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枕が悪い!

「ぼくが眠れないのは、枕が悪い」

露伴先生に呼び出されて来てみれば、開口一番そんなことを言われた。

「…眠れないんですか?」

急に何を言いだすんだと言葉を返しながら目の前の男を見れば、なるほど確かに瞳に覇気はなく、目の下にはどんよりと薄暗いクマができている。どうやら眠れないのは本当らしい。

「…ここ数日どうも眠りが浅くてね」

溜息だかあくびだかわからない吐息を零して、先生は気怠げに呟いた。何かあったんですか、と怪訝な視線を向けたけれど、漫画も順調だし、別に思い当たるようなことはない、と一蹴されてしまう。

「珍しいですね。先生ってなんか、結構健康的な生活してる気がするんですけど」

「…一応気は遣っているさ。漫画家だって身体が資本だからね」

「なら尚更、なんで眠れないのかわかりませんねぇ」

存外に繊細な男だから、何か悩みでもあるんだろうか、なんて心配にはなるけれど、私が何か言ったところで意固地になるだけだというのも容易に想像がつく。
どうしたもんか、と目の前の先生を眺めていると、彼の耳元のペンがキラリと光った。それを見てハッとする。

「…あっ、」

先生のスタンドを使えば不眠症なんて一瞬で治るじゃあないか! と、一番簡単であろう解決策を思いついて声を上げると、先生は「なんだよ急にうるさいな」なんて不機嫌そうな視線をこちらに向けた。

「先生のスタンド使えば、不眠症なんてすぐ治るじゃあないですか!」

もーなんで気付かないんですか岸辺露伴ともあろう人が! と呑気に笑うと、先生はひどく不機嫌そうに眉を顰めた。

「馬鹿じゃあないのか君は」

「…え?」

「そんなスタンドに頼るようなこと、リアリティがないじゃあないか。不眠ってやつもリアリティだ。これだってぼくの作品の糧になる。」

目の下に隈を作ってまでもきっぱりとそう言い放つ露伴先生は、漫画家の鑑だと思う。…おもう、けれど。

めんどくさい。非常にめんどくさい。

「…じゃあ仗助くんに治せるか聞いてみたらどうですか」

「どうしてぼくがあのクソッタレに!?」

ぎゃんぎゃんと声を荒げる先生を見て、あぁ本当にめんどくさいな、と思う。普段もめんどくさいけれど、今日は特にめんどくさい。これは睡眠不足でご機嫌ななめだなぁ。なんて今更気付いた。
っていうか、眠れなくて辛いなら私なんか呼びつけてないで少しくらい横になればいいのに。わざわざ疲れるようなことをして馬鹿なのかこの人は。

「あーもうすみませんね!!…でもほんと、そんなにカリカリしてちゃダメだから、早いとこどうにかした方がいいですよ」

溜息と共にそう零せば、露伴先生は呆れたようにこちらを見て、「あのなぁ…君は本当に馬鹿なのか?」と私がついたよりもずっと大きな溜息を吐いた。

「…なんですかそれ。別に馬鹿じゃあないですけど」

「だから「枕が悪い」って言ったじゃあないか。察しろよスカタン」

「スカタっ、…ひどい!」

ぷいと顔を背けると、不意に肩を引かれた。バランスを崩すとそのまま抱き留められ、ソファに放り投げられる。不満の言葉を漏らすよりも早く、転がった私にのし掛かるように露伴先生が身体を横たえる。

「…黙れよ、ぼくは眠いんだ。」

「…せまくないですか」

なんだよ私を枕にする気なら、まどろっこしいことしてないで一言言ってくれればいいのに。プライドが高くてワガママな先生が、私に甘えるために色々考えたのかと思うとなんだか笑える。
しかしいくら一般家庭にあるよりは広くて豪奢なソファだと言ったって、二人眠るには狭過ぎだ。背もたれと先生にぎゅうぎゅう押し潰された私は、胸に押し付けられる変わった髪型をそっと撫でながら声をかける。

「…ねぇ露伴先生、おふとんに行きましょ?」

「…なぁ、さっきぼくは『眠いんだ』って言ったよなァ?」

むく、と起き上がった先生の目はやたらにギラついていた。暗いクマで縁取られた目の周りのせいで一層際立って、なんかヤバイ人にすら見える。

「だ、だから先生、おふとん行きましょ、って!」

「そんな殺し文句みたいな言葉でぼくが眠れると思うか!」

噛み付くみたいに口付けられて、何が起こったのかわからない。私はぼんやりと痺れていく頭で考える。

あぁこいつ、岸辺露伴だったな、って。



20170917


萌えたらぜひ拍手を!


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