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鈍感とヤキモチ

俺、ななこさんの頼みなら何だって叶えてあげたいんスよ。

露伴の家から連れ出した時は、怯えた捨て猫みたいだったけれど、今はもうそんな影もなくて。時折見せる縋るような瞳にも、ここ暫く出会ってはいない。
拾った猫が自分にだけ懐いたみたいな、子供染みた優越感。

「…ね、ななこって呼んでもいいっスか?」

「ん、もちろんだよ。」

さん付けで呼ぶのも好きだけど、もっと距離を縮めたい。そう思っての提案はあっさりと承諾された。

「ななこ。」

「…は…ずかしいね、なんか…照れちゃう。」

カッコつけて見つめれば、誤魔化すように照れ笑い。

「…あー、もーカワイイっス!」

ぎゅうと抱き締めれば、耳許で小さな吐息。
どうしたのかと顔を見ようとした瞬間、不意打ちで名前を呼ばれる。

「…仗助。」

「は、はいっ!」

心臓を掴まれたような気がした。
飼い主に呼ばれた犬みたいに、背筋をぴんと伸ばして返事すると、ななこさんは可愛らしく笑った。

「たしかに、ちこっと恥ずかしーっスね。」

「…呼ぶのも恥ずかしいね…」

恥ずかしがりで泣き虫で、年上だけど可愛くて仕方ない。
だけど時々、この人は俺より大人なんだと思い知らされる瞬間がある。
俺は、その瞬間が、嫌いだ。

「…そういえば、名前で呼ばれるのって新鮮かも。」

「そーなんスか?」

「ほら、会社はさ?みんな苗字で呼ぶし。」

たとえば、こんな時。
俺の知らない彼女がいるみたいな気持ちになる。子供染みた所有欲。
ただのワガママだとわかっているからタチが悪い。

「あー、確かに大人はそうっスよね。」

大人は。

アンタは大人で、俺は子供だ。
たとえ3つしか離れていなくても、それはどうしたって埋められない。スタンドの力を持っていたって。

「…どした?」

「なんでもない…っス。」

さっきまでの甘い空気はどこに行ってしまったのか。ななこさんは困ったように、俺の様子を窺っている。

「…何か、気を悪くさせるようなこと…言った、かな…」

不安げに顰められた眉と、泣きそうな瞳。
縋るように掴まれる洋服の裾。
こんな顔がさせたいわけじゃないのに、不安げに俺を求めるななこさんの顔を見るとゾクゾクする。

「…ごめん、ヤキモチ妬いた。」

悪趣味すぎて反吐が出るようなこのドス黒い感情を必死で圧し殺して、そう笑ってみせる。
ななこさんは驚いた様子で言う。

「意外とヤキモチ妬きだよね、仗助くんって。」

ちょっとヤキモチ妬く要素が見当たらないな、なんて呑気に笑っている。その無防備さも、少しだけ嫌いだ。

「俺ってば器の狭いオトコなんスよ。」

「そんなことないよ。私は嬉しいもん。」

自嘲気味に呟けば、即答に近い形で否定の言葉が返ってくる。
こんな想いですら嬉しいと受け止めてくれるななこさんは、とても優しい。

「…優しーっスね。」

「…あ、ねぇ仗助くん。あの、あげたいものがあるんだけど、」

そう言うとななこさんは軽やかな足取りで俺から離れて、カチャカチャ金属音と共に戻ってくる。

「…マジ…?」

手に握らされたそれは、この部屋の鍵で。
一緒についているキーホルダーは、以前に見たことがある。確かななこさんのカバンについていたのと、同じ。

「…いらなかったら、今返してね。捨てたりしちゃヤダよ。」

慌ててそう告げるななこさん。捨てるなんてそんなこと、するわけないのに。
もっと自信を持てばいいのにと、思うことがある。不安げな瞳は庇護欲を刺激するけれど、少しばかり胸も苦しくなるから。

「すげー嬉しい。ありがとななこさん。」

合鍵なんて、まるで一緒に住んでるみたいだ。ドアを壊して直せば幾らだって家に入れるけど、そんなのとはワケが違う。なんてったって合鍵だぜ?

「…私も、嬉しい。」

可愛らしく笑うななこさんは、ソファに座る俺の膝に乗って頬に口付けてくれた。グレートに可愛い姿に頬が緩んでしまう。

「…毎日来ちゃうかもしんないっスよ?」

「んー、それはダメかな。」

そう言うとななこさんは、俺に3つの条件を出した。
『学校を優先する』『親に心配は掛けない』『泊まるのは土曜日だけ』

寂しがりで泣き虫の癖に、俺なんかよりずっと大人だなんて、本当ズリィよ、ななこさん。

「…じゃあ、今日は泊まっていいんスね?」

望むならなんだって叶えてやりたいけど、そんな約束は守りたくないなんて、俺も大概ガキでワガママだなぁと心の中で自嘲する。

「…もちろんだよ。」

幸せそうに笑う彼女を、誰の目にも触れさせたくないなんて、言えない。

*****

二人で海に行こう、と家を出た。
夏は終わったけど良い天気だから。
何よりも、ななこさんが行きたいって言ったから。二人で手を繋いで、バスに乗って。

二人で歩くのは久しぶりだね、とか学校どう?とか、ななこさんはいつもより饒舌に言葉を紡いでいた。

彼女はあまり外に出ないらしく、バスに乗るのにとても緊張した様子で、なんだか可笑しい。俺がいつも通りにバスに乗るのを、すごいね、なんて。
ホント世間知らずっつーか、なんつーか。

「…あ。」

「どーしたんスか?」

「あそこのカフェ、行ったことある。」

バスにも乗れないのに、どうして。
誰と行ったの?と聞けば、遠慮がちにヤツの名前を呟いた。
その瞬間、圧し殺したはずの感情が俺を支配する。

「…ななこさん。」

「…な、…ッん…!?」

口付ける直前、ななこさんの瞳に怯えと非難の色が付いたのが見えたけれど、どうしたって止められない。
無理矢理に頭を押さえつけて、唇を重ねた。

「…う、…」

細い手が胸を押し返すけれど、気にせず舌を絡めた。
見られたって構わない。むしろここに露伴がいればいい。ななこさんは俺のだって、見せ付けてやりたい。

「…ホント、気に入らねー…」

唇を離してそう呟くと、ななこさんはすまなそうに俯いて、ごめんなさい…と頭を下げる。その姿に、なんだかイラついた。
アンタのせいじゃない。むしろ俺が非難されるべきだってのに。

「…ね、仗助くん。海、だよ…。」

顔を背けてしまった俺を窺うような表情。
そんな顔がさせたいんじゃないんスよ、ごめんねななこさん。

どうしていいかわからずに、彼女の手を引くことも忘れて俺はバスを降りた。
ななこさんは慌てて俺の後をついてくる。

「…ごめん。」

楽しいデートのはずなのに、何してんだよ俺。
そう思ったところで、この苦い気持ちが消えるわけもなく。

「…仗助くん、」

困ったように名前を呼ばれる。俺ですら気持ちを持て余しちまうんだから、ななこさんはもっとどうしていいかわかんねえんだろう。
そう思ってななこさんを見れば、彼女は突然走り出した。

「ちょ、どこ行くんスか!」

状況がわからずにいる間に、彼女はどんどん走って行ってしまって、慌てて追いかける。

俺が追い付くより先に、彼女は砂浜に足を取られて思いっきり転んだ。

「…いたい…」

「…あーもう、大丈夫っスか?…うわ!」

抱き起こそうと手を差し伸べると、掴んだ手を思いっきり引っ張られてななこさんの上に覆い被さるように膝をつく。

彼女は倒れ込んだ俺の首筋に細い腕を回して、口付けた。

「…少女漫画みたいね。」

「こんな砂まみれのヒロインいねえっての。」

派手に転んだ彼女は、顔にまで砂が付いてて。抱き着かれた俺にまで砂が付くんじゃないかって思ったけど、ななこさんが可愛いからそんなの全然気にならない。

彼女の頬の砂を指先で払って、もう一度口付けた。

「…ねぇ、仗助くん。」

擽ったそうに笑って、彼女は立ち上がる。
砂粒をぱらぱらと払って、俺に手を差し伸べた。

「…なんスか?」

「私、デートって初めて!」

無邪気に笑う彼女は、どうやら露伴とカフェに行ったことをデートとカウントしていないようだった。
俺に言わせりゃ(まぁ露伴のシタゴコロがわかってるからだけど)あれだって十分デートっスけどね、と言おうとして慌てて唇を閉じる。教えてなんてやるもんか。

「…んじゃあ、仗助くんがななこさんの初デートを完璧にエスコートしてやりますよ!」

ざまあみろ露伴、と心の中でほくそ笑んで、ななこさんの小さな手を取った。


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm