。当然ながら大きな手に阻まれて、視線をそらすことさえ叶わなかったのだけれど。
「…だから、ッ…覚えてない、って…」
夢なんて、覚えているのは稀だし、仮に覚えていたとしても目覚めて数分でぼんやりとした印象に取って代わるものだと思っていたから、承太郎がこんな真剣な顔で私の夢の中身を気にするなどとは考えてもいなかった。
「…随分と、幸せそうだったな…」
ぎらり、と瞳が光った。そう言われて心の中を探っても、残滓は幸せなんてかけらも無い。どちらかと言えば居心地の悪さ…恐怖のような感情だ。それはもしかしたら、今目の前の承太郎を見てしまったせいなのかもしれないけど。
「…そんなこと、言われても…」
喉が焼け付いたみたいで上手く言葉が出てこない。承太郎はこんなに恐ろしかっただろうか。視線は肌を焦がすように鋭くて、まるで金縛りにあったみたいにその瞳から逃げられない。
「…なんの夢だ」
「…だから、ッ、覚えてな…っ、」
私の言葉は呼吸ごと彼の唇に飲み込まれた。寝ぼけた思考を侵食するみたいに舌が蠢いて、吐息と水音が静かな部屋に響く。蹂躙、って言葉がぴったりくるくらいの食いつくさんばかりに深い口付けに、ただ戸惑うことしかできない。
「…んっ、じょ…たろ…」
承太郎も寝惚けているのだろうか、なんてぼんやりと考えたけれど、暗闇でもはっきり見えるほどギラつく瞳は、果たして寝起きでできるものなんだろうか。
漸く離れた承太郎の唇は、外から差し込む薄明かりに艶めいて、ひどく妖艶な光を纏っていた。
「…ななこ」
「…承太郎、どうしたっていうの…」
吐息に近い言葉を投げかければ、承太郎はその広い胸に私を抱き込み、耳元で囁いた。
「…俺だけ見てろよ…」
夢でも、俺以外にそんな顔すんのは許さねえ、なんて言葉を吐きかけられても、どうしたらいいのかわからない。
「…承太郎だけだよ…」
そっと抱き返してみたものの、承太郎の行動の意図がわからなくて戸惑う。
夢なんて私の預かり知らぬところまで自分のものにしたいとしたら、この男はなんて嫉妬深いのか、と思ったけれど、それは私が寝惚けているからに違いない。
20171012
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bkm