お題 | ナノ

 あの獣だって振り向けばまだすぐそこにいる気がして

どうしようもない非常事態というのは、時に予想だにする事が出来ない上、日常の中に溶け込んだりしている。

「さようなら、しようか」

いつもの調子でそう言われたので顔を上げて凝視する。だけど彼の決意は固いようで、振り向き視線を合わせる事無くまた同じ言葉を口にした。さようならをすると言われて、理由を知りたいと返す。しがみつくように、別れ際の男女のような、自分でも情けない動きをして布地に舞う蝶を捕まえた。

その山吹色の蝶は手をすり抜けて逃げていく。

どうして、どうして。と涙ながらに叫ぶが、それでも高杉は振り返らなかった。

「重いんだよ、お前」

頬や髪に触れる事なく高杉は踵を返し出て行った。

それから自分は泣き続けた。

女々しく情けない、しかし止める事が出来ずに泣き続け、腫れた目で見る空が余りにも眩しく、手の平で目上を添えても見上げる事ができなかった。それでも涙は止まらず、子供達がいるというのに、大の大人がしくしくいつまでも泣いた。

そして気がついた。

あぁ、自分はこんなにも高杉を愛していたのだ。

重すぎる程に愛し、尽くして来ていたのだと知った。自分の比を探しているとテレビで緊急避難の字幕、外ではサイレンがけたたましく鳴った。

「銀ちゃん、行こう」

頭がついていけていなかった。ぼうっとしながら定春にまたがる神楽がそう叫ぶ。木刀を腰に差し、最低限の荷物を持ち外へ走る。新八が一緒にスクーターを押し出し、鍵を回してハンドルを握った。他の人たちもサイレンとテレビの避難命令に戸惑いながらも外へ飛び出し走り出している。シェルターに避難を終え、膝を抱えて子供達に挟まれていると、老人が手にしたハンドルを回して充電するタイプの小さなラジオが目に付いた。老人が充電を終え、電源を入れてチャンネルを合わせるとそこからあふれ出る情報が銀時を更に絶望の淵に追いやったのである。

銀時の目の前の色が真っ暗になった。

「攘夷志士過激派テロリスト、高杉一派の身内による謀反により、ターミナルの地下にて最後の交戦が行われているとの情報が」
「ターミナル爆破を狙う謀反と、それを反対する高杉との間に意見の食い違いによる亀裂が」
「真選組は直ちにターミナルへと出陣しましたが、手遅れとの事」

そういえば。
高杉、あいつ俺を振る時「別れよう」とは言わなかった。
あいつが言ったのは「さようなら」だった。

意味が分かって銀時は立ち上がった。寿司詰め状態の人盛りを掻き分けて出て行こうとすると、神楽と新八がそれを阻んでくる。腕を振り回して抵抗したが、足元がおぼつかずにうまく力が出ない。

会いたい、会いたい。
会いたい。

あれが最後の言葉なんて絶対に嫌だ。
さようならをするなんて絶対に嫌だ。

最後になるなんてもっと嫌だ。

「晋助ぇぇええええーーーーー!!!」

絶叫した事で座る人たちが驚き、こちらを凝視する。怯んだ隙に掴まれた両腕をうまく捻りつき離す。シェルターを脱出して一人、人気がない道を駆け出した。もっとだ、もっと。もっと早く走れ。めいっぱいエンジンをふかして真っ直ぐにスクーターを走らせた。

誰もいない。ゴミと風が舞う薄暗い、真っ黒い雲が多い尽くした空は銀時の腫れた目でも見上げられた。

しかし。
遠くでターミナル側からボン、と何かがはじけ、強風が吹き荒れた。強風ではない。衝撃波のような円を描くように波打ったそれは、簡単に人一人、スクーターごと浮かばせ重心を失った乗り物ごと後ろへ吹き飛ばす。ゴロゴロ、と何度も何度も回転して土埃で白が汚れた。顔や肘をすりむき、落ち着いてきたのと同時に手を突いて身体を支えて転がるのを防ぎ、見上げる。
先ほどの強い衝撃波のような強風と比べると勢いが減っているが、強く前に進めるような隙は与えてくれない風が何度もやってきては、立ち上がろうとした銀時を押し上げ転ばせる。それでも諦めずに立ち上がり、銀時はボロボロの身体でターミナルへ急いだ。
すりむいた膝や肘からは小さく血がかすれ、頬も少し腫れた。

茶こけた泥をつけやっとの事で到着したターミナルはしんと静まり返り、探したが高杉の姿は確認できなかった。

一人で巨大な建物を手探りで探した。名も呼んだ。しかし高杉の返事はなく、再起動を始めるターミナルは静かな機械音を響かせただけで人気はない。

その後真選組もこぞっと集まり高杉を探した。

万事屋へ帰りぼうっとしていると、携帯電話に不在着信があった事に気がつく。点滅する光に導かれるように手に取り中を確認すると、留守番メッセージが一件入っていた。

高杉からだった。

念の為何度か電話したが相手の応対はなく、後悔の念に押しつぶされながらメッセージを聞く。

―――銀時。

久しぶりに聞く声で一気に涙腺が潤い、鼻先がツンとなって手で押さえ込んだ。嗚咽を耐え、一言一句聞き逃すまいと懸命に声を殺し、喉元からこみ上げる熱いものを押さえ込んだ。

―――俺が率いる鬼兵隊の中で、俺等よりも過激行動をしようとする班と意見の食い違いが発生した。謀反を起こしてターミナルに核爆弾を仕掛けた事後報告なんかもあったんで、お前を巻き込みたくなくてあんな言い方をした。悪かった。地球上で爆破や処理はできない江戸全滅以上の被害が予想されるので、俺はターミナルからこれを宇宙まで持っていく事にする。タイミングずらして空や大気圏内で爆発させたら予想以上の被害状況が予想できる。だから、俺はこれを持って宇宙へ行き、そこで爆破させる事にした。この電話はその最中にしている。死出の旅になるか、帰還できるかは分からない。ちゃんと避難できたか?腫れた目してないか?いつまでも泣いて食べ物食ってないとか、そんな事してねぇだろうな。風邪引くなよ。拾い食いなんかしてんじゃねぇぞ。攘夷志士なんかに、なっちまったら駄目だぞ。ヅラの勧誘ずっと断って俺の帰りを待っていてくれな。必ず帰るからな。・・・銀時、愛してる。

あぁそうか。
あの時の言葉は別れの言葉なんかではなかったのだ。あの人の「さようなら」は別れの意では、なかったのだ。

それからグシャグシャになって泣いて、泣いて、泣き続けて。
泣き止んで、待つ事にした。

銀時は待った。

月日が流れ、桜が咲いた。あの時無茶しやがって、と土方や沖田が怒ったが泣きそうになった自分を見てそれ以上何も言わなくなって。銀時と子ども達を花見に誘い酒を酌み交わす。
宴会のようにどんどん盛り上がってゆくのを尻目に銀時は桜の花びらが舞う青空を見上げた。

―――やっと見上げる事ができた空は、真っ青なインディゴブルー。

「土方、煙草一本もらってもいい?」
「お前吸えるのか?」
「まぁ、土方くん程依存はしてねーけど吸える方」

どんな風の吹き回しだ?と問われ、いい風に煽られたので無性に吸いたくなったと返した。土方はそんな事もあるんだな、と言いながら煙草の箱を空け、差し出す。会話が出来るようになったのは前進した証拠だと自画自賛して、銀時はマヨネーズ型のライターに火をともすと一気に煙を吸い込んだ。

高杉の香りとは違うが、なんとなく彼と同じ動作が出来て少し嬉しかった。

日が傾き花見もそろそろ頃合かという時間帯。持参してきた荷物のゴミを集めている最中、手を汚したので水場へ駆け出した。
バシャバシャ、と冷え込んでいるその冷水で汚れを落とし袖や着流しの布でパッパと無造作に払いのけたり拭いたりした時。

煙の香りがした。

風が運んできた香りは嗅ぎ慣れたそれであり、銀時は夢中に走り出した。
果たして走っている方向が香りの元へ近づいているのかも分からないが夢中に。
そして足を止め、大きな桜の下へ歩み寄り足を止める。

夕暮れ、空の青が黒くなってきた頃薄暗かったが、分かった。

「満開のいい桜だな」

風が舞い、ザザザ。と花びらの音と共に激しい桜吹雪。自分は何度泣けば気が済むのか分からない程だった。だがまた目元が潤って耐えられなかった。

「待たせたな、銀時」
「もう・・・・さようならなんて言うんじゃねーぞ馬鹿っ・・・」
「予想通り、腫れぼったい目しやがって。可愛い顔が台無しじゃねーか」
「誰のせいだよ!」


高杉は只、薄く笑んで自分を見やるだけで。
そうっと近寄りあの時のように布地の蝶を捕まえた。

今度はもう逃がさない、しわが出来ても構わず、手の中いっぱいに握り締めて涙で彼の着物を濡らした。

「ただいま、銀時」
「おかえり、なさい・・・・・っっ」




++++アトガキ++++
死ネタ予定だったんですけど高杉さん大好きなので殺したくなかった。
なので予定途中で変えて生還させました。
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