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9.君と眠る。

「…花京院くん、」

「…なんだい?ななこ。」

「…疲れたからさ…お風呂、入ってくる。」

何を話していいか分からずに、帰るなり脱衣所に逃げ込む。お湯を張っている間、鏡の前で自分の姿を見た。…何も、変わらない。

「…キスマークとか、ないの?」

突然耳元で声がして反射的に悲鳴を上げた。花京院くんは「さっきの今で照れることなんてないだろう?」なんて軽く笑っている。

水を掛けてやろうかと思ったけれど、少し考えて、やめた。脱いだブラウスをもう一度肩に羽織り、鏡越しの花京院くんに視線を向ける。

「…承太郎はさぁ、いいヤツなんだよ。」

花京院くんは、小さく言った。それは、鬱血どころか小さな傷一つ付かなかった私の身体が一番良くわかっているような気がする。

「…うん。そうだね。そして花京院くんは、ヒドいヤツだと思うの。」

「…随分だなぁ。」

軽く笑ってみせると、花京院くんは安心したような表情を見せた。

「…部屋で待っててよ。…お風呂上がったらさぁ…一緒に、眠ってくれない?」

私がそう言うと、花京院くんは驚いたように目をまん丸にして、勢い良く首を縦に振った。そうして一瞬、どこかに消える。
私は小さく溜息をついて、まだお湯の少ないであろう浴槽に身を沈めるべく、浴室のドアを開けた。

温めに設定したお湯が、じわじわと暖かく身体を包んでいく。水音で遮られた聴覚と、閉じた視界。ちゃぷ、と水面を揺らしてみても、昨日までと何も変わらない。さっきまでほんのりと纏わり付いている気がしたタバコの匂いは、洗えばすっかり取れてしまうだろう。

一人で眠るのはなんだか怖いような気がして、花京院くんにそう言ってしまった。
私は、花京院くんは。何か変わったのだろうか。

「…おかえり!」

「…今から寝ようっていうのに、随分なテンションだね…」

部屋に戻るなり待ちくたびれた犬よろしく花京院くんが飛びついてきて、元気だなぁと溜息をついたけど、そういえば彼は見ていただけだった。

「だって、君があんなこと言うなんて思ってもみなかったから。」

「…そのセリフは、数日前の花京院くんにそっくり返したいよ。」

「それもそうだね。」

二人で笑いあっていると、何もなかったみたいだなと思う。僅かに残る体の違和感も、きっと眠ったらなくなって、元通りだ。

「…おやすみなさい、花京院くん。」

「…おやすみななこ。…好きだよ。」

目蓋を閉じるとすぐに、眠りの世界に落っこちた。

*****

どこか、知らない屋外にいた。
夜だ。目の前に大きな「AIR」の鏡文字が光っている。何かのネオン?

「ぼくとこのンドゥールは『あのお方』に忠誠を誓った…」

花京院くんの声がする。ンドゥール、ってなんだろうか。聞いたことがないけれど、誰かの名前?…だとしたら、彼の隣の人だろうか。
花京院くんの視線の先には、空条くんと、何人かの男の人。みんな空条くんに引けを取らないガタイをしている。

「だから…お前たちを始末する!」

「えぇっ!?」

花京院くんが空条くんに向けて放ったセリフがあまりに不穏すぎて思わず声を上げたけれど、目の前のみんなは私の声なんて聞こえていないようだった。

花京院くんとンドゥールさん(?)は、空条くんたちに飛び掛かる。彼らは慣れた様子でその攻撃を受け、まるで何かの映画みたいな戦いが始まった。
花京院くんと、空条くんが。私はびっくりして、力の限り叫んだ。

「やめて!やめて…ッ…!!!」

*****


「…、ななこ、大丈夫?」

「……ッ……ん…?」

「あぁ、良かった…ひどく魘されていたから…」

どうやら夢を見ていたらしい。目の前には心配そうな花京院くん。まだ視界は暗くぼやけているから、夜なんだろうな、なんて寝ぼけた頭で考える。

「…ゆめ、…?」

「…うん、夢だよ…大丈夫…」

身じろぎすると、身体が軋んだ。汗ばんだ首筋に張り付いた髪を手櫛で梳かしながら、吐息をつく。私が今の状況を確かめる横で、不安そうな瞳の花京院くんが小さく「ごめんね、」と言った。

「…花京院くん、…」

「ごめんねななこ、君は…ずっと、『やめて』って…」

僕があんなこと頼んでしまったから…と、悲壮な表情を向ける花京院くんは、多分何か勘違いをしているのだろう。私は決して、彼が想像するようないかがわしい夢を見たわけではない。

「…違うんだよ、花京院くん…変な夢を、見たんだ。」

説明してあげようと思ったけれど、生憎なにも思い出せなかった。『変な夢』と言ったせいか、花京院くんは余計に「ごめんね」と繰り返した。

「…もうしないから、大丈夫。僕が…責任を持って、君の側にいるから…」

「…うん、大丈夫だよ。…ありがとう…」

これ以上花京院くんが心配しないように、と私は一旦唇を閉じ、改めて「夢だから大丈夫」と花京院くんに微笑み返した。
花京院くんは私の笑顔を見て幾分落ち着きを取り戻し、「そうだね…夢だから、大丈夫…」と私の真似をして、笑った。


萌えたらぜひ拍手を!


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