花京院(27)捏造注意!
大人な生存院にからかわれちゃう話。
密かに想いを寄せていたつもりが
思いっきりバレていてアワアワ。
クラスメイトの東方仗助くんの周りは、とても賑やかだ。叔父さんの(甥、と言っていた気もするけれど、多分聞き間違いだと思う)承太郎さんとか、漫画家の露伴先生とか。仗助くんを通じて私も彼らと知り合いになって、なんだかんだと楽しい日々を過ごしている。
楽しい理由の一番は、好きな人ができたから。なんだけど。
「…やぁ、こんにちはななこさん。」
「…こ、んにちは!花京院さん。」
やんわりと微笑む彼に、私はもうどうしようもなくドキドキしてしまうのである。まぁ、私と花京院さんは結構年も離れているし、こうして挨拶をするだけで精一杯なんだけど。
「…今日はひとりかい?」
「…今日は承太郎さんは一緒じゃあないんですか?」
私たちの声が面白いように重なって、思わず二人で吹き出す。でもそう思うくらい、私と花京院さんはお互い一人で会うのが珍しかった。いつもはみんなが一緒だけれど、今日は私と彼だけ。そう気付いてしまうと、頬が熱い。
「…今日は、みんな用事があるみたいで。」
「そうなんだ。…君が帰り道一人なんて、本当に珍しいね。」
雨でも降るんじゃあないかい?なんて呑気な笑顔を浮かべている。それすらも、綺麗だな、なんて。
「…花京院さんこそ。」
「…僕は、今日は休みだから。」
言われてみれば、花京院さんの雰囲気はいつもと違うような気がした。何が、と言われるとよくわからないけれど、服装のせいか、もしかしたら承太郎さんが隣にいないせいかもしれない。
「…どこかへお出かけですか?」
「…うん、冷蔵庫が空っぽだから、夕飯の材料を買いに行こうかと。」
意外な台詞だと思ったけれど、承太郎さんは単身赴任だし、花京院さんももしかしたら…なんて、私はおそるおそる口を開いた。
「…奥様は?」
「いやだなぁ、ななこさん。僕はまだ独身だよ?」
でもそうか、承太郎は結婚しているもんね。と笑う花京院さんを見たら、私はなんだか複雑な気持ちになった。どうしてこんな魅力的な人が、って気持ちと、独身で良かったと安堵する気持ちが混ざって、変な感じ。
返事をしない私を、花京院さんが悪戯っぽい笑みで見つめる。
「…さてはモテなそうだなとか思ってる??」
「そ、んなことないです!」
慌てて首を振ると、花京院さんは「まぁ実際問題、モテないんだけどね。」と笑った。
思わず食いかからんばかりの勢いで「なんで!?」と声を上げれば、彼は私の剣幕に盛大に吹き出した。
「…僕はゲームばっかりしてるし、それに、隣に並ぶのが承太郎じゃああまりに分が悪いだろ?」
くすくすと笑いながらそんなことを言う花京院さんだけど、私は承太郎さんよりも彼の方がずっと魅力的だと思う。本人には言えないから、唇だけで小さく呟いた。
「…花京院さんの方が…格好いいし、…」
「そう思ってくれるなら、デートしてよ。…と言っても、スーパーまでだけど。いいかい?」
どうやらしっかりと聞こえていたらしく、花京院さんは冗談めかして私を誘った。驚いて顔を上げると、彼はいつもみたいに柔らかに微笑んで、行こう?と手を差し出した。
「…え、あ…ッ…!?」
「…デートだから、繋ごうかと思ったんだけど。」
私が戸惑っているうちに花京院さんは「まぁいいか、」なんて笑って手を引っ込めた。今更手を繋ぎたいなんて言えるはずもなくて、真っ赤なまま口をパクパクさせるしかできない。花京院さんはそんな私を横目でチラリと見て、楽しげに唇の端を持ち上げた。
「…行かないかい?チョコレートくらいなら買ってあげるよ。」
「…誘拐犯みたいですね。」
「付いて行ったら危ない目に合う…って?」
そうかもしれないよね、なんて含み笑いをされて、思わず足が止まる。眉を寄せる私を楽しげに見つめた花京院さんは、冗談だよ、と笑った。誘拐犯、というよりこの人は愉快犯に違いない。
「…からかわないでください!」
「ごめんごめん。…だってあんまり可愛いから。」
さ、今度こそ行こう。と彼は子供が連れ立って遊びに行くみたいにとても自然に私の手を取った。見た目よりずっとしっかりとした指先が私の手に触れて、ぎゅ、と握り締めた。
「…ッ……!?」
心臓ごと一緒に握り込まれてしまったんじゃあないかってくらい、私の心はうるさく騒ぎ立て、普段と変わらず呼吸しているはずなのに息が苦しい。
言葉も掛けられずただ引かれるまま歩を進める私を振り返って、花京院さんは綺麗に笑う。
「…誘拐なんてしないから、安心してよ。」
「…心臓に、ッ…悪いんですけど!」
男の人と手を繋ぐなんて、したことない、といったようなことをしどろもどろになりながらも伝えれば、花京院さんは至極あっさりとした様子で「高校生なんだからもうそれくらい経験してもいいと思うな」と返事をする。繋いだ手は離してもらえなかった。
「…これじゃあ、買い物できなくないですか。」
スーパーに入ったところで、私はおそるおそる花京院さんに声を掛けた。片手は私と繋いだまま空いた手で買い物カゴを持つ彼は、私の言葉を受けて、それもそうだね。と笑ってやっと手を離してくれた。離された手は、じっとりと汗ばんでいた。多分きっと、私の汗。
「…ななこさんは、好き?」
「えっ!?…好ッ…!?」
不意に言葉を掛けられて驚く。好き?ってそりゃあ花京院さんのことは好きだけど!こんな公衆の面前で、っていうか花京院さんの前で好きなんてっ、
「…これ、僕好きなんだ。美味しいよね?」
「…へ?」
好き、なんていうから慌ててしまったけれど、彼はお菓子の箱を私に向けていたらしかった。可愛らしいパッケージは私も好きなもので、花京院さんのことじゃあなかったのかと(よく考えたら当たり前だ)安堵しつつこくこくと頷く。
「じゃあ、ご飯の後に一緒に食べよう。」
「はい!…っ?」
花京院さんの笑顔につられて頷いてしまったけれど、彼は今、なんて言った…?
「良かった。じゃあ、お会計して帰ろうか。」
相変わらず淡々とした様子で、感情が読めない。これは一緒に食事を作るってことでいいんだろうか。そう考えているうちにも花京院さんは淡々とレジを抜けていく。質問しようと思ったのだけれど、買い物中は離していたた手を当たり前のように再び繋がれて、その戸惑いに邪魔された。
私がやっと彼を呼び止めることができたのは、スーパーを出て少ししてからだった。
「あの!…これ、は…私、花京院さんとごはんを食べるってことでいいんでしょうか…」
「…ん?…もちろんだけど。」
僕が作った食事が心配なら、外に食べに行ってもいいよ?なんて彼はまた冗談めかして笑った。今買った食材を前に外食しましょうと答える女がいたら、それは結婚しないほうがいいと、私は思う。
「なんで、構ってくれるんですか。」
「…構って欲しい顔をしてるから。」
花京院さんは足を止めて、私の顔を覗き込むみたいに屈んだ。鳶色の瞳がくるりとこちらを向いて、それだけで頬が熱くなる。
「…私はそんな、」
「…だって、みんなといてもいつも僕を見てるだろ?」
あぁ、バレてた。自分でも赤いのが分かるほど熱くなる頬が、さらに熱を持つ。
からかいの視線を受け止めきれずに、私は視線を落とした。そうして、小さく声を上げる。
「それは!…花京院さんが…すてきだから、…見てる…だけ、で…」
そう、見てるだけでいいの。花京院さんの柔らかな笑顔とか、変わった色の髪、可愛らしいチェリーのピアス。見てるだけで、幸せになれるから。
不意に視界が揺れる。再び花京院さんの顔が見えるようになったのは、彼が私の顎を持ち上げたから。
彼はまるで口付けるみたいに顔を近づけながら、意地悪く笑った。
「…みてるだけ、で、いいの?」
20160819