「ななこさん、好きです。」
「あ、ごめん私結婚してるんだ。」
告ったらソッコー振られた。
正直メチャクチャ驚いた。承太郎さんに初めて会った時、いや、多分きっとそれ以上。
だってななこさんは見た感じ俺らとそんな変わんない年で。なのにまさか人妻だなんて。
「マジっスか〜!?そんなこと言って程の良い断り文句なんじゃあねーの?」
「違うよぉ〜、ほら。」
ほんわかした笑顔で向けられた左手には、銀のリングが嵌っていて。
グレートな冗談。ほんとキツイぜ、マジ。
*****
「…仗助くん、…」
彼女は困った顔で俺の名前を呼ぶ。
何ということはない、「ななこさん、俺とシようよ。」そう言ったせいだ。
「しよう、って…なに…」
結婚してるんだから俺の言葉の意味なんて分かりきっているはずだ。俺の告白以降だって全然変わらずに俺と仲良くして、肩に触ったって髪を撫でたって無防備にしてたくせに。なのに彼女はここにきて酷く戸惑った顔をしている。
「こんなちっさな指輪で俺のこと牽制したつもりになってんスか?…だったら、この指輪見ても俺のこと思い出すようにすればいいだけだって、仗助くんは思うんスけどォー…」
ななこさんの左手を取って、指輪に口付けた。そのまま指を唇で柔く食めば、彼女は怯えたようにびくりと震える。まるで襲われた小動物のようで、彼女がひどく弱々しい生き物に見えた。
「…嫌だったら、俺のこと嫌いだって言えばいーんスよ。俺だって、嫌われてんのに無理強いしようなんて男じゃあないんスから。」
ななこさんは俺を嫌いだなんて言えるはずはないんだ。それは確信している。
現に目の前の彼女は泣きそうな顔で視線を落とし、自分の左手を見ている。
別に酷いコトしよーっつーんじゃあない。ただ、一緒に気持ち良くなろう?って。別に誰も見てないんだから、俺ら二人が黙ってりゃいいだけじゃあないっスか。
「…ねぇななこさん、俺のこと、ちゃんと見て。」
こんな銀色ひとつに囚われないで、ちゃんと俺を見て欲しい。タイミングが悪かっただけで、もし俺が先に出会ってたら、いや後からだって、誰よりななこさんのこと。
「…じょ、すけくん…」
どうしていいかわからない。そう顔に書いてある。いつの間にかななこさんは指先が白くなるくらいきつく拳を握りしめていた。
それはこの手に誓いを握っているのか、それとも単に操立てのつもりなんだろうか。
「…好き、っス。」
二人並んで座っていたななこさんちのソファ。彼女の暮らしぶりを表す広い座面に彼女を押し倒しながら口付けた。
「ッ、ん…」
小さく胸を押し返すななこさんを抱き締めて、再度耳許で囁く。指輪が目に触れないように彼女の指先を絡め取って、顔の横に押さえ込んだ。
「…ねぇ、そんな顔しないで。世間体とか体裁とかそんなん関係ないんスよ。俺はアンタが好き。…もしななこさんが嫌なら、ここで終わりにします。」
至近距離で目を合わせれば、彼女は俺の瞳の奥を覗き込んで、「…だけど」と一言苦しそうに零した。
縛るもののない俺とは、多分違うんだろう。でも俺はどうしても、その一言が欲しい。
まるでお預けを食らった犬みたいだ。あるのが分かっているのに、見えているのに許可が下りない。
けれど待てができるのは躾けられた利口な犬だけなんだって、誰もが知ってる。駄犬は飼い主だって噛むんだ。
「…じゃあ、俺に無理強いされたって、言っていいっス。」
彼女が纏うブラウスのボタンを引きちぎる。全部後で直せばいいなんて、俺のスタンドってば本当に便利だ。躊躇いもなく首筋に吸い付いた。どうせ今だけ、だから。
「…っは…ぅ、やッ…」
「…痕つけられたら、困る?」
首筋に咲いた赤い花をそっと撫でると、彼女はいやいやと首を振った。目尻に溜まった涙が、張力を失ってぽろりと落ちる。
「…仗助くん、やッ…やめよ…、ね?」
「…ななこさんが、俺のこと嫌いっつったらやめます。」
柔らかな肌を確かめるように指を這わせれば、彼女は唇を噛み締めながらぽろぽろと涙を零した。
「…そんなのッ…嘘でもそんなの、言えない…ッ…」
あぁもう、だったら早く、言ってくれよ。
俺は速くなる呼吸を隠しもせずに、彼女に口付けた。今度は深く深く、全部絡め取って飲み込んじまうくらいに。
「…ッ、だったら、…好きって言って。ななこさん、俺のこと…好きって。」
仰向けになってもまだ質量のある胸を掌に包み込んで、そっと力を込める。沈む指先でこのまま彼女の心臓を掴めやしないかと願いを込めて。
「…っ、うぁ…じょうすけ、くんッ…」
困らせたいわけでも泣かしたいわけでもないのに、どうしたって上手く行かない。
ななこさんの身体は俺にちゃあんと反応して開かれてくのに、それだけじゃあ全然足りない。
「…ね、言って。…お願いっスよ…」
くちゅ、と水音を立てて指を飲み込んで、離さないと言わんばかりに締め付けてくるくせに、彼女の唇は意味のない言葉を零すばかりで。焦れた俺は本能に衝き動かされるままに彼女を貫いた。
「ひぁ、ッん、っ…!」
「…ななこさ、ん…ッ、」
ななこさんはきつく目を閉じて苦しげに浅い呼吸を繰り返して、そうして吐息混じりに俺の名前を呼んだ。
「…ッじょ、すけ…く…、んぅ…」
「…ななこさん、俺、すげー幸せ…」
ななこさんの中は熱くて、動かす度に絡み付いて締め付けて。首筋に回された白い腕は俺の背中に爪を立てて。それはもう、苦しい程に。
「っあ、…じょうすけくん…ッ…」
「…こっち、見て…ッ、ななこさん、っ…」
濡れた瞳が俺を見て、赤い唇が俺の名前を呼ぶ。突き上げる度に目尻から溢れる涙さえ俺のものにしたくて、何度も唇を寄せた。
「…じょ、すけくっ、…すき…」
「ッあ…っ、…く…ゥッ…!!」
その一言が、張り詰めてた俺を一気に爆発させた。背筋に電流が走ったみたいに、びくびくと身体が跳ねる。ななこさんは俺をぎゅうっと抱き締めて、悲鳴染みた声を上げた。
「…大丈夫、っスか…?」
急激に冷めていく熱を逃がしたくなくて彼女を撫でてみたけれど、気怠い身体とは裏腹に頭の芯はやけにハッキリとしていて。
これで嫌われるんならそれも仕方ないかなとか、この先どうしたらいいんだろうとか、どうしようもないことばっかり。
「…ん、だいじょーぶ…」
ななこさんは困ったような笑顔を向けて、俺の頬に両手を当てた。そうしてゆっくりと俺の顔を引き寄せ、額をこつんとぶつける。
「…ななこさん、?」
「…ごめんね、なかないで。」
何言ってんスか?この仗助くんが泣くわけないでしょ?
心の中ではそう言えたのに、俺の唇からはなんの言葉も出なかった。
20151227
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bkm