小説 | ナノ

 嫌い、嫌い、嫌い

「俺、土方君のこと嫌い」

何の前振りもなく、突然そう言う。
最近のこいつはそうだった。
悪びれる事なく俺の事を「嫌い嫌い」と言う。

「嫌い嫌い。嫌いだよ」

何故と聞くと「嫌い」と返事をする。肝心な主語がなくてこっちは思わずイラッとする。何故と聞いての答えがそれで、しかも連呼するのだから苛々としない奴なんていない筈だ。
特に何も答える事もせず俺はただこいつが声に出す「嫌い」だけが、歪んで歪んで頭の中を駆け巡った。そんなに嫌いと言われるもんだから、俺は悪態を取って返事をする。嫌いと言いながら後をついてくる。隊服を掴んでまた「嫌い」と呟く。笑いながら嫌いと言うんだ。気持ちのいいものではないだろ。そんなに嫌いならついてこなきゃいいのに。返事をしてもどうせ「嫌い」と言うんだろうからもう俺は何も言う気をなくした。
いつしか銀時が「嫌い嫌い」とあいさつ代わりに言い出すようになって、俺は返事をせずに無視を続けるようになった。それでも銀時はついてきてまた「嫌い」を言う。

だがある日突然銀時の「嫌い」発言は消えた。あっさりと、今までのアレはなんだったんだと思う程。本当になんだったんだ?とだけ思う。ただもう奴には聞けない。

銀時が「嫌い」と言って、ただ俺は置いてけぼりにしたままあいつが姿を消してしまった。

子供たちも行方を知らない。心当たりもない、理由もない、目的も知らない。
最近は簡単な依頼ばかりだったので、一人で向かう事もない。
本当にある日突然の失踪だと言う。

何故?沢山の疑問ばかりだ。

お前が俺を嫌いな理由は?
お前が消えた理由は?
お前がどこかに行く理由は?
お前が子供たちを置いて行った理由は?

とにかく江戸中を探した。仲間を募って沢山の場所を探した。もしかしたら江戸にはもういないのかも知れないとさえ思った。

だが、これもある日突然。

俺の元に手紙が届いた。
届いたと言っても郵送されたものではなく、子供たちが俺の元に届けに来てくれたんだが。何も書いていないから誰宛てなのかも分からないので、子供たちが先に封を開けてしまったらしい。それは別に構わない。宛名もなく自分の名もない糊付けした封筒だ、当然自分達宛てやも知れないと思い開けてしまうだろう。だからそれに関しては別に怒らなかった。
子供達が言うには、銀時の部屋から出て来たと言う。手がかりがないか、と棚を開けると目立つようにわざとらしく置かれてあった手紙なんだそうな。他に目ぼしい手がかりもなく、それを開けてしまったと。
また謝るので自分もいいから、と言った。

だって仕方がないじゃないか。何が何でも銀時に繋がる手がかりを探している最中に、目立つようにポンとおかれてあった手紙だぜ?そりゃ手に取るだろ。開けてしまうだろ。誰宛てとも書かれていないのだから。
眼鏡の肩に手を置いて、チャイナの頭を撫でて。
届けに来てくれてありがとな、と言うとそそくさと帰ってしまった。まぁ、留守にしている間に万事屋にあいつが帰ってくる可能性もあるから妥当な行動だとうなと思う。

封筒の中には一枚の手紙が入っていた。
中には中央辺りに一行。

これだけか?とも思ったが文面を読んでギクリとする。
あいつの心はボロボロだったんだ。
いつもの笑顔も無理矢理作っていたんだ。
あいつが言う「嫌い」は精一杯のSOSだったんだと痛感した。
万事屋に行くと子供たちが銀時の荷物を探し回っている最中。同じ答えにたどり着いたんだろうな。中身を読めば一発だ。

「財布がここに・・・」

財布も持ち歩かないで失踪したのかと驚く。てっきり持って行っているかと予想していたのだから。あいつ本当に何もかもを置いていこうとしていたんだな。と思った。木刀だけは持って行っているみたいだが。

保険証や受診カードをいくつか手にして、それを省いた病院を探すことにした。
受診した事があるなら、病院にカルテが残っている場合があるので身元が分かる。身元が分かれば当然万事屋に連絡がいくんだ。だから、省いた。あいつは絶対そういうヘマをしない奴だ。
のんびりしているように見えて実は周辺をよく見渡している。隙が無い奴だった。

そして行きついた。
丘の上にある木造の病院には、窓から涼しくて気持ちよい風と暖かい日光が差している。何もない丘の上の病院。真っ白いベッドの上のそいつはピクリともしなかった。ただ少しだけ起こしたベッドに背をもたれて窓から差す日光とカーテンが揺れ動くのを見ているだけ。たまに瞬きして、じっと見ているだけだ。
とても美しいと思った。
真っ白いベッドの上の白いそいつは、異常に美しかった。
銀髪が輝いてこの世のものとも思えない程の美しさだ。

「見つけた時はいくつかの質問に答えてくれていましたが。今は反応してくれないんですよ」

医師は只そう言った。

途端に幻想的な世界から、残酷な現実に引き戻される一言。ビクリとして医師の言葉を聞く。ああ、やはりボロボロだったんだな、と確信した。

苦しかったんだろうな。
必死にSOSを送っていたんだな。
イラッとはしたがそれを返す事もしなかった俺が悪いんだ。
「嫌い」って言われた直後に「なんだとコラ」なんて言って構ってやれば良かったんだ。
あいつが言う「嫌い」はSOSだ。

他に言いようがなかったんだと思う。あいつなりに頑張って、それしか方法がなかったんだ。
俺が反応する単語を懸命に考えて、俺が構うように必死だったんだ。行きついた答えが「嫌い」の単語で、それを言えば俺はいつもみたいに口喧嘩して、取っ組み合いしてくれると思っていたんだな。
だが俺は逆に冷めてしまった。胸倉掴んだりつっかかったりする事さえ失せてしまった。

ごめんな銀時。
本当にごめんな。
俺にピッタリな方法を考えてくれていたのにさ。

手紙の中央辺りには走り書きで救いを求めていた。

―――土方、助けて助けて。

何を助けて欲しいかなんてどうでもいい。だってこいつの「助けて」はこいつにしか分からないから。自分で考えても仕方がないだろうが。

「来てやったぞこの馬鹿野郎が」

散々馬鹿にしやがって。嫌い嫌い連呼してやかましいんだよボケ。

でこを突っついてそう言ってみるが、反応はしてくれなかった。何をしてももう遅いのは分かっている。今更何をしたってどうにかなるってモンじゃないのも分かってる。
医者は言っていたな。後遺症の可能性があると。

何の?と聞いてみて色々思う節があった。

俺達の事を護る為に身を犠牲にして色々なものに突進していった奴だ。どこかにガタが来てもおかしくないだろと。だが答えは違っていた。

戦争に参加した人間は当時の惨劇を忘れる事ができずに、夢の中でも日常生活の中でも当時の爆音や地響き、人を斬る時の感覚、生臭い血の匂いを忘れられないんだとか。
大きな音、何かを焼く匂い、それだけでもフラッシュバックしてしまうらしい。

「この野郎め」

おちょくるようにそう言ってみるが当然返事も何もない。

「相談相手がいれば、そこから通院を勧めてもらって受診しカウンセリングで抑えたり、投薬治療なんて事も出来ましたが」

もう壊れてしまっては治しようがないんだと。
お前もう、植物状態なのか?

「植物状態とは違います。朝になれば目を覚ましますし、夜になれば睡眠を取ります。食事も取ります。ただ、感情を表に出せなくなるんです。うんともすんとも言えなくなって、喜怒哀楽を表現できなくなってしまうんですよ」

テメエにゃ聞いてねえよハゲ。
俺はお前に聞いてるんだ。何か言えよコノヤロー。

こいつに何回嫌いって言われたっけ。それが助けてってSOSだったのに。
こいつ何回笑っていたっけ。それが構ってってSOSだったのに。

今更何をしたって助けられもしないしもうこいつは返事をしてくれない。
笑う事も泣く事も怒る事も悲しむことも。

俺が怒ってもお前は、見てるだけ。
俺が笑ってもお前は、見てるだけ。
何を話しかけても、お前は見てるだけ。
車椅子を引いて空を仰いでも、お前は見てるだけ。

「ごめんな、銀時」


思わずこいつの膝に顔を伏せて謝ってみても、お前は見てるだけ。
手を握って温めようとしても、お前は見てるだけ。
銀色の前髪が目元にかかっても、お前は見てるだけ。
眼に入らないようにそれを払いのけても、お前は見てるだけ。
頬に手を添えてみても、お前は見てるだけ。
抱き締めてみても、お前は見てるだけ。
愛してる、なんて言ってみても、お前は見てるだけ。

謝りながら涙を流してみても、お前は見てるだけだ。

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