目覚めたら、一人だった。
耳に小さく響く雨音が、私の不安を少しずつ溶かしていく。…あぁ、花京院くんがいないのは、この雨のせいだ。と。
「…よいしょ、」
おばあちゃんみたいだと、花京院くんがいたら笑うだろうか、なんて思いながらも掛け声を掛けて起き上がる。カーテンを開けると、アスファルトにはたくさんの水たまりができていて、もう降って久しいのだと分かった。魘されて目覚めた私を見たあとで雨が降り出したなんて、花京院くんはどれほど辛かっただろうかとチクリと胸が痛い。
きっと彼は私よりもずっと、私のことを心配しているに違いない。
だから私は、学校に行かなければ。花京院くんにこれ以上心配をかけないためにも。
「…でも、よく考えたらそもそも花京院くんのせいなんだよね…」
自業自得じゃあないか、花京院くんめ。
私は巻き込まれてるんだ、雨如きでいなくなるなんてもう、しっかりしてよね。なんて思ったら大分元気が出てきて、私はいつも通りに学校に向かった。
*****
「…あ、おはよう、空条くん。」
空条くんとたまたま出くわしたので、努めていつも通りに(といっても、知り合ってから私一人が空条くんと学校で会うのは初めてのような気がする)挨拶をすると、彼の方が驚いた顔をしていた。
「…おう。…今日は、花京院はいねえのか。」
「…雨の日はいないんだよ。」
よし、なんか普通だ。大丈夫大丈夫、と心の中で呟いて、私は空条くんを見た。彼は少しばかり戸惑ったような顔をして、「そうか、」と一言つぶやいた。
「…雨だから、屋上には行けないね。」
「…サボるなら、いい場所があるぜ。」
ついて来な、と空条くんは私を先導する。言われるままに大きな背を追うと、彼は鍵が掛かっているはずの倉庫の扉を簡単に開けた。
「…ここって、いつもは鍵がかかってるんじゃあ…」
「…そうだったか?」
彼の唇が少しばかり歪められるのを見て、あぁこれは彼が何かしたな、と察する。空条くんは意外にワルイヤツなのかもしれない。
「…あのさ、昨日…」
なんか、ごめんね…と私が言えば、空条くんはポケットからタバコを出しながら「てめーが謝るようなことじゃあねーだろうが」と言った。
「…でも、」
「…俺はまぁ、役得と言ったところだな。」
俺の立場なら悪くねえ話だろ、と空条くんは笑う。本当にそう思ってくれているのか、私への慰めなのかはわからない。
「…役得…って…」
「…そういうテメェは、こんなところにノコノコついて来ていいのか?」
「…え?」
空条くんの大きな手が、私の肩をがしりと掴む。目の前に近付く端正な顔に視線を向けると、彼は意図の読めない瞳で私を真っ直ぐに射抜いた。
「…奪ってやろうか。花京院から。」
思わず胸が高鳴る。けれどすぐ彼の意図に気付き、あぁ、彼は本当に優しいな、と思った。私が気に病んでいるなら、こうして悪者になってくれるというのだろう、きっと。
「…空条くんは、そんなことしないよ。」
それに、空条くんのファンに殺されちゃうかも、とおどけてみせると、彼は真に受けたのか「そんなことになったら、花京院の分まで、俺が守ってやる」と真剣な眼差しを向けた。
「…ッ、さっきから、からかわないで…」
私がそう言うと、彼は「やれやれだぜ」と笑いを含んだ言葉を零しながら少し離れて、タバコに火をつけた。ふぅ、と吐き出した煙には、どんな感情が混ざっているのだろうか。
「…あ、ねぇ空条、く、ん…」
彼に話しかけようと顔を上げた私は、言葉を失う。二人しかいないはずの部屋に、いるはずのない人影を見たから。…否、人かどうかもわからない…
「…どうした。」
「…え、あ…いや、あの、…なんか…変なの…見える…」
震える唇でそう言えば、空条くんは驚いたように私を見つめ、「…落ち着いて、何が見えるのか説明しろ」と私の肩を掴んだ。
「…あおい、ひと…?」
「…スタープラチナのことか?」
空条くんは私の視線を追うように後ろを向き、彼の指すものと私の見えるものが同じであることを確認した。私がこくりと頷くと彼は宥めるようにポンポンと私の髪を撫で、「心配はいらねぇぜ、あれは俺のスタンドだ。」と言った。
「…すた、んど…?」
「…あぁ、スタンド、だ。」
そうして寝物語でも聞かせるかのようなゆったりした調子で、「スタンド」について説明をしてくれた。どうやら空条くんの側には常にこのスタープラチナが存在していたらしい。
急に見えるようになったことについては、「俺もわからねえが、花京院のことが見えていた時点で素質はあったのかもしれねえな」と言われた。素質、と言われてもなんのことかはわからない。けれど、もうなんだか何が起こっても驚かなくていいような気さえする。だって、スタープラチナは空条くんにも見えているし、花京院くんの一件よりも驚くようなことではないと、思ったから。
「…空条くんは、その…スタープラチナ、と、いつも一緒なの?」
「…あぁ。少なくともテメェと知り合う前からはいたな。」
それなら、私が急に見えるようになったってことか、といったようなことを呟けば、空条くんは少し考えて「多分な」と言った。
20160830
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