愛の国、フランスでしょ。
アムールモナムールってやつでしょ。(意味知らないけど。)
「愛の国フランスの人は、誰にでも言ってんじゃないの。」
なんて軽口を、言った私が馬鹿だったのだ。
だって、彼はポルナレフだし。
ムードメーカーで、何時だって明るくて、楽しくて。優しいお兄さんって感じで。なのに私を見るたびに
「ななこ、愛してるぜ。」
「ほーんと、ななこは可愛いなぁ。」
なんて、毎日毎日歯の浮くような台詞を挨拶みたいな気軽さで言うもんだから。
顔が紅くなるのも、一部始終をみんなに見られてるのも、ジョースターさんにからかわれるのも恥ずかしくて恥ずかしくて。でも、私みたいなどこにでもいるような子にそんな事言うのなんて、場を盛り上げるためのノリでしかないんじゃないかって思ったら毎回ドキドキしてしまう自分が情けなくて。
そうして、冒頭の一言を発する事になった。
「ポルナレフ、いい加減にしろ。暑苦しいぜ。」
承太郎が睨み付けるけど、ポルナレフは全然気にしない。
「…ななこがいけないんだぜ。俺のこと信じねーから。」
口調も、歩幅も。私が後ろからポルナレフに抱き締められている以外は、普段と変わらない。
「ポルナレフ、ごめんって。」
「ダメだね。…俺の心の傷が癒えるまで、ちゃあんと看病してくれなくっちゃあ。」
ぎゅうぎゅう抱き締められて、流石に暑い。
承太郎も諦めたのか、だったら見えない所でやれと言い残して私たちから離れて行った。
ポルナレフと、二人っきり。
まるで二人羽織のような体制で、色気なんてないんじゃないかと思うのだけれど。
「…ねぇポルナレフ。」
「…なんだよななこ。」
私が立ち止まると、ポルナレフも歩みを止める。この体勢ではそうするしかないのだけど。
あんまりに密着されていて、ポルナレフの表情を伺う術はない。見上げようと身体を捩っても、分厚い胸板はびくともしないのだ。
「本気だってことは、わかったからさぁ。」
「…本当に?じゃあ、返事は。」
「…ちょっとだけ、待ってよ。旅が終わったらじゃあ…ダメ?」
こんな明日をも知れぬ旅なのに、恋だの愛だの言ってちゃあみんなに迷惑じゃないかと思ったんだけど、ポルナレフは逆みたいだった。
「そんなこと言って、死んじまったらどーすんだよ。俺死に切れねーっての。」
今を大切に生きなきゃあダメだろー。
そう言って、首筋に口付け。
うん、でもさあ、外でいちゃいちゃするのは良くないと思うの。
「…じゃあせめて、二人の時…だけにして。」
「…俺の目にはななこしか映ってねーの。だからいつでも平気だぜ。」
「…私が嫌なの!」
離して、と暴れれば、抱き締める力が緩む。
腕からするりと抜け出して見たポルナレフの顔は、なんだかすごく哀しげで。
「…えと、嫌っていうのは…そーいうんじゃなくて…」
慌てて弁解したけれど、口にしてしまった言葉は取り返せなくて。
「…じゃあどーいうんだよ…」
「好き、だから…」
そう、好き。好きだからこそ、そんなに面と向かって当たり前のように愛を囁かれると、どんな顔をして彼の前に立ったら良いのかわからなくなってしまう。
「好きなら問題ねーだろ。俺だって愛してる。」
いともあっさりと唇に乗せられる愛。花京院になら、承太郎になら、私だって笑顔で大好きだと言える。だってそれは、誇るべき友愛だから。
だけど、ポルナレフに感じる気持ちは全然違う。まず大好きだなんて言おうとも思えないし、仮に口を開こうとしても、心臓が口から飛び出してしまいそうでできない。
だから、彼の好きと私の好きは違うんじゃないかと思う。
「…は、ずかしいから…」
顔が見えないうちに言ってしまえば良かった。面と向かって愛を囁くなんてポルナレフみたいな才能は、私にはない。
紅くなった頬を隠したくて、くるりと背を向けた。
「ななこはヤマトナデシコってやつなのかぁ?かーわいーなぁ。」
耳が赤いのが見えてしまったのだろうか、彼は私を抱き締めて唇で耳を柔く食みながら、さもおかしくて仕方ありませんと言った様子で囁いた。
思わず吐息が漏れてしまい、彼がまたくすりと笑う。
「…だったら、恥ずかしくないように…足でも落として閉じ込めてやろうか。」
「…ポル、ナレフ…?」
冗談めかした言葉なのに、真剣な瞳のチャリオッツが現れて私に銀の剣先を向ける。彼の瞳も、笑ってなどいないのだろうか。
「…もしこの先でお前が死んだら、俺はそいつを八つ裂きにするが、…そんなのはゴメンなんだ。」
ぎゅう、と抱き締める腕に力が籠る。チャリオッツは剣先を私の心臓までゆっくりと持ち上げる。
「だから、今俺が殺しちまおうかな、って、いつも思ってる。」
この銀の剣先には、きっとそんなの容易い。
うっかり、本当にうっかり悪魔の囁きに負けてそうしてしまったら、彼は深く深く絶望するんだろう。そうして、私の愛した明るくて笑顔の絶えないポルナレフは、私と共に死ぬんだ。
「…悪くないって…言ったら…」
愛が重くて沈んでしまう。甲冑を着たままじゃきっと泳げないから。
でもそれでも、この腕に抱かれていられるなら、幸せだと思う。
「…ほんとーに、やっちまうぜ?」
キラリと光る剣が、血に染まるのを見た事があったような気がする。命の終わりが身近すぎて、彼も私も狂ってしまったのかもしれない。
「…どうせなら…」
「ん?」
「…なんでもない。」
どうせならベッドの上で殺されたいなんて、好きすらまともに言えない私には一生伝えられない。
気付いてくれたらいいのにと、体に回された腕をぎゅうと握った。
prev next
bkm