甘い気分転換の続き
「ろはん!ろはーん!」
勢い良く捻ったドアノブは、私の意に反してガチャリと回った。偏屈な漫画家の住むこの家に鍵がかかっていないなんて珍しいな、なんて思いながら靴を脱ぐのももどかしく転げるように玄関に上がる。そのまま一目散にリビングへと走り込めば、露伴は動物園のトラのように、所在無さげに部屋の中をウロウロと歩き回っていた。
「…随分騒がしいじゃあないか。」
「だって!ろはん!う、受かったよ!」
本当はもっと色んなことを伝えなきゃいけないんだけど、ここまで走って来て呼吸すらままならないような状態では、そう言うのが精一杯だった。露伴は私を一瞥すると「見りゃあわかるよ」と呟いた。その言葉がやけに優しい響きを含んでいるように聞こえたのは気のせいだろうか。
「…で、何が欲しいんだよ。」
相変わらずの不遜な態度は、多分照れ隠しに違いない。素直に「おめでとう」などと言うような男ではないのだ。それにしたって「何が欲しい」はないだろう。私が欲しいものなんて、わかりきってるはずなのに。
「…ろはんに、おめでとうって言ってほしい!」
緩む頬を隠しもせずに言えば、露伴は唇を噛みながら私の頬を抓り上げた。たいした力は込められていないから、そのだらしない顔をなんとかしろよとでも言いたいのだろう。
「…このぼくに散々心配かけたんだから、おめでとうの一言で済むわけないだろう!」
まったく君ってやつは!と言いながらもその言葉には棘なんて微塵もなくて、たまには素直に祝ってくれたらいいのに、なんて思う。
「…言ってくれないの?」
「言わないなんて言ってないだろう!」
ぷい、と背けた頬は心なしか赤い。改めてお祝いの言葉を掛けるなんて露伴らしくはない。彼もそう思っているのだろうけれど、たった今声を荒げてしまったからには言わざるを得まい。
「…ねぇ、露伴?」
「…フン、良かったじゃあないか。おめでとう、ななこ。」
たっぷりと皮肉を含んだ声はあからさまな照れ隠しで、それでもきちんと『おめでとう』と言ってくれたのが嬉しくて嬉しくて、私は彼の首筋に齧り付くみたいに飛びついた。
「ありがとう露伴!…すっごくすっごく嬉しい!!!」
「…良かったな。」
心からの安堵を吐き出すみたいに呟かれた言葉は、私の心にじんわりと染みて、あぁ、露伴は本当に私を想ってくれてるんだなぁなんて柄にもなくしんみりしてしまう。
泣きそうなほど嬉しくて、ぎゅう、としがみついた手に力を込めれば、おなじだけの強さで抱き返された。
「…ほんとに嬉しい。」
「…だけどなァななこ、ここが終わりじゃあないんだぜ?」
君はスタート地点に立っただけなんだからな?なんて水を差すような台詞。でもそれは、露伴が大人だから言える激励なんだろう。まぁ彼で言えばデビューしたようなもんだから、確かにそうなのかもしれないな、なんて思いながら、「露伴がいるから頑張れるよ」と幸せな溜息を吐いた。
20161211
詩織さま合格おめでとうございます!
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bkm