露伴先生の突然の恋人宣言から数日、突然始まったお付き合いに戸惑う私を余所に、先生は普段通りだ。
「ヒマなら来いよ」
変わらないワガママで私を呼び付けたのに、先生は黙々と仕事をしている。
「……先生、なんで呼んだんですか。私がいたら仕事の邪魔でしょう?」
「そう思うなら少し黙ってろよ」
先生はそう一言返すとまた黙々とペンを走らせている。呼んだくせにその言い草はあまりにひどいんじゃあないだろうか。全くもってこの岸辺露伴という生き物はわからない。
悔しいから勝手にお茶でも飲んでやろうかとキッチンに向かった。
「……高級そうだなぁ…」
とてもいい香りのしそうな紅茶の箱は、見るからに高そうで、しかも未開封だった。流石に勝手に開けるのは気が引けて、お茶を淹れることは早々に諦める。そうするともうなんにもすることはなくて、ソファに腰掛けてぼんやりしているうちに眠くなって、それきり。
*****
「……なんだ、寝てるのか」
やけに優しい声が聞こえたから、まどろみから抜け出すのをやめた。少し身体が傾いたから、きっと先生が隣に座ったんだろう。柔らかく私の髪を撫で、そのまま抱き寄せられる。なんだかとても心地良くて、されるまま身体を預けた。
「……急いで終わらせたんだぞ」
ななこ、と柔らかな吐息が降ってきて、ちょっぴりくすぐったい。私の知ってる露伴先生じゃあないみたいだけど、優しく髪を撫でられるのは悪くないな、なんて。
「……かわいいな」
ぽつりとそんな言葉が聞こえて、思わず飛び起きた。先生は私が突然体を起こしたことに驚いて目を白黒させている。
「ちょ、なんですか今の!」
「なんだも何も寝てたんじゃあないのか君は!」
「今ので目が覚めました!」
起き抜けに大声を出すのはいかがなものかと思いつつ、恥ずかしさも相まってギャンギャン騒ぎ立ててしまった。どうやら先生も同じのようで、一頻り騒ぐと大きく溜息をつき「……こんなところで寝てないで、お茶くらい勝手に淹れたらいいだろ」と立ち上がった。
「だって、なんか高級そうなのしか……開いてなかったし……」
「……言ってなかったか? これは君の分だ」
聞いてません! と言おうとしたんだけど、私の分、ってことは先生がわざわざ私の為に買ってくれたってことで。自惚れかもしれないけど、なんだかニヤケてしまう。台所に行った先生に「淹れてくれるんですか」と問えば、「ぼくが飲みたいだけだ。君のはついでだからな!」と返された。その割に先生は、私の分を先に淹れてくれている。
「……ありがとうございます、美味しそう」
目の前に出されたカップを眺めながら言えば、先生は満足そうに鼻を鳴らした。それは子供みたいな仕草だったけれど、なんでか私の胸の奥をきゅうと締め付ける。
「せんせ、私……先生のこと好きです」
紅茶を冷ます吐息と一緒に小さく零した言葉を拾った露伴先生は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で私を見つめた。
「……ななこ、なんだって急にそんなことを」
「なんだも何もそう思ったから言っただけです!」
なんだか恥ずかしくなってしまってぷいと顔を背ければ、露伴先生はゆっくりとカップを置いて私にぐいとにじり寄った。
「……なぁななこ、」
「……ッ、な、んですか、」
必死の背けた瞳の、視界の端っこに露伴先生が近付く。逃げ出したいけど、暴れたら手にした紅茶が溢れてしまう。先生は私の肩をそっと掴むと、ゆっくりと唇を開いた。
「……もう一回、言えよ」
「……ッ、」
そんなの、できるわけない。こんな近くに露伴先生の顔があって、ジリジリ焦がされるみたいな視線を受けながら、「好き」なんて言えない。
「……せ、んせーが、先に……言ってください……」
「どうしてぼくが!」
ほら、露伴先生だって恥ずかしいんじゃあないか。こんな間近にいるから、先生の頬が赤くなったのがしっかり見えてしまった。
でもそれだけじゃあすまないところがさすがの岸辺露伴で、わずかにぶすくれた後にニンマリと唇を三日月にして、「ぼくが言ったら君も言えよ?」と意地悪く私を見た。
「……ななこ、好きだ。」
ほら、次は君の番だぞ。なんて言われたら、もう絶対に逃げられない。
20171104 リクエストありがとうございました!
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bkm