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キスをしながら

ななこの唇は、僕の唇より柔らかい。
これも男女差というものなのだろうか。あいにく僕は彼女以外とキスしたことがないから、わからないけれど。

「…花京院くん?」

口付けの最中に僕がぼんやりとしたせいで、ななこが怪訝そうに小首を傾げた。あぁ、すみません、なんて形ばかりの謝罪を唇に乗せれば、「キスの途中に他のこと考えるなんて、マナー違反だよ」と笑われた。

「ななこの唇が柔らかいのは、女性だからなのかな、なんて思いまして。」

僕より大人な彼女なら、知っているだろうか。と疑問を口にしてみたけれども、そういえば口付けは男女がするものだったな、と思い直す。僕の言葉に少しばかり思考を巡らせた彼女は、「うーん、そうかもね。」と意味深な言葉を吐いた。

「…それは、比べたことがあるってこと?」

「経験則、ってやつかな?」

悪戯っぽく笑う彼女に、好奇心と嫉妬心の両方が刺激される。僕の感情の動きを知っているのか、彼女は「…気になる?」なんて煽るような笑みを浮かべた。

「ななこの唇が柔らかいだけの話じゃあなくて?」

ななこと男性を比べただけなら、それは男女差にはならない。暗に女性同士で口付けをしたことがあるのか、を問うたつもりだ。…どうやら伝わったらしく、彼女は妖艶に笑いながら僕の唇を柔く食んだ。

「…多分、女の子の方が柔らかいと思うな。」

唇だけじゃあなくてね、なんて含みのある台詞を囁かれたら、気になって仕方ない。

「…それはとても興味があるんだけれど、」

聞かせてくれないか、と彼女を床に押し付ける。顔にかかる僕の前髪が擽ったいのか、彼女は小さくかぶりを振る。そんな小さな仕草の間でも、彼女は余裕の笑みを崩さない。

「花京院くんが聞いたら、ヤキモチ妬いちゃうんじゃあないの。」

「…聞いたことは、全部試してみたくなるかもしれない。」

誘うように開かれた柔らかな唇に噛み付く。僕の知らない彼女の姿を誰かが見ている、そんなのは嫌だ。僕しか知らないななこを、彼女自身すら知らない姿を暴いて、僕の中だけに閉じ込めてしまいたい。
ななこに対してしかこんな気持ちにならない僕は、この気持ちが本当に恋と呼んでいいものなのかいささか不安になることがある。確認する手立てはないし、名前をつけたところで治るわけもないのだけれど。

「花京院くんのそういうところ…結構好きだよ」

「結構ってなんですか…」

思わず溜息を吐くと、彼女はくすくすと笑って、ごめん、撤回するよ。と僕の首筋に腕を回した。

「…世界で一番、好き」

きっとこれから先も、ずーっと。なんて、薄っぺらな言葉を紡ぐ唇を舌で塞いだ。僕が欲しいのは、そんなんじゃあないんです。

「…そう思うならななこ、言葉よりも態度で示してくれませんか?」

僕ばかりが彼女を好きな気がしてならない。恋人だと言うのに僕ばかりが空回って、彼女はいつだって余裕の笑みを絶やさないから。
それは経験値の差だと言われれば、年齢も含めて仕方のないことかもしれないけれど、それでも僕は、誰も知らないななこが知りたい。

「…花京院くんは女性的なのかと思ったんだけどさぁ、」

意外に違うよね、と、僕の視線を受け止めたななこが笑う。何かを期待しているように見えるのは気のせいだろうか。

「僕はオトコですよ?」

ぐ、と押さえ込む手に力を込める。細い手首はもう逃げ出せない筈なのに、彼女の瞳には不安も恐れもありはしない。それが何故だか悔しくて、また彼女の唇に噛み付いた。

20161203


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bkm