イライラするななこさんをまるっと抱き締めて癒す話。
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頭に血がのぼる、とか、血が沸騰する、とか。怒りを表現するときの日本語は全くもってその通りだと痛感している。
それと、自分が怒りのまま喚き散らせるほどに子供ではない歳になってしまったということも。社会人だから、多少の理不尽は仕方ない。…頭ではわかっている。
「…あー…イライラする…」
もう仕事は終わったというのに、家に着いても全然イライラは治らなくて。
眉間に深い皺を寄せているのは分かるけど、それを解く術は分からない。冷静ではないのだ。
枕をひっつかんで壁に思いっきり投げてみたけど、ぼすっ、という間抜けな音がしただけで、気持ちは一つも楽になんてならなかった。
「…ななこさん、何怒ってんの?」
「ほっといて。八つ当たりしそう。」
今の私は仗助くんに枕をぶつけかねない。そう思って返した言葉は、自分でも驚くほどそっけなかった。
「何イライラしてんの。」
「…だからほっといてって言ってるでしょ!」
瞬間的に頭が沸騰したみたいになって、知らず叫んでいた。仗助くんは、私の大声に面喰らいながらも、仕方ないっスね、と苦笑して私をベッドに放り投げた。
「…ぅわっ!」
「…ななこさん。」
仰向けに転がされた所を馬乗りに押さえ込まれて身動きが取れない。抜け出そうと躍起になる私を見下ろして、仗助くんは笑顔を見せた。
「ストレスには笑いが一番だってェ〜、仗助くんは思うわけですよ。」
そう言うと私の脇腹を指先でくすぐる。まるで子供がじゃれあうみたいな笑顔のくせに、這い回る手は、ホント容赦ない。
「やっ、あははッ…やめっ、じょー…すけくんっ!」
くすぐったさに笑いを零すと、声と一緒に力が抜けていく。やめての三文字から棘がすっかり抜ける頃、彼はようやく手を離した。乱れた息を整えるその中に怒りは見当たらなくて、思わずぱちくりと瞬きしながら眼前の仗助くんを見つめる。
「…落ち着きました?」
眉間の皺、無くなったっスね。と彼は私のおでこを指先で突っつきながら笑う。私が頷くのを見ると、仗助くんは私の背に腕を差し込んでごろりと横に転がった。仗助くんのお腹の上に寝転がるような体制にされて、両腕でぎゅっと抱き締められる。
「…何イライラしてたの?…めずらしーね。」
「…あー…仕事で、やなことあって。」
上司の顔が頭を過って、またイライラが頭をもたげる。仗助くんは私の眉間に皺が寄ったのに気付いて、ゆっくりと髪を撫でた。
「…そんなん忘れっちまえばいーと思うんスけど。」
「…そう簡単にいったら苦労はしないよ…」
溜息を吐くと、彼はそうっスよねぇ。なんて苦笑した。できないことを言うんじゃないよ君は。
「…じゃあ、運動しましょ。」
「…ストレス発散に?」
スポーツでストレス発散なんて学生らしいなと思いながら彼を見つめる。仗助くんから部活の話なんて聞いたことがないけれど、高校生だしどこか運動部に所属していたりするんだろうか。…この髪型を崩さず試合に出られる競技があるのかは知らないけど。
私がぼーっとそんなことを考えているのを他所に、彼は楽しそうな笑顔を向けた。
「そうそう。仗助くんが手伝ったげますから!」
そう言うと仗助くんは抱き締めていた手をするりと滑らせて私の頬を両手で挟み込み、勢い良く口付けた。
「…んんっ…ぅ、やっ、!な…ッ!?」
「なーんも、考えらんなくさせてあげますから、ね。」
運動ってそういうこと!?と私の叫びはいとも簡単に彼の唇に飲み込まれていく。絡む舌から水音が零れて鼓膜を揺らした。
「…っう、ぁ…」
心の奥にイライラが燻って胸が詰まっているような気がする。指先の触れる肌はささくれ立ったみたいで、いつもみたいな柔らかな心地よさはない。
仗助くんは私の様子がいつもと少し違うことをその指先で感じたようで、私の中にゆっくりと指先を沈めながら心配そうに言った。
「チカラ、入ってっから?…いつもよりキツイね。」
痛くない?なんて言いながらも、いつもと変わらない優しさで口付けをくれる。
仗助くんの指先は確かに気持ちいいけど、いまひとつ気分が乗らないというか、
「…っ、じょ、うすけくん…」
「…なに?」
ぎゅうと抱き着くと、「これじゃ足りなかった?」なんて、彼は少しばかり意地悪く笑った。
「…んっ、…はやく…忘れさせて…」
心がぐちゃぐちゃで、苦しい。全部壊して、仗助くんでいっぱいにして欲しい。
はしたなく舌を出して口付けをねだると、彼は私の全てを飲み込むみたいに荒々しく唇を重ねた。
「…ッんむ…っ、んうぅ…ッ…」
柔らかな舌に侵食されて、息が苦しい。酸素が欲しくて唇を開いても、隙間からは喘ぎが漏れるばかりで、頭がくらくらする。
そうしている間にも、仗助くんの指先は私の身体を開いていって、心の中に燻るドロドロした気持ちが、流れ出してしまいそうだった。
「ね、もうチコっとだけ…我慢して。」
耳元でそう囁きながら、仗助くんの熱が押し入ってくる。その言葉はこの行為のことなのか、それとも私が働くことについてなのか。疑問を呈したかったのだけれど、唇からは最早意味のある言葉なんて紡げそうにない。
「…っあ、ぁっ!…ひぅッ、ん…っ…」
擦れ合う熱が、思考を奪っていく。仗助くんは私の身体をぎゅっと抱き締めながら、耳元で囁いた。
「ホントは…ッ、そんな仕事っ…行かなくていいとか、休んじまえとか…言いたいんスけど…ッ…」
ごめんね、まだ言えねーんだ、待ってて、と、吐息と口付けの合間を縫うようにして言葉を落とし、有り余る熱を何度も私に打ち付けた。
「…ぅあ、じょ、すけく、ッ…っ!!」
「…俺ッ…、ななこさんの、そばにッ、いるから…ッ…」
まるで何か懇願するみたいな、縋り付くみたいな顔で何度も何度も奥を穿たれ、目の前が真っ白になる。
必死で縋り付く腕の先に確かに仗助くんがいることに少しばかり安堵しながら、私は意識を手放した。
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「…あ、起きたっスか?」
よかった、気分は?痛いとこない?と矢継ぎ早に言葉をかけられて、事態を飲み込むためにぱちぱちと瞬き。
きょとんとした私を見つめた仗助くんは「その様子だと、大丈夫そうっスね。」と安堵したように笑った。
「…うん、大丈夫。」
身体は少し怠いけれど、なんだかやけにすっきりとした気分なのは、やっぱり仗助くんのお陰なんだろうか。私が身体を起こして彼の方を向くと、仗助くんはぽんぽんと私の頭を撫でた。
「…でも俺、嬉しかったっスよ。」
「…なにが?」
「だって、そんだけ俺に心許してくれるってことでしょ?」
それに、なんかエロかったし、なんて笑うから、恥ずかしくなって彼の胸にぎゅっと抱き着いた。
20160619 むぎ様へ!
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bkm