お題 | ナノ

 心臓に隠した鈍色の刃

正直言えば、あの時程燃え滾った事はない。
暗雲が立ち込め、四面楚歌な状況ばかりだったが。少なくとも不満は何もなかった。泥水や死人の血が含まれた水たまりを怪我した手足で突き何度も踏みしめ、病にも伏せた。だがしかし。自分は不安も恐怖も、何もなかった。

戦争は終わった。

自分達には平和な時間が訪れた。何故今更、あの頃に戻りたいと何度も何度も願ってしまうのだろう。自分には不自由ない暮らしがあると言うのに。

「銀ちゃん、銀ちゃん」

家族の一人に声をかけられて、ハッとした。

自分は今立っている。

立って、着物をくいくい引っ張られながら名を呼ばれた。目の前には誰もいない。一体自分は何をしていた?目の前に広がるのは黒い机と黒電話、そして鉄格子のような窓だけ。
くいくいと引く感覚へ視線を落とすと、神楽が自分を見上げていた。

「どうしたの?ボーっとしてるアル」

最近よく昔を思い出す。自分なりに只の老化現象かと自嘲した事もあったが、その回数は異常になっていた。
ああ嫌だ。自分には幸せがあるのだから、今の状態に満足しなければならないのに。何が一体不満だと言う?衣食住なんて昔と比べれば倍以上に快適だ、友も家族も新しい恋人も増えた。

なのに。

「いや、大丈夫」

銀時は少女にそう呟くと柔らかく微笑んで返す。やがて「パチンコ行ってくる」と言って外へ出かけてみた。ソファに座っていた新八の心配そうな視線を浴びながら。

外へ出ると不満が倍になった。
何もない平和が包む静寂な町。時には大騒ぎし、時には波乱を巻き起こし、時には皆と肩を組んで笑い合うそんな町。
口実はんてどうでもいい、昔の感覚を拭いきる機会が欲しい。

気が付けば廃れた神社に立っていた。あの時と似た光景が見える場所にいて、声をかけられた時のようにまたギクリとして銀時は周りを見渡す。ここには何もない。寂れた景色が夕闇に溶け込みゆく時間。そうなるまでずっとここにいたらしい。だが銀時はまだ足りなかった。

そう、ここには血がない。

生臭くて鉄の匂いが鼻にゆく、あの匂いがここには立ち込めていなかった。何故そんな欲求に駆られてしまうのか。銀時は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。身を己で抱き締め、フルフルと震えた。

「嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・・っ」

誰もが皆平和がいいと口を揃えるに違いない。自分だけ感覚がズレている。それが嫌でたまらない。

「拾ってやろうか?」

ふと頭上から声がした。自分が待ち望んでいた言葉が、ふと頭上から。

見上げると昔の恋人。

いつの間にそこにいた。とか、何でそんな事を言う。とか、考える暇がなかった。すがる様な視線を送り、唇ごと震える自分を只、見下ろす彼に期待してしまっていたのだ。

「高杉・・・」
「欲しいんだろ?血が。ぶっ壊してぇんだろ?世界を」

やがて自分と同じ視線になるようにしゃがみこみ、小さな子供をあやすように彼は続ける。銀時はその間、片時も視線を外さないで懸命に追いかけ、合わせ続けた。震える身体を温めるように、高杉は銀時の肩に触れた後、優しく優しく。頬を包み込んだ。何故か涙が溢れて、ポロリと零れるが拭う余裕なんてどこにもない。

「可哀相になァ・・・銀時」

高杉はわざとらしくそう呟くと、涙を指先で弾いてやる。
そうっと立たせると、彼は続けた。

銀時は、彼の言葉を期待した。きっと彼なら、言ってくれると思っていた。確信はないが、彼なら言ってくれるのではないかと、ふと胸の中でドキドキと高鳴るものがこみ上げ、胸に手を置いた。

「いつまでその刀、しまっておくつもりだ?抜いちまえよ、銀時」

違う、違う。それではない。俺が期待しているのはそれではない。

「なァ、銀時」

頼むよ、言ってくれよ。声が震えて返事ができないから、簡単に返せる質問をしてくれよ。

「攫ってやろうか?」

耳元で囁く昔の声。
待ち望んでいた問いに、銀時はまた涙をこぼした。歓喜に似た言葉に、身体が震えた。

それだけで十分だった。

差し出された手に、自分の手を乗せて。

銀時は高杉の手を決して放さないまま姿を消した。廃れた神社から、かぶき町から、万事屋から、今の恋人の元から。
そして銀時は二度と姿を現さなかった。

やがて失踪し行方不明になった銀時を、血眼で探す土方の元に無線が入りパトカーで向かい、鬼兵隊の連中が巻き起こした大規模テロの現場へ向かうのはその4か月後。
草の根分けてでも探し続けた恋人が、知らない小綺麗な着物姿で、腰に刀を差し高杉の隣で破壊される街を見下ろし笑うのを見るのもその4か月後。

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