「ぅえ、間違えたー!」
缶コーヒーを飲んだ仗助くんが悲鳴を上げる。びっくりして振り向くと、彼は私に向かって缶を差し出した。
「…間違えた、って?」
「ブラックだったっス…」
くれるってことなんだろうか。私も缶コーヒーのブラックは苦手なんだけど、彼は私を「オトナ」だと思っているし、私も大人でいたいから、仕方なく缶を受け取る。
「仕方ない、勿体無いしもらっちゃうよー?」
「はぁい。」
俺の飲み物無くなったぁー…としばらくしょんぼりしていた仗助くんは、ふと何かを思いついたようで唇の端を持ち上げた。
缶コーヒーのブラックってなんか好きじゃない。普通のコーヒーはブラックが好きなんだけど、缶だとどうにも美味しくないのはどうしてだろう。そんなことを考えながらちびちびと缶の中身を飲んでいると、仗助くんが屈みこんで私の口元を見た。
「ひとくちちょーだい?」
言うが早いか唇を合わせる。慣れた調子で舌が滑り込んできて、私の口内をくるりとなぞって離れた。
「ちょ、な…!?」
「ななこさんが甘いから、混ぜたら飲める気がしてさぁ。」
状況が飲み込めず目を白黒させている私を見つめながら悪びれもせず言う。
「思った通り、これなら飲めそうっス。」
っつーワケで、もう一口ちょうだい。なんて悪戯っぽく笑って、口付け。
もう一口もなにも、私の口の中にはコーヒーが残っていないと気付く頃には、仗助くんに掴まらないと立っていられないくらいへろへろにさせられていた。缶コーヒーを零さないように持っていられたのが奇跡かってくらい。
「ッ…は…」
「まだいっぱい残ってますけど。…ねぇ、ななこさん?」
飲ませてくんないかな、と笑う彼が本当にブラックコーヒーを『間違って』買ったのか、私には確かめる術がない。
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bkm