「ココロのまんなかに」の続き。
*****
ななこちゃんはこの間のことを覚えているのかな。
聞きたいけど、誤魔化されてしまいそうで、怖くて聞けない。
「おはよ仗助ちゃん、いーなぁ夏休み。」
「いーだろー。ななこちゃんは仕事頑張ってな。」
学校は休みだけど、俺はななこちゃんにおはようって言いたくて朝から起きてる。
まぁ、ななこちゃんが家を出る時間は8時20分とそんなに早くもないのだけど。
薄手のブラウスの下には、柔らかそうな身体。お日様に照らされたら透けてしまいそうな気がするなんて、朝から良からぬことを考えてしまう。
学校もなくて暇なせいで、ななこちゃんのことばかり。
抱き締めた身体の柔らかさとか、お酒で染まった頬とか、まだ見たことのない服の下とか。恋人になったら、この間みたいに色っぽい声で名前を呼んでくれるんだろうかとか。
「…はぁ…。」
溜息にも熱が籠って、このまま二度寝なんてできねーし、朝からこんなコトすんのも気がひけるんだよなーと思いつつもななこちゃんのこと考えたら切羽詰まっちまうし、もうなんか俺どっかおかしーんじゃねーの。
*****
「…あれ。リーゼントじゃないの珍しいね、今日は出かけなかったの?」
「んー、あぁ、ずっとゴロゴロしてたー。ななこちゃんが早いのもめずらしーねー。」
コンビニに行こうかと歩き出したところで、仕事帰りのななこちゃんに会う。
夏のせいもあって、まだ外は明るい。ななこちゃんは普段10時過ぎに帰ってくることが多いから、こんな時間に帰宅するって何かあったのかな。
「…たまにはさー、早く帰ってもいいかなーって。なんか最近疲れちゃって。」
「そんじゃあ仗助くんが肩でも揉んでやろうか?」
「まじかー。じゃあ仗助ちゃんにはアイス買ってあげよう。」
ななこちゃんはくるりと踵を返して、連れ立ってコンビニに向かう。
自動ドアの向こうは涼しくて、思わず溜息。
「仗助ちゃん、アイスどれー?」
「パピコ半分しながら帰ろーぜ。」
「健全なデートだねぇ。」
軽く返された言葉にどきりとする。
ななこちゃんは俺の告白、覚えてんのかな。
まだ仗助ちゃん、って呼ぶのは、覚えてないからのような気がするけれど。
「久しぶりにパピコなんて食べたなぁ。」
むぐむぐと先端を口に含んで溶かしている様子が、夕日に照らされてなんだか色っぽい。
今朝からの良からぬ妄想を思い出して、身体が反応しそうになるのを必死で抑える。
「…二人で歩くのも、久しぶりじゃね?」
昔はよく、夕暮れの公園から連れ立って家まで走ったっけ、なんて思い出す。いつからか俺の方が早く走れるようになって、そうして二人で遊ぶことはなくなった。
ななこちゃんはセーラー服を着て、お転婆なんてしませんみたいな顔で可愛らしく微笑んで。そうしていつの間にか彼女の隣を知らない男が歩いて、やっと年の差は縮まらないという事実に気付いた。
「確かに、歩くのは久しぶりかもね。この間はタクシーで帰ってきたし。」
そう言われて、ななこちゃんがこの間のことを覚えていると知る。
「ななこちゃん。」
俺を見上げた彼女の頬に冷えた唇をそっと当てた。
「…ッ…!?」
「…覚えてんでしょ。」
そう一言だけ返して、ゆっくりと歩き出す。
ななこちゃんは真っ赤になったまま動かない。
「…仗助ちゃん!」
伸びた影すら届かなくなる頃、ななこちゃんは大声で俺を呼んだ。
立ち止まって振り返れば、夕日を背に受けながらこちらに向かって走ってくるななこちゃん。
小さなお姉さんだった頃の彼女の姿が、重なる。
「…私ッ、わたしね、」
目の前に辿り着くのを待たずに、手を伸ばしてななこちゃんを抱き寄せる。驚いた彼女の手から、パピコが転がり落ちた。
「…ななこちゃん。俺、ずっとななこちゃんのことが好きだった。」
「…仗助ッん…!?」
仗助『ちゃん』を卒業したくて、呼び声を遮って口付ける。触れた唇は、さっきよりも熱い。
「…ねえ、ななこちゃん。」
そう言って返事を促せば、ななこちゃんは俺にぎゅうっと抱き着いて、恥ずかしそうに笑った。
「やっぱり、私の大好きな仗助ちゃんはかっこいいね。」
昔から変わらないその言葉で、俺たちの関係が変わっていく。
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bkm