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男子生徒は挫けない。

両思いでなんとなく気づいてはいるものの、先生には過去のトラウマがあり仗助を信用できない…というリクエストだったはずが違うものができた気がする話。




ななこ先生は、保健室のセンセイ。
最初に見たのは確か、赴任してきた少し後。億泰のやつが「今度来た保健室の先生がよォ、すんげー美人らしーぜ!」と大騒ぎしていたら、康一が困った顔をした。

「あァン?どーしたんだよ康一。浮かねえ顔してよー、」

「…それがさぁ…困っちゃうんだよ…」

そう言って眉尻を下げた康一の話すところによれば、その噂を聞きつけた恋人の山岸由花子が保健委員である康一に大層ご立腹であるという。

「ダメなんだ、由花子さん全然ぼくの話聞いてくれなくて…」

保健室に行けない保健委員なんて聞いたことないよね…と、康一は疲れた様子で頭を垂れた。俺と億泰は顔を見合わせて視線で会話する。康一の恋人がそれはそれは嫉妬深く、彼のこととなると人の話を聞かないどころか場合によっては修羅と化すのを俺たちは目の当たりにしているから、その視線を言葉にするなら「そりゃあどうしようもねぇなぁ…」とでもいったところか。
今まで良く平気だったなぁと言えば、クラスが違うこともあり「もう一人の保健委員が」と言えば大抵は納得してくれたらしい(その後に恋人を宥めるべく甘い言葉を吐くと言っていたが、億泰が泣いたので俺は聞かなかったことにした)。しかし教師とあっては、仮にもう一人の保健委員とやらに任せたとしても、接触していないなどと信じられはしないだろうし、ましてや誤魔化しようもない。

「康一よォ…、おめーも大変なんだなぁ…」

「だったら仗助くんがなんとかしてよ…」

背中をポンと叩くと、彼は力無くそう零し、自分の言葉にハッとしたように勢いよく顔を上げた。

「そうだよ!仗助くんが代わってくれればいいんじゃあないか!」

水を得た魚のようにキラキラした瞳でもって俺を見つめる康一。友人の頼みを断る理由も見つからない俺は、二つ返事でそれを受けた。

「俺は構わねーぜ。康一にはいつも世話になってるしよー、お安いご用ってやつだ。」

この仗助くんに任せときな!と胸を叩くと、康一は涙を流さんばかりに喜んで周りへの報告はぼくが責任を持つねと鼻息を荒くし、億泰は羨望の視線と自分が代わりたかったとクラスが異なる事への不満を涙交じりに述べ、俺の周りはなんともまぁ、騒がしい事となった。

*****

保健委員の交代は、存外スムースだった。
その理由はたった一言で、プッツン由花子があまりに有名だったから。クラスの女子はおろか、教師たちからも感謝された俺はなんとも複雑な気持ちになりながら、保健委員の座に収まった。

そして現在、俺には困ったことが二つある。

一つは、俺目当てに仮病やら怪我をする女子が増えてしまったこと。小さい怪我ならスタンドで治しておしまいだけれど、あまり続いて変な噂が立っても困るし、かといって女子の身体に傷が付いたまま放っておけるわけもない。
そしてもう一つは、俺がななこ先生を好きになってしまったこと。だから正直なところ、女子と二人で保健室になんて行きたくない。けれどもう一人の保健委員が女子ってことは、そいつもまぁグルなわけで。毎回俺はニコニコするおおよそ具合なんて悪く無さそうな女子を連れて、授業中の廊下を練り歩く羽目になる。

恋心は隠して複雑な心境を吐露すれば、康一はその優しげな眉を申し訳無さそうに下げた。

「…なんか…ごめんね仗助くん。」

「でもいいよなァ。仗助はそのお陰で美人なななこセンセが何回も見られるんだろ?」

あっけらかんとした億泰の言葉に、一筋の光明を見た気がした。けれどすぐにその光は弱まり、俺はまた溜息を零す。

「そりゃあそうなんだけどよー、」

「…ななこ先生に相談してみたら?」

康一のアドバイスに、消えかけた光が強くなるのを感じた。

「…それだよ康一!」

早速行ってくる!と立ち上がった俺は、昼飯もそこそこに保健室へと足を向けた。

*****

「せんせー、ななこせんせー!」

保健室の扉を開けると、彼女は俺が一人であることに首を傾げながら椅子から立ち上がった。

「…また誰か具合悪いの?」

「いや、今日はちこっと話があってさぁ、」

俺一人、と笑えば先生もつられるように頬を緩めた。笑うと幼く見えるなぁ、なんて思いながら俺は先生の側に椅子を運び、腰を下ろした。

「…東方くんのクラスは…具合を損ねる女の子が多いよね…しかも最近になって…」

そう溜息交じりに言われてしまって、思わず苦笑する。相談はそのコトなんスよ、と言えば彼女はハッとしたように顔を上げた。

「俺が言うのもなんなんスけど…なんつーか、みんな仮病なんじゃあねーかなぁって…」

「それは、東方くん狙いってことね!」

うーん、でもわかるなぁ。東方くん格好いいもんねぇ、なんて言われて顔が熱くなる。先生はまるで噂話を楽しむ女子高生みたいに悪戯っぽく笑いながら合点がいったという風に俺を見た。

「俺もよォ、無下にはできねーし…かと言ってあんま授業出らんねーのも困るしさー…」

そう言うと先生は不思議そうに首を傾げた。耳にくっついたピアスが揺れて、窓辺の光をキラリと反射する。

「…そういえば東方くん、不良なのに毎日教室にいるのね?」

「…それ酷くないっスか!?」

自慢じゃあないが俺はちゃあんと学校に来るし、授業だって出ている。成績はまぁそこそこで、億泰ほどバカじゃない。

「ごめんごめん、先生が見た目で判断しちゃいけないね。」

病人のいない保健室は、なんとものんびりとした雰囲気だった。陽光きらめく窓辺に鉢植えのグリーン。ひとまとめにされたカーテンのせいで空っぽのベッドが見え、普段よりも広く感じる。先生だって仕事をしていないせいかいつもより柔らかい雰囲気で笑っていて、なんだか学校じゃあないみたいだ。

「…なぁ先生、どうしたらいいと思う?」

「うーん…いっそ彼女を作っちゃうとか??」

その言葉に、心臓がどきりと跳ねた。彼女、なんて先生以外考えられない俺は目の前の女性を見ることができず視線を逸らした。
悪戯っぽく笑う先生は、俺の頬を指して「あれ?」なんて言っている。

「…ッ、からかわないでくださいよー、俺こー見えて純愛タイプなんスから!」

ぶんぶんとかぶりを振ってそう言えば、ななこ先生は意外そうに瞳を丸くした。

「…うそー、意外!東方くんってもっとチャラチャラしてそうなのに。」

「センセーが見た目で判断したらダメなんじゃあなかったんスか!」

あはは、なんて声を上げて笑いながら、彼女はごめんごめんと謝った。そうして一度椅子に座り直し、真面目な声を出す。

「…でもさぁ、好きな子いるならこの機会に彼女にしちゃったらいいのに。東方くんなら選び放題でしょう?」

「…なんで好きな奴いるって…」

「見たらわかるよ。いるんでしょ?」

「…いますけど…言ったって相手にしてくんないっスよ〜。」

溜息交じりに言えば、そんなことないよ、なんて。そんなこと言われたら、アンタだって、俺の好きなのはななこ先生だって言っちまいそうになるからやめてくれよ。

「…相談なら、先生がいくらでも乗ってあげるから。」

そのために保健医になったんだよ、と先生は瞳の奥に少しばかりの暗さを湛えながら笑った。
相談に乗ってくれると言ったって、彼女は自分が当事者だなんてまさか思っていないだろう。俺が好きだと言ったら、真剣に考えてくれるのだろうか。俺のことを。

「…俺は、ッ…ななこ先生が…アンタが…好きなんス。」

「…えっ、」

ぽかぽかした柔らかい空気が一瞬で粉々になる。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている先生は、少ししてハッとしたように頭を振って、笑顔を作った。

「ごめん東方くん、びっくりしちゃった。」

「…せんせ、」

「えっと、あのね?…落ち着いて聞いて欲しいんだけど、」

彼女は少しばかり困った顔で、「私は先生だから」と言った。先生だから、その言葉はどうやっても聞いてあげられないのだと。そして、おそらく俺の感情は単なる憧れで恋心ではないのだと。だからごめんね、と、子供に道理を説くように優しく。

「…そんなん…勝手に決めんなよ…」

細い手首を捕まえて、加減もせずに引っ張る。まさかそんなことをされるとは思ってもいなかったらしい先生は、簡単にバランスを崩して勢い良く俺の方に倒れこんできた。

「うわ、ッ!」

「憧れなんかじゃあないっス。…ねぇ…」

先生だからダメとかじゃあなくてアンタの気持ちが知りたい、と言うつもりだったのに、抱き締めた腕の中の先生があまりに怯えた表情をしているもんだから俺はびっくりして腕を離した。

「…スンマセン…、あの、大丈夫っスか…?」

「…ごめ、…大丈夫…」

血の気の引いた頬を無理矢理に持ち上げたななこ先生は、倒れこむように椅子に身体を預けた。心配で顔を覗き込むと、彼女はびくりと身体を強ばらせる。

「…せんせ…」

「…ごめん。ちょっとびっくりしちゃっただけだから。東方くんが嫌いとか、そういうのは絶対ないから。…だから、そんな顔しないで…ね?」

自分の方が辛そうなくせに、俺のことなんて心配すんなよ。俺はなんだか自分がすげえカッコ悪い気がして、もう一回先生に謝った。
先生は少し調子を取り戻したらしく、さっきよりは幾分か和らいだ表情で、ホントびっくりしちゃったよ、と笑った。

「…先生、俺…本気だから、ちゃんと…考えてくれたら嬉しいなって…思うん、スけど…」

「…卒業したら、考えてあげてもいいよ。」

仕方ないと言いたげな顔でそう告げられる。俺は思わず喜びの声を上げ、先生は少し驚いた顔で、なんでそこで喜ぶの…と頬を染めた。

*****

気持ちを告げてしまったお陰か俺はもう吹っ切れてしまって、女子と一緒だとかそんなん関係なくななこ先生のところに行けるのが嬉しくて、だらしのない笑顔のまんま保健室に向かう。隣を歩く女子が具合が悪いとこちらにしなだれ掛かってくるのすら、今の俺にはまったく気にならなかった。

「せんせー、」

保健室のドアには鍵が掛かっていた。
いつもならいない時には張り紙がしてあるはずだし、何よりドアの向こうの不穏な空気を察知した俺は、努めて明るく隣の女子に告げる。

「…鍵開いてない。…なぁ、先に一人で教室戻ってくんねーかなぁ?」

どうせ仮病だろ?と思いつつも「元気になるオマジナイ」と称してちっとばかし髪を撫でたら、彼女は嬉しそうに笑って教室に駆けて行った。俺って意外とスケコマシの才能あんのかな、なんて。
でもそんなことより今は、先生が心配だ。

「ドラァッ!」

ドアを壊して中に入る。多少音は出ちまったけど、治したから誰かが見に来たって気のせいで済むはずだ。
先生を探して辺りを見回す。カーテンの向こう、本来なら静かに眠るはずのベッドから、争うような音が聞こえた。慌ててカーテンを開けると、そこにはこの間よりもっと真っ青な先生と、一人の男子生徒がいた。

「てめぇ…何やってんだよ…」

ぶちぶちと言う音が聞こえた気がする。それは俺の血管が切れる音か、それとも血が沸き立つ音か。いずれにしても俺がプッツン来たってことは間違いなくて、それからのことは正直よく覚えてない。気がついたらそいつは逃げ出してて、ベッドの上には怯えたまんまの先生。

「…ひ、がしかた…くん…」

「…大丈夫…じゃあないっスよね…」

髪とか服とか、ぐっちゃぐちゃで。泣いたせいで化粧もぐちゃぐちゃで。でもどうにかどこもなんともないらしくて俺は安堵の溜息をつく。
取り敢えず色々治してあげたいけれど、前回のこともあって手を伸ばすのはいささか躊躇われる。

「…ごめん、…」

「なんで謝るんスか。」

悪いのはどう考えたってアイツでしょうよ、アンタが誘うわけないんだから。
そう言うと先生はぽろぽろ泣きながら、ひがしかたくんがきてくれてよかった、と途切れ途切れに呟いた。

「ね、せんせ。ちこっとだけ目ェ閉じて。…怖くないから、ガマンな。」

先生が瞼を伏せると、また新しい雫がぽろりと溢れた。毟れたボタンやら乱れた服やら引っかき傷やら、ひっくり返って壊れた薬箱まで全部まとめて元に戻す。出来るもんなら先生の記憶も消してやりたいけど、生憎ここに偏屈で高飛車な漫画家はいない。

「…ひがしかた、くん?」

「…いーよ、開いて。」

先生はゆっくり目を開けて、驚いたように辺りを見回した。

「え、?」

「…夢だよ。悪い夢。…じゃなきゃ、こんなコトできるわけないだろ?」

そう言うと彼女はしばし逡巡し、判断つかないといった様子で小さく俺にありがとうと言った。俺は枕をぽんぽんと叩き、もう一度眠るよう促す。だって夢だから、と。

「…おやすみ。」

「手ェ握ってあげましょうか?」

間違いなくNOと言われると思って叩いた軽口のはずだったのに、先生はおずおずと手を伸ばした。細い指先が俺の手と一緒に心臓まで掴んだんじゃあないかって思うほどに、胸がドキドキとうるさい。

「…高校生の時にね、…似たようなことがあって…」

瞳を閉じた先生が、小さな声で語り出す。どうしていいかわからなかったこと、誰にも相談できなかったこと。同じ思いをしている子がいるんじゃないかって、この仕事についたこと。そうして最後に、「でもホントはきっと、私が助けてほしかったんだね。」と力無く笑った。
助けてくれてありがとう、と彼女は俺の手をぎゅうっと握り、静かに眠りに落ちた。

*****

眠った先生を目の前に考える。どうしてあんなことになっていたのか。もしかして、俺と同じようにアイツ(もう顔も覚えてないけど)も先生に告白したんだろうか。そうしてやっぱり先生は「卒業したら考えてもいい」と答えたんだろうか。考えたって仕方ないのに、思考は怒りで焦げ付いたかのようにそこから離れず、俺はひたすらにモヤモヤした気持ちを持て余す。

「あーもー、考えたって仕方ねー!」

がたり、と勢い良く立ち上がると、その音で先生が身じろいだ。俺は先生の耳元で声を上げる。

「…せんせー起きて。なぁにサボってんスかー!」

「…ん、…?」

ぱちぱちと瞬きする先生は不安げに瞳を揺らし、俺の名前を呼んだ。

「おはよ、せんせ。」

「…私、東方くんが来た時、寝てた?」

「そりゃあもうぐっすりと。何?寝ぼけてんスか?」

そう言うと彼女は安堵の溜息をつく。それを見て俺も同じように息を吐いた。

「なんか、嫌な夢見ちゃった。」

「…職権濫用で昼寝してっからバチが当たったんじゃねーの。」

「…そうかも。」

でも夢でよかった、と笑う先生を見て、ほんとーにちこっとだけ、胸が痛んだ。けれど俺が飲み込めば彼女が楽になるから、それくらいのことは全然平気だ。

「なァななこせんせ、もしさぁ…俺じゃないヤツに告白されたらどーすんの。」

「うーん、どうしようね。」

先生はしばし考え、緊張に少し声を詰まらせながら言葉を続ける。

「さっき夢でさぁ、「無理」って言ったら怒らせちゃったからなぁ…」

なんかいい断り文句考えないとね…と彼女は呟き、いやそもそも夢で告白されるとか自意識過剰!と笑った。

「…俺には「卒業したら」って言ったっスよね?」

「え?…そりゃあ…私にだって選ぶ権利というか…」

もごもごと唇の中で何か言い訳をしている。それってつまり、教師と生徒ってハードルさえ越えりゃあオッケーってことか…!?

「『彼氏がいる』でいいじゃん。」

「え?」

「断り文句っスよ。…そんで、なんかあったら俺のこと呼んで。」

そうやって、卒業までななこセンセの彼氏の座、予約しといて。そう告げると彼女は困ったように視線を泳がせた。戸惑う彼女に追い討ちで、「センセーと生徒じゃなきゃ、俺のこと彼氏にしてもいいって思ってくれてんスよね?」と問えば、彼女は躊躇いつつも諦めたように小さく頷いた。

20160324


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm