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負け

みんなの前で恋人宣言される話




「…なんだななこか。」

学校帰りに会った露伴先生は開口一番、そう言った。なんだとはなんだ。

「こんにちは、露伴先生。」

あぁ、今日は厄日か。作り笑顔の下で私がそんなことを思っていると知らない露伴先生は、相変わらずの不遜な態度で「ちょっと来いよ」と私の手を引いた。私にだって予定というものがあるのに、この漫画家はいつも強引だ。

連れてこられたのはカフェ。先生は慣れた様子で店に入ると、私の分も勝手にコーヒーを注文した。…奢ってくれるんだろうしまぁいいか、と私も先生に倣って腰を下ろす。

「…なぁ、ぼくと付き合えよ」

「…いつだってちゃんと付き合ってるじゃあないですか…」

いつだって私の都合なんてお構いなしにあちこちひっぱりまわされているのに、今更何を言い出すのかと彼を見れば、普段はバンダナの下で顰められている眉が、今日はやけに機嫌良さげに見えた。

「…ご機嫌ですね。」

「……当たり前だろ」

バカなやつ、とでも言いたげな視線が返される。それにしたって今日は随分だ。こんな顔の先生を見るのは初めてで、思わず怪訝な視線を向けた。

「…取材ですか?今日はどこに?」

インタビュアーみたいな私の言葉に、先生は眉を顰める。あぁこれが普段の岸辺露伴だよな、と安堵しそうになるくらい見慣れた表情。

「取材?…どうしてぼくが君と取材なんかに。」

「…違うんですか?じゃあただお茶を飲みに?」

珍しいこともあるもんだと思いながら、運ばれてきたコーヒーに砂糖とミルクを入れる。
くるくるとスプーンを動かす私の手元を、先生は柔らかな瞳で見つめていた。春の木漏れ日におかしくなったのかと視線を返すと、彼が微笑んだような…気がした。え、なに。一瞬心臓が跳ねるほど気持ち悪い。

「…先生、大丈夫ですか?」

「…何が」

「え、何がって…言われても…」

何がと言われると返答に困るけど、いつもとは雰囲気が違う。柔らかな春の風が頬を撫でるみたいな。

「…変なやつだな」

その一言にも棘なんてなくて、まるで子猫でも撫でているときのような…あ、猫撫で声?違うか。まぁそんな、おおよそ普段の岸辺露伴とは違っていて、私はコーヒーの苦味すら忘れそうなくらい戸惑っていた。

「あ、ななこ〜!」

不意に見知った声が飛んで来て、慌ててそちらを向く。億泰と、東方くんと広瀬くん。
彼は「お、露伴せんせーもいんのかよォ」と私達に手を振り、隣のテーブルに陣取った。3人が腰掛けるのを見た露伴先生は、「丁度いいな」なんて独り言を零した。なにが丁度いいというんだろう。

「…しっかしよォ、露伴先生はななこのコト気に入ってるよなァ」

億泰がそう言うと、隣に座る広瀬くんが「ちょっと、億泰くん!」と彼の脇腹を肘で突いた。その様子を見た露伴先生は、自信たっぷりに唇を開く。

「当たり前だろう。付き合ってるんだから」

「「ええっ!?」」

4人の声が店内に響いた。億泰と、広瀬くん。東方くんと…それに私。

「え!?…って、ななこさんもびっくりしてますけど、露伴先生…?」

「…どうして君が驚くんだよななこ。」

露伴先生はじとりとした視線をこちらに向けた。

「いやそんなこと言われても…私、いつ露伴先生の恋人になったんでしたっけ?」

全然覚えがないのだ。いつも振り回されている自覚はあれど、付き合ってるなんて、そんな。

「…今日。ここに来た時に言った。」

ぶすくれた先生の顔を眺めながら記憶を辿れば、確かに彼は「付き合えよ」と言った気がする。いやでもそれは、てっきり『取材に』とか『ワガママに』とかって冠詞がついているもんだと…

「ななこさん、心当たりあるの…?」

心配そうな広瀬くんの声にこくこくと頷くと、彼は面倒ごとはごめんだとでも言ったように、「それなら良かった。…おめでとうございます、露伴先生」と笑った。

「康一くんもぼくたちが似合いだと言ってる。良かったじゃあないかななこ」

フン、と満足げに鼻を鳴らした先生は、カップの中身を煽って、かちゃりとテーブルに置いた。

「…ここはうるさくなりそうだ、家に行くぞ」

そう言って当然とばかりに私の手を取った。突然の出来事に驚いて視線を彷徨わせると、広瀬くんと目が合った。
「たすけて」と視線を送ってみたけれど、彼はひらひらと手を振り、「お幸せにね」なんて。ひどい。
ズルズルと引き摺られるように店を出る。露伴先生は当たり前のように奢ってくれたけど、それは「恋人だから」なのかと思うとなんだか変な気分だ。

「…せんせ、」

「なんだよななこ。」

「なんで私と付き合おうと思ったんですか」

リアリティのため、とか取材だ、とかそんな理由なのだとしたら、ちゃんとそう思って付き合わないと、と思う。私の方が深みにハマって抜けられなくなって、みっともなく縋るようなのはゴメンだから。

「…そんなの、好きになったからに決まってるだろ」

バカなのか君は。と当たり前のように言われて、頬が熱くなる。ああもうこれは、この人のワガママに全面降伏するしかないのだと、私は心の中で白旗を上げた。


「…せんせい、よくそんな恥ずかしいこと言えますね…」

「君が聞いたんだろ」


20170315

リクエストありがとうございました!遅くなってすみません!


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm