「ねぇ、ななこ。」
私が好きだと言ってから、花京院くんは前にも増して私の側にいるようになった。
私もそれを心地良いと思っているから、それについて不満はないのだけど。
「ちょっと待って。気にされてるから。」
小声で早口に返す。黙って歩を進める私を、花京院くんは少しだけ悲しげに見つめて「仕方ないんだよね…」と呟いた。
花京院くんは幽霊だから、みんなには見えないわけで。当然私が独り言を言っているように見える。
お喋りしながらの登下校も、一人ではただのアブナイ人で。最初は気づかれていなかったのだけど、私が花京院くんに気を許してからは自然と会話も増えてしまって、周りを歩く人たちに不審な視線を浴びる羽目になってしまった。
一度気にされてしまったら、少し喋っただけでも目に付いてしまうみたいで。
折角恋人になれたのに、これじゃあ恋人の意味がない。花京院くんに悲しい顔をさせるのは本意ではないので私は授業をサボることに決め、黙ったまま屋上へと向かう。
「…ななこ?どこいくの?」
花京院くんは心配そうに私の後をついてきた。屋上へと向かう階段でやっと気付いたようで、安心したような溜息が背後から聞こえた。
「ここなら、いっぱいお喋りできるでしょ?」
少し寒いけど、今日はいい天気だし大丈夫。
フェンスに寄りかかるように腰を下ろすと、花京院くんも隣に腰掛ける。
そうして、やっと恋人らしくなる。
「でもいいのかい?授業サボったことなんてないだろ?」
「…あるよ。」
そう言うと彼は驚いたように目を見開いた。
花京院くんは知らない。彼が居なくなってから、私がよくここで一人で泣いていたことを。
「…それは、すごく意外だな。」
「ここからだとね、この街がよく見えるの。」
花京院くんがいるかもしれないこの街を見下ろして、どこに行ったかもわからない彼を探した。見つかるわけはなくて余計に悲しくなったことも、冬の風に乾かされた涙で目尻が切れて友人に心配されたのも、なんだかとても昔のような気がする。
「…知ってる。僕も、来たことあるから。」
承太郎がね、よくここに…と続けたところで、噂の主が非常扉を開けてのっそりと現れる。彼は私に気付くと帽子の鍔を下げた。挨拶のつもりなんだろうかと思って、こちらも会釈を返す。
すると彼は弾かれたように顔を上げ、こちらにずんずんと進んでくる。ものすごい剣幕に思わず身構えた。
「…花京院、」
「…承太郎、見えるのかい?」
彼は真っ直ぐに花京院くんに向かい、その名前を呼んだ。花京院くんは驚いたように目を見開いて、すぐに嬉しそうに笑った。
「…どうして…」
「いやぁ、僕ゆうれいになってさ。」
私が初めて花京院くんに会った時の事を思い出した。のほほんとした花京院くんと険しい顔の空条くん。目の前の二人の温度差が激しすぎてハラハラしてしまう。空条くんは幽霊とか信じてるのかな。
「…そうか。…ななこにも、見えるんだな。」
「あ、僕たち恋人同士だから。承太郎はななこに手出ししたらダメだよ?」
「…やれやれだぜ。」
空条くんはあっさりと現実を受け止めたらしい。後でな、と一言残して、私達に気を遣ってか見えない位置に陣取ったらしい。日陰は寒くないかな、と思って花京院くんに聞いたら、「承太郎は頑丈だから大丈夫じゃあないかな。」なんて呑気に笑っていた。花京院くんがそう言うなら、と私たちは暫しの会話を楽しむ。周りを気にせず話せることがこんなに楽しいなんて、と花京院くんは嬉しそうだった。
「空条くんは、あんまり驚かないんだね。」
ふと疑問を口にすると、花京院くんは「承太郎だからねぇ。」と笑った。その一言でなんだか納得してしまう。どうして空条くんには見えたんだろうか、と私が続けると、花京院くんは「スタンド使いだからじゃあないかな、」と呟いた。
何のことかわからなかったけれど、花京院くんが嬉しそうだからまぁいいかと思って私はそうなんだね、と頷いた。
重なる手に温もりはなかったけれど、ほんのり温かい一日。
スタンドは精神体。
幽霊も精神体。
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bkm