小説 | ナノ

 拝啓、できの悪い生徒より

「こらこら銀時!それは食べてはいけません!ぺっしなさいぺっ!」
「味ない」
「そうですよ、それは教材です、紙なんです。読んで見るもので食べるものではないんです」
「・・・・ぺっ」
「よしよし良い子です」

銀時をここに連れてきてからというものの、見た物全てを口に入れようとするので安心できない。松陽は困り果てていた。よだれがたっぷりついて、噛み跡の残る紙くずを手に取りゴミ箱に捨てる。銀時に与えた教材の一部どころか、表紙や中の頁は歯型と穴だらけになってしまっている。畳の縫い目を追いかけて、端に行きついて、四つん這いでよちよちと歩くと桂とぶつかって喧嘩を始める。そこを自分の代わりに高杉が間に割って入って仲裁をして終わり。安堵のため息を吐いて、3人の頭部に手を置きながら思った。高杉はぶっきらぼうで無口だが銀時のいい世話役と評価している。桂は銀時に色々な事を教えてくれる。周りの生徒は銀時の我流剣術だが、自分の教えにより洗練される腕を認め、話題の輪に入れてくれる。

「高杉、なんでピーマン残してるの?」
「うっ・・・べ、別に」
「それ食べないの?」
「・・・・うん」
「高杉。せんせが言ってた。食べれないのはペッするんだよ」
「・・・・うん・・・」

どうやら高杉はピーマンが苦手のようで、弁当箱の隅に寄せて別のものばかり食べていく。桂の方を見やると、桂は人参をこれまた同じく隅に寄せて他のものばかりを食べていた。銀時は松陽に与えられた昼食にあった人参とピーマンを寄せて、別のものを食べていく。それを見つけた松陽が、「好き嫌いはしないで全部食べなさい」と注意するが銀時は納得しないらしい。

「銀時。野菜には栄養がたっぷりつまっているんですから。全部食べないとおまんじゅう抜きですよ」
「だって、高杉はピーマン食べないよ。これ食べられないものだからペッ」
「晋助はピーマンが嫌いなだけで、ちゃんと食べられますから」
「ヅラは人参食べない。これもペッ」
「・・・人参も食べられます」
「うーん・・・でもどっちも食べない」
「銀時。野菜は食べられます、嫌いな味だから2人共食べないだけで・・・」
「分かんないよーっっ」

銀時は手足をバタつかせてぎゃーっと叫んだ。ドタバタしながら首を振って、わんわん騒ぐので、他の生徒たちもぎょっとして注目の的になってしまう。

「ぐちゃぐちゃで分かんないーーーっっ!!食べれないの、どっち!」
「あぁ、ちょっと銀時・・・ご、ごめんなさい私の言い方がいけませんでした。えーと・・・」
「お米食べれる!卵焼きも食べれる!ピーマンと人参食べれない!せんせ分かんないーーっ」

自分達の所為で銀時を混乱させてしまっらようだと知った高杉と桂。じーっと各嫌いな野菜を凝視し、おそるおそる箸でつまんで口に入れ、咀嚼し飲み込んだ。それを見て銀時はピタリと騒ぐのを止めて、ぎこちなく持つ箸でちょいちょい、とつっつき、嫌な顔をしつつも食べた2人を交互に見やりながら、口に入れてもぐもぐ。

「ちょっと苦い。草みたい」
「草と違って栄養たっぷりですからね」
「うん・・・・ん、人参は甘い」
「そうですよ。美味しいでしょう」
「うん、美味しい。高杉、ピーマン美味しい?美味しくないのは食べれないものなんだよ。食べれないのペッ」
「うっ・・・」
「え?や、やっぱこれ食べちゃ駄目なの!?」
「いいいや、美味しい・・・」
「ヅラは?」
「う・・・」
「・・・やっぱこれ駄目なの!?なんで人参弁当の中に入れられたの?親に苛められてるの!?」
「いいいいやいやいやいやいや!!ち、違うぞ銀時!に、人参美味しい・・・うぅ」
「そっか、えへへ」

色々な事があったが、銀時も馴染めはじめているようで背中を伸ばせる気分であった。
しかし村塾とはいえ、空き家を利用し子供たちに勉学を教える自分にとって、環境的にはやはり良くはないと思っている。銀時以外の子供たちは帰る場所があり、家族が待っている。それぞれが持ってくる弁当も、銀時は持ち合わせておらず、やはりそういう所から疎外感のようなものを感じ取っているらしい。
そういう反応は決して見せないが、視線とか、黙り込む仕草が物語っている。

「ヅラ、それ何」
「ヅラじゃない、桂だ!これは駒だ。遊ぶ道具だぞ銀時」
「どうやって遊ぶの」
「ふふふ、見せてやろう。ようく見て置くがよいっ・・・・とやぁぁ!」

銀時が興味を示した遊び道具に紐を括りつけて、桂は奇声と共に紐をギュルン、と引いて駒を回した。勢いを付けてクルクルと回転し、銀時はおお、と声を上げる。桂が投げた駒に目を輝かせて銀時は膝をかかえてその場から動かずに見入った。

「こうやって遊ぶんだぞ銀時」
「凄い・・・ヅラすげえ」
「だからヅラじゃない!桂だって!!」

そんな事を言っている間にカツン、と音がしたので2人共駒に視線を戻す。桂が投げた駒に他の駒がぶつかって、やがて駒が動きを止めた。銀時は止まっちゃった・・と小さく呟くと目の前にいたのは高杉で。桂は拳を握りしめた後指を差してこらぁ!と文句を垂れた。

「貴っ様ぁぁ!俺が投げた駒をっ」
「お前の投げ方がへぼいんだろうが」
「何をぉぉぉぉっようし勝負だ高杉ィ!」
「しょうぶ?」
「駒はな銀時。勝負にも使えるんだぜ」
「マジでか、すげぇ」

2人にある程度任せておけば、銀時も少しづつではあるが色々吸収し、知識を得てくれるだとうと思う。
余計な情報も多少は混ざっているが、子供はそれ位が丁度いい。無邪気で、悪戯っぽくて、悪さを覚えたら引いてやればいい。大人の仕事はそれ位だ。

夕方近くなり2人も帰る。その時だけはどうしても、銀時はしゅんとする。また頭を撫でてやって、長い夜に備える準備に取り掛からなくてはならない。
夕飯はどうしようか、とふと思い松陽は買い物に出掛けようと決めた。銀時をつれて他の世界も見せてやりたい目的も後押しされ、そうする事に。

「これの名前はなんでしたっけ」
「えーと、たんぽぽ」
「正解です。たんぽぽはね、春に咲くお花なんですよ。とても強い花で、銀時に似ています」
「でもこれ、黄色いよ」
「これから種を飛ばす為にふわふわの綿毛になっていくんですよ。まるで銀時の髪の毛のようですから」
「うっそ!黄色いのが綿毛になるの!?嘘だー」
「おや。私が間違った事を教えると思いますか?もう少し待たなければ綿毛のたんぽぽは見られませんので、時期が来ましたらまたこの辺りを歩きましょうね」
「綿毛・・・・ふわふわ・・・うん」

野道を歩くだけでも銀時にとっては新しく、新鮮で、また授業の一環である。
銀時はたんぽぽが時期が来れば綿毛となり、風邪に揺られて飛んで行く事を知りわくわくした。夕日が赤いのはどうして、夜が真っ暗なのはどうして、朝起きたら目がしょぼしょぼするのはどうして、沢山問いそれに答える。
銀時は知らない世界を知りたてなので何でも興味を示すから、質問攻めされすぎて疲れた時もあった。最近はそうでもないが、明らかに銀時に鍛えられているなとしみじみ思う。

だがそんな博識の松陽にも、銀時に教えていないものがあったのだとまだ知らない。



ある日の事だった。銀時の手を引いてまた外を歩いた時である。町の中を歩く折ふと気が付いた。、銀時は町の中に入ったら周りに興味を示さない。だがそれはきっと、この珍しい毛色をし、珍しい眼光をした小さな子供が異質だと自分でも知っているから。すれ違う大人たちはヒソヒソと口元に手を添えて、横の大人と話しだす。
聞こえない程の音量故、何を言っているのか分からないが確信はしていた。
銀時の事を、自分の事を言っているのだと。
自分は大人であり、強いのでまだ大丈夫。しかし銀時は幼子なのだ。剣術と生きる為の術は見につけていても、防ぐ能力はないのである。奇妙な動きをする大人たちを眼で追って、少しだけ目の色が濃くなった気がした。

用事は済ませた。とある農家の手伝いをした代わりに米を分けてもらう為のおつかい。携えた米の重さに銀時は驚いてまたおお!と唸った。目の色が明るくなった気がして、フ、と笑い帰路につく。来た道を戻り、街をでようとしたときだった。

銀時は町の中では何にも興味を示さずに無表情になるのだが、一つだけ興味を示した。

それは家族の風景。縁側で父親と思われる男性の膝の上に、自分と同じ位の子供が乗せられているのがチラリ、と見えたのだ。銀時はその一瞬に興味を示し顔を向けたのだが、また元に戻って前を見据えた。

「・・・・」

銀時は何も言わなくなった。
すれ違う家族連れの会話にも興味を示し、そしてすぐに元に戻る。

「今日のご飯は煮つけにしましょうねー」
「わーいやったー!」

そんななんともない、どうでもいい会話が気になるらしい。チラ、と振り向いて父親と母親の間で、左右両手でそれぞれの大人と手を繋ぎきゃいきゃいする同年代らしき子供の仕草がどうも気になるようだ。
自分は銀時の親ではない上、自分自身家族を持っていない。独り身でこうして銀時と過ごす時間は多いが、こういう事は今までしてやれなかったので松陽は少しだけ後悔した。
もっと早く気が付いてやれば良かったと。

出会った時から一人だった。
幼子にも関わらず孤独の中を生きて来た銀時にとって「家族」で暮らす大人と子供の様子が気になるらしく、桂と高杉にもそんな質問をしているところを見た事がある。

夜、そうっと自分の部屋にやってきてはじーっとこちらを見て、何も言わずに出て行く事もあったのだ。


そしてまたある日。
昼下がり遊ぶ子供達がチラつく中、銀時が縁側で日向ぼっこをしていた時。
そうっと松陽が近寄り、隣に座った。
一度自分の顔を見上げて、またそよそよと暖かい日光を浴びる作業に戻る銀時は、何も言わずぼうっとしている。手を伸ばし、脇辺りに手を入れて持ち上げてやると驚いた銀時は目を見開いてこちらを向いた。

「え、な、になに?」
「ほら、静かにして」

持ち上げて、重みのある子供を膝の上に乗せてやる。珍しく気が動転しているようで、慌てて手足をばたつかせた。

「せんせ、何やってるの?」
「お膝の上、です」
「な、にそれ。美味しいの?」
「美味しくありませんが、ほっとしますよ」
「・・・・なんで?」
「私でほっとしてくれなければ、まだまだ教師としては失格ですけどね」
「・・・意味分かんないよ、どういう事?」
「あなたは知らなくていいんです。これは、私の課題ですから」
「課題?」
「宿題です」「せんせも宿題するの?」
「大人になっても勉強は続けないといけないんですよ」
「ふーん」

銀時は静かになった。後ろから抱き締められ、銀時は小さく震えたが、それは少しの間だけで、慣れたのかまた静かになる。昼下がりの日向ぼっこをして、お膝の上で。
銀時はほっとしたのかそれとも日向ぼっこの為か分からないが、その内眠ってしまった。

「私も、まだまだですね」

親代わりをしてやらねば。とたんぽぽの綿毛のような頭を撫でて、彼はそう小さく誓うのであった。





そんな事を思っていたとはつゆ知らず、時は随分流れ万事屋を営む銀時はふと思う。

こんなほかほかの日光の時に、そういえば先生の膝の上に乗せてもらった事があったな、とか。
もうお膝の上を求める年ではないのは分かっているが、時折懐かしい感覚に襲われる。

「なぁ晋助。膝の上乗せて」

隣の彼にそう注文して、返答を待つ間もなく勝手に乗って、勝手に肩に顔を寄せて、ほっとする。

「あ、ほっとする」
「ガキかお前は」
「晋助、声変わりしたね」
「はぁ?」

何を今更、という表情で見ているのだろう。如何せん自分はそんな顔を見れぬように彼とは反対の方を向いてしまっているから分からない。

「晋助。今もピーマン嫌い?」
「はぁ??」
「いや、ははははっ何でもねぇよ」
「どうした銀時。寝ぼけてんのか?」
「いや、プププっピーマンと人参いひひひひっやべえツボった、助けて」
「勝手にほざいてろ」

prev next


[ back ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -