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いつもの先生

 駅前の喫茶店は昼ともなると盛況だった。平日は主に昼食を摂りに訪れた会社員や友達同士でお茶とお喋りを楽しみに来た主婦で賑わうものだが、日曜日の今日は色々な年齢層の人間が集まって普段より一層繁盛している。恋人や家族や友人とそれぞれが心地よく休日を楽しんでいる中、とある席の一角だけは、周りとは違った妙な空気を纏っていた。決して険悪にしているわけではないが、男女が二人して神妙な顔をして向かい合っていればそれなりに近寄りがたい。その証拠に、ウエイターは一度注文を聞いたきり、その席の周りだけ極力近寄らないようにしているのが見て取れた。

***

 ななこと知り合ったばかりの頃の岸辺露伴は、それはもう酷かった。彼女は数々の暴言を思い出し、自然と眉間に皺が寄る。人のことを捕まえてはやれ器量なしだのなんだのと罵りまわしてばかりで。だからこそななこも冷たくされるほど悔しくて追いかけてやる、という気になったものだった。

 その甲斐あってか、紆余曲折あってやっと付き合い始めた二人だが、ななこは最近、急に優しくなった彼が信用できない。だって、あれだけ容赦なしに皮肉ばかり言っていたのに。これはなにか裏があるはずだ。今日も昼下がりのカフェ・ドゥ・マゴのテラス席は穏やかでお洒落な雰囲気だが、ななこはそんな情緒など気にしていられなかった。

「というわけで露伴先生、私に冷たくしてください」

「なぜそうなるんだ」

 いつもの不遜な態度のまま、奇妙だけどあんまり興味をそそられない虫を見つけた、みたいな顔をしている。コレはコレで冷たいけど、ちょっと意味合いが違う。

「だってですよ!?ちょっと前まで『コーヒーが温くなってるだろ言われなくてもはやく淹れ直せよ』とか言ってた人が恋人になったからって『寒かったら、早く言えよ』とか言い出したら、そりゃ戸惑いもしますよ!」

 感情のままに軽くななこはテーブルを叩いた。がちゃりとコーヒーカップが音を立てる。向こうでサンドウィッチの皿を運んでいたウェイターがちらりとこちらを気にした。

「よせって、店に来られなくなる。あとぼくの声真似はやめろ」

 ななこの威嚇行動を軽く嗜め、露伴はカップに口をつける。いつもは傍若無人でそんなお店のことなんて気にしないくせに。コーヒーを飲むのをやめて溜息を付き、彼はななこをじろりと見つめた。

「いいことじゃないか。君こそ前まで優しくしてくれって言ってたろ?」

「それはそうなんですけど・・・・・・」

「そういうの、ないもの強請りっていうんじゃないか。ななこのくせに百年早いぜ」

 こうやって相手を丸め込もうとするのはいつもの手口だ。

「そういうところ、優しくしてくれるとこ以外は変わらないし」

「だからなんだ」

 露伴を怒らせてしまうかも知れないとななこは言うべきか少し悩んだが、聞いてやるから言えよ、と思いのほか真剣な声に促されて、口をひらいた。

「不安になちゃうんですよ。だって、露伴先生は誰にでも自分勝手だけど、康一くんなんかにはちゃんと最初から優しかったでしょ?でも私には違うから」

 好奇心旺盛な露伴は一見移り気そうに見えるが、実は結構一途というか、頑固なところがある。一度好きになったら好き、嫌いになったらずうっと嫌い。それ以外は気分次第。だから、恋人同士になったからといっていきなり優しくなるというのは、露伴にとって自分は気まぐれで相手にされてるだけだから、なのではないだろうか。

 こうして一緒にお茶をしているのだって、もしかしたら恋人同士のリアリティとやらを体験してみたいだけだったりして。手元のカップを弄びながら視線を落とす。カップの中の紅茶は、もう冷めつつあった。

「付き合おうって言ってくれたのだって、なんとなく興味が出たから試しに、とか、なんじゃないかなって」

 自分で口に出すと悲しくなってきて小さくなっていると、とんでもなく不機嫌な声が振って来た。

「君は、ぼくがそんな半端な気持ちで告白したと思っているのか」

 やっぱり、怒らせてしまっただろうか。慌てて顔を上げると、先生は怒りというより拗ねた表情をしていた。長く深く溜息を付き、ななこから視線を逸らす。

「どうしても冷たくないぼくは嫌いか?」

「嫌いとかじゃなくて」
「信用できない?」

「まあ、そうです」

 カップを置き、手を組んだ上に露伴は額を乗せて俯いた。そんなに悩ませるようなことを言っただろうか。てっきり、君が気に食わなければ別れればいい、とか言われてしまうかも知れないと思っていたのに。ななこが首を傾げていると、彼は喉で唸る。自分の言いたいことをどう言葉にしようか悩んでいるようだった。

「この間、康一くんに言われたことがあるんだが・・・・・・それを今、骨身に染みて感じてる」

「何を言われたんです?」

 露伴がこちらを見ようとしない。いつも偉そうな・・・・・いや、自信に満ちてはっきりものを言う彼が、なにをそんなに言い淀んでいるのか。ななこまで困惑してしまって、宥めようと腕を伸ばして露伴の項垂れる頭を撫でる。彼はななこの手の下から上目使いにこちらを見た。

「君に対するぼくの態度を見て、思ってることは言葉にしなきゃ通じませんよ、ってさ。いきなり行動で表すのも下手だろう、とも言われた。悔しいけど当たってる」

「思ってることって?」

 出来るだけ優しく問うと、撫でられるのを受け入れていた露伴はそっぽを向いた。午後の日差しを、その長い睫毛が弾き返す。

「どれだけ君の事を気に入ってるのか伝わってないなら、恋人になってからは優しくしてやろうって決めてたんだよぼくは。それなりにけじめをつけたつもりでいたのに、君ときたら全然わかってない!――あぁクソ、言いたくなかったのに」

「露伴先生・・・・・・」

 露伴は不機嫌な猫みたい目で訴えつつも、ななこの手を払おうとはしない。

「そんなの、それこそ康一くんの言うとおりです。変な優しさで誤魔化さないで、言ってくれなきゃわかんないですよ、私は露伴先生みたいに人の心は読めませんから」

「ななこにはわかってもらわないと困るんだ!」

 撫でていた手を掴み取り、キッと睨んでくる露伴をななこはまっすぐ見つめ返す。なんて我侭な人なんだろう。

 でも、ここはもう譲ってやらない。知らない間に康一くんがせっかく援護してくれていたのだから、逃がさないで今日こそは大事なことを言わせてやる。掴まれた手をもう片方の手で包んで捕まえた。

「教えてください。先生は私のこと、どう思ってます?」

「・・・・・・さっき気に入ってるって言ったろ」

「それじゃ駄目です」

 怒りか羞恥心か、露伴は戦慄いて口を開いたり閉じたりしていたが、やがて観念してぶっきらぼうに答えた。

「君が、好きだ」

「私もです!大好きです露伴先生!」

 ぺいっと投げ捨てるように今度こそななこの手を離すと、露伴は勢いよく立ち上がった。

「全く、君ってヤツは!ぼくから何か言わせようなんて!」

 テーブルにお札を乱暴に置くとななこを置いて席を離れてしまう。慌てて彼女が後を追うが、彼は立ち止まらない。

「露伴せんせ、許してくださいよ。どうしても一回ぐらい先生から好きって言って欲しかったんですよ」

「許さないね。ぼくはもう帰る」

 急いで隣に並んで歩くと、ついっと顔を背けてしまう。けれど、露伴の耳の端が紅潮しているのをななこは見逃さなかった。

「付いてくるな。君に怒ってるんだぜ」

「うんうん、いつもの露伴先生だ」

「うるさいっ」

 歩道に出ると、植えられた銀杏並木が秋風に靡いた。もう風に冬の匂いが混じっている。ななこはちょっと寒くなって来ましたね先生、と露伴に腕を絡ませようとするが、あっちいけと追い払われてしまう。暫く攻防を続けながら、結局二人はくっついて歩くのだった。


***

人間椅子のルリヲ様より30000打のお祝いをいただきましたッ!

露伴にツンツンされたいってリクエストをさせていただきましたが、想像以上の素敵なツンデレぶりにキュンキュンしました!!ルリヲ様ありがとうございますー!!!


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm