小説 | ナノ

 飛び立つ君よ、真っ直ぐ遠くへ飛んで行け。

「トシよぉ、お前最近ずっと激務続きだから、たまには遠出してパーッと楽しめ」

ある日突然の事だ。上司の近藤にそう言われて屯所を追い出された。別に激務続きではないし自分の中ではいつも通りのつもりだった。たまに激戦の先陣を切って刃を振ったり、逃げる桂を追いかけたりする毎日なだけ。癒しや休息は合間に取っていたし、マヨネーズと煙草があれば十分だとも言ったのだが。近藤は真面目な目つきで自分を案じているらしく、表向き休暇を取り、適当に買った切符で適当に電車に乗って、適当に降りたら田舎町にたどり着いた。降りた途端、硫黄の香りが鼻につく観光の町だった。

「はぁ・・・なんだかな・・・」

だが近藤の言う通り実感はないが疲れているらしく、適当に入った旅館で一泊の手続きをし、部屋に通された後倒れるように眠ってしまった。布団は出していたが、毛布をかぶるまえに一服しようとか、旅館の主人が自慢する天然温泉に浸かる事無く。泥のように眠ってしまったようだ。
蒸し暑くハッとして起きた頃には朝を過ぎていた。予約もなしに泊まった旅館先だが、天然温泉が自慢だと店主は言っていた。温泉に浸かり疲れを癒した後、これまた適当に外を歩いてみる事に。適当に電車から降りた町だが、観光名所の町である程度は栄えている。自然との調和が上手な町並みでのらりくらりと町並みを見やりながら歩き、その町の土産物を購入し包装を頼んでいる最中何気なく山を見上げてみたら、その店の女主人が気を利かせて説明してくれた。

「あの山からの光景は見事なので登ってみてはいかがでしょう。何、一時間もあれば簡単に頂上へ行けますよ、観光客用に足場をしっかり作っていますので」

一度荷物を旅館に届け、時間もありやる事もないので登ってみる事に。確かに足場はしっかりと舗装されているので歩きやすい。この調子ならすぐに行けそうだと余裕も出て来た頃。

―――ガサガサッ、ガサッ

少し遠くでガサリと草が大きく揺れた。
くしくも土方は仕事柄、その物音に即座に反応し身構える。観光に来た者達は季節柄少ないが、もし自分のようにこの山を登る目的でやってきていて、怪我をしている者かも知れぬと判断しコースから外れて草むらに入り込む。道から外れるが彼はその物音がした方向へ向かった。観光客は少ない、何かに気を取られ入り込んでしまった観光客なら尚更危ない。草木をかき分け進んでいくと、まず目についたのが白い羽根。近づく目的のものに自然と足も速くなる。まだそれは動いていた、羽根を見た直後始めの目的は完全に頭から落ちて進み、両手いっぱいに草木をガサっと広げてみる。
そこには翼を生やした人間が座っていた。

「よ・・・翼人!?」

土方は反射的にそう心の中で叫んだ。噂に聞くが、目にするのは初めての翼人。
詳細は不明だが、字のごとく翼が映えた人間をさす。まだ彼等の生態について知らない事が多いが希少価値が高く、転売目的で捕らえられる事も多いそうだ。土方は「彼」と目が合った。強い威嚇の中に小さな怯えを持つ赤い目。銀色の髪、純白の大きな翼、白い着物と赤く縁取られた黒いインナー姿の青年だった。
一瞬二人は固まった。こんな間近で翼人と出会えるなんて奇跡以外の何でもない。とにかく翼人は人目には触れられないし、神々しい姿から「天使」とも比喩されてきた。文面で見るだけで古い写真やデータしかないので「創作」や「都市伝説」とも思っていたが。初めて見る翼人に、土方はこんなに白くて綺麗なものなのかと多少困惑する。しかしそんな感傷に浸る時間はなかった。よく見ればその翼人は腕を庇っている事に気が付く。支えるようにして座っているし、どう見てもただの羽根休めではない。流れる血も見て取れた。
土方が何か言おうとした直前、先に動いたのが翼人の方だった。キッとひと睨みした後、すぐに翼をバタつかせ、立ち上った後一度地面を大きく蹴り上げ空へ舞ってしまったのだ。

その姿は、みとれる程に美しかった。

しかしそれは数秒。土方は追いかけた。その地面に落ちる数滴の赤い血も気がかりで空を見上げる。
すぐに土方は草木が生い茂る山を走り、銀髪の翼人が飛んでいった方向へ向かう事にした。

怪我をしている、手当をせねば。
物凄く怯えた目、追い掛け回されたのだろうか。
ただ一言でいい、大丈夫か。と言ってやりたい。

あれからどれ位の時間が経ったかも分からないし、どこをどう歩いたり走ったのかも分からない。
気が付けば、土方はとても広い湖の前に立っていた。山に登る前歩くルートを示す看板と地図を見たが、この湖のような場所はどこにもなかった。足元の藻は生い茂り、人の足で踏み荒らされた形跡がないので、人目についた事がない場所だと思う。歩くととても柔らかかった。とても神秘的な湖で、天井が筒抜けの洞窟から差す太陽光が上の木々に優しく調整され、オーロラやカーテンのように優しく揺れ動いている。
その光の中央に翼人が蹲っていた。どこから持ってきたのか、廃車やベッド等を積み立てて人一人が寝たり座れるように調整されている。高さは約5m程だろうか。その廃材たちも、藻やツルに覆われている事からこの翼人が運んで自分で積み立てたものではないのは分かった。
やはり怪我の程度が悪いのだろうか、翼人は動かない。先程見た腕の傷も気がかりで、土方はそうっと静かに近寄り、腕を伸ばして登ろうとした。が、ガララっと廃車から零れる錆の塊が落ちる音で反射的にガバっと起き上り、慌てて覗きこみ怯えた目で土方を見下ろした。

「ひっ・・・に、人間・・・!!」

初めて聞く翼人の声。自分達と変わらない人間が出す声だった。
翼人は再び飛び立とうとしたのだが、怪我した箇所を痛めているせいで体勢を崩し、積み上げられた廃材から転倒しそうになる。これも仕事のお陰か。土方は瞬時に移動して転落する翼人を受け止めた。支えきれなくて自分も転倒したが、生い茂る柔らかい藻のお陰で痛みはない。大きな翼が邪魔でしっかりと受け止める事はできなかったが、転落が原因で怪我も負う事はないようだ。

「やだぁーー!猟師嫌い!!」
「お、落ち着け!待て、ちょっと待てって!」
「俺は捕まんねェぞ!!撃ちたきゃ撃てよ!!けど俺は売られたりなんかしねェ!何度でも逃げてやっかんな!!」

一瞬自分に何が起きたのか分からないようでポカーンとしていたようだが、翼人はその後すぐにパニックになり土方の上で暴れた。何とか声をかけて落ち着かせようと制するが、本人は恐怖で仕方ない様子。暴れる中で腕から鮮血が飛び散った。発する言葉から察するに、その腕の傷は猟師により負わされたものだと見える。余程怖い思いをして来たのだろう、こんなに自分にはそんな意思はないと説明するのだが、いくら言葉で訴えても相手が人間なだけでこの暴れようだ。一度や二度身を狙われただけではなさそうだ。もしかしたら、ずっと私利私欲の為利用しようと、今まで人間に追われ続けて・・・。

「静かにしろ!!」

土方は大きな声を出して黙らせると、翼人はビクリと身体を強張らせて途端に静かになった。すぐに怪我した腕の傷を止血する為、二の腕辺りを強めに抑える。暴れれば傷も痛めるし酷くなるだろう、傷はかすっているようで貫通や弾が残っているようには見えないが、それでも抉れた肉からは鮮血がおびただしく溢れてしまっていた。流れる血もどうにかしてやりたい。

「ここ抑えてろ、まず血を止めねェと・・・」

よく分からないが、自分は手当してくれているようだ。困惑した翼人は膝を抱える様に小さく蹲り、土方の動きを観察している。持って来ていた荷物の中身は使えないものばかりで悩んでいると、静かにしていた翼人が小さくそっと消毒や怪我した箇所に効く薬草を指さすと、土方はそれを摘み、箇所に当てながら袖を引き裂き、包帯の代用に縛り付けた。巻いて「よし、これで大丈夫だ」と言おうとした直前。
手当を終えたのと同時に、翼人は翼を羽ばたかせた。警戒の色は消えたがまだ怯える目で見やりつつもまた飛んで行ってしまい、あっという間の出来事で翼人は消えた。何も会話できずに再び土方は一人きりに。

そんな体験をしてもう二カ月になる。
土方はあの翼人が気がかりで、仕事の合間に思い出してはボーっとする事も多い。光のカーテンの下、翼や髪を煌めかせる姿は本当に神々しかった。時折何かを考え黙る土方を横目で見て「また休暇取らせた方がいいんかな」とブツブツ呟く近藤の声なんて届いていない。あの話は誰にもしていない。何故か、してはいけないような気がした。美しい思い出を誰にも言わずにしまい込む、というような思春期の子供の心理ではないが、誰かに言ってしまったら記憶の中の翼人でさえ消えてしまいそうだった。

そんなある日。近藤が朝、いつものように新聞を広げ縁側で読んでいた。いつもと変わらぬ日課で、煙草を吸おうと火を近づけた時、信じられない言葉を耳にする。

「へェー・・・銀髪の翼人捕獲だってよ。つか翼人って本当にいたんだな、俺都市伝説かと思ってたわ」

火がついていない煙草を口にくわえたまま、土方は広げた新聞をそのまま奪い取った。後ろで「ひい」と驚く声が聞こえたがどうでもいい。銀髪の翼人と聞いて、あいつしかいないと思い目を見開く。記事は探すまでもなく、とても大きく掲載されていた。写真もついている。
記事によると、とある山中で猟師が転売目的で追いかけていた翼人をついに捕獲したとの事。罠を仕掛け、食べ物に近づいた所を麻酔銃で眠らせ捕まえたようだ。江戸のブローカーが巨額の金と引き換えに買い取ったとも書かれてある。あの銀髪の翼人は、この町のテーマパークに見世物として現在公開されているらしい。怯えた顔でカメラ目線のあいつが、カラー写真で写っていた。あの時腕に巻いた布はそのままだった。近藤には巡回してくると言い、急いでその施設へと向かう事に。
「江戸パーク:レラ」
そこはあらゆる娯楽を集めた一つの観光名所で、天人が設立したテーマパーク。
動物園や水族館が一番の人気箇所で、利用する年齢層も広い。小さな子供達が飽きぬよう多種多様な遊び場も設けた大きな遊園地のような所だ。
翼人は、大きなテントのような布で覆われた簡素な施設に入れられているらしい。最近新しく追加されたエリアだとパンフレットに掲載されていた。その通りどこもかしこも新しい。早速入るとテントの中は薄暗く、水族館のように青白い光で道が照らされ人が列を作って、そそくさと自分は列を割って進んだ。その行動に舌打ちをする連中もいたようだが、真選組の隊服を見やると彼等は自然に列を割る。私服でなくて良かった。
翼人の見世物コーナーは人で溢れていた。物珍しさで来る人間が多く、360度の円を描くように太い檻が設置されており、透明な板が挟められている。中央には左足を鎖でつながれて震えるあいつがいた。そこだけ昼間の外のように眩しく、床には豪華な織物が使われている。一つの豪華な部屋のような間取りで舞台の幕のように左右にはえんじ色の布と金色の糸が縫われたカーテンがたたまれ固定されていた。あの時と変わらぬ、怯えた目と震える身体。
かき分けて最前列に並び見やると、土方は信じられなくて息を呑む。思わずじっと見つめていると、その視線に気が付いたのか彼も顔を上げて土方を見た。
眼が合い、初めて会った時のようにお互い固まった。ただ、あの時と違うのは翼人は恐怖で震えている事。翼は綺麗に折りたためられ着物も銀髪も綺麗に整えられている。汚れ一つない、見世物用に人の手で整えられた翼人は、ずっと土方を見ていた。腕に巻かれた包帯替わりの布はあの時のまま。ゆっくりと翼人は、何かを訴えるかのようにそうっとその布に触れ、泣き出しそうな顔で見ている。

「見てーあの翼凄く綺麗」
「でも震えているわ、可愛そう」
「どうせ作り物だろ、生きた人間にでっかい羽根を縫い付けてるとかじゃねェの?」
「うわっ、それはそれでエグイんだけど・・・」

土方は、翼人と目を合わせながら縦に頷いた。

静かに外に出た後考える。さて、どうやってここから翼人を救い出そうかと考えていた途中。すれ違った従業員の会話を聞いた。何でも翼人の情報を聞きつけて、天導衆の一人がペットにしたいから、数日の内に手続きを終えて彼に引き渡すとの事。その際もまた多額の金が使われるという。時間はない、早いうちに行動に出ねば間に合わなくなる。

その夜だ。
土方は早速深夜営業を終え、静かになったテーマパークに忍び込みあのテントに入った。翼人は起きていた。その日のうちに来てくれると彼も分かっていたらしい。あの時決断した返事は、確かに彼にも伝わっていたようだった。

「ゆっくり歩け、大丈夫か」
「うん・・・」

鎖も解いた、檻からも出してやった。翼も無事のようで飛べそうだ。支えながら歩くと、背中の布は上手に切り取られ飛びやすいように加工されてある。自分でそう作ったのか、仲間はいるのだろうかと色々聞きたい事はあったが、土方は何も言わなかった。
左右前後人目を気にしながら脱出し、人気がない路地裏まで寄り添いながらたどり着いた。ここまで誰にも見られていない筈だ。飛び立つには少々狭くて不便だろうが、土方は数歩下がって待つと翼人は翼をバサアっと大きく広げる。

「なぁ、」

土方は最後彼にまた声をかけた。翼人は振り返り、薄く微笑む。

「お前の名前を聞いておきたい・・・もう会えないかも知れねェから、最後に聞かせてくれ」

翼人は一瞬戸惑い、数秒考えた後、また土方に顔を向けた。多少は警戒を解いてくれているようにも見えたので、最後思い切って聞いてみた。ずっと、聞きたかったもの。もう会えないかも知れない、最後に一つだけ問えるなら、これだけは聞きたかった。

「・・・ぎ・・・銀時。銀色の銀に、時間の時で、銀時・・」
「銀時か、いい名だな。俺の名は土方、土方十四郎だ」
「ひじかた・・・ひ、土方。た、助けてくれてありがと」

他愛のない会話だったが、何かつながりができただけで十分だった。
銀時は天高く舞い上がり、そして夜の闇に消えて行った。それだけで良かった、比喩される「天使」の意味が分かった気がする。

「やっぱお前の飛ぶ姿はたまんねェな・・・」

銀時が飛び立つ後姿は夜でも美しい。翼は大きく広げられ、バサッバサと音を立てると小さく羽根が落ちていった。足元に羽根が落ち、そうっとそれを一つだけ拾って、何もなかったかのように彼も帰る。
翌日、また新聞や報道はあの翼人で持ち切りになった。別の場所で保管していた鍵を使い逃げ出した事、その時の監視カメラの映像がない事、テーマパークから消えた事等。何者かの協力者の匂いもする不可解な出来事として取り上げられていた。だが天導衆が関わっている事もありすぐに規制されてしまった。監視カメラは事前に把握して破壊しておいたので、指紋を残さぬよう手袋もはめて来ていたし、放送規制されてしまったのですでに銀時についての手がかり、自分の顔や手がかりに繋がる証拠隠滅は計っている。お陰でこの件の詳細は闇の中だ。
土方はまたあの町にやってきた。またあの宿に泊まった。そして、あの山にも登ってみた。
あの時無我夢中で進んだので時間をかけてしまったが、あの湖にも無事辿り着き、ふわりと弾力のある藻のじゅうたんを踏みしめて歩く。

「土方」

銀時は光のカーテンの中羽根を休め、あの積み立てられた廃材の上に腰掛けていた。

「また会ったね」

約束していた訳でもない、ここに帰ると確信していた訳でもないが、ここに来れば会えると分かっていた。笑って返事をすると、銀時も笑った。腕の傷は治っているようだが、銀時はお守りのように腕にまきつけたままで、時折大事そうに手を当てている。
少しずつではあるがこの秘密の場所で話をしたり、はたまたひっそりと土方がいる真選組屯所へ夜静かにやってきて驚かしたりと、二人の距離が縮んでいくのは別の話。









++++アトガキ++++
「奇跡」をテーマに水彩絵の具で銀時を描こう!今まで載せてない水彩のアナログ絵を支部にアップしよう!とアタリを取ったらそんな神秘的銀時の背中に翼をつけてしまったのが事の始まり。
この時のイメージでは「もののけ姫」のシシガミ様のように、水面を歩いて自然破壊で汚れた湖を途端に綺麗にするスイクン銀時を浮かべていました。フウ、とひと息吹きかければ干ばつの地面が生き返るとか、歩いた地面から草花がモサア!と生えるとか。素足がいいよな!とか。
銀時は天使です!
浪岡さんと妄想を膨らませていつの間にか一つのお話が出来てしまい「いい加減翼がある銀時をちゃんとした作品にせねば!!」と意味不明な決意と信念で書いてしまいました。原作もアニメも、私には銀時の背中には見えない翼が生えているのが見えます。高銀版も上げたいです。
銀時は天使です!!
補足ですが「江戸パーク:レラ」の「レラ」はアイヌ語です。「レラ」はアイヌ語で「風」を意味します。
銀時は天使です!!!
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