小説 | ナノ

 飛び方を忘れた天使の話

天。遥か上空の彼方より、地を見下ろす永遠の隔たり。

天を仰ぎ傷ついた羽で羽ばたこうとばたつかせるが、飛び方を忘れた天使がそこにいた。

天使は戦場に落ちたまま、誰にも介抱されぬまま懸命に羽をばたつかせ、そして弱り切っていた。

やがて一匹の烏がそれを両手にそうっと掬い取り、天使の傷を癒したという。

白い天の使いは地に落ち、帰り道が分からぬと言う。

八咫烏は問う。「帰り道がないのなら、共に行かないか」

白い天の使いは、八咫烏についてゆく。

修羅の道だが、白は構わなかった。白もかつてはそんな道を歩いていた。

「どこに行っても同じなら、あなたについていく」と白は答える。

こうして白い天使は一度は地に落ちたが、八咫烏と共に天へ帰って行った。




「朧。これ読んで」

白は薄暗い廊下から飛び出すように走ってくると、背を向けて先を歩いていた黒に聞いた。とててて、とバタバタ早足で進まなければ彼に追いつけないのか、歩数を合わせようと必死だ。
彼は振り返るのと同時に見た目非常に冷酷な目つきをしているが、その中に憂いがあるを白は知っている。自分を拾ってくれた命の恩人なのに、自分以外はあまり分かってくれないようだ。小さな溜息をついて朧は立ち止まる。一気に距離を縮めて、両手に抱えて大切そうに持ち抱える分厚い本を見せた。

「俺異国の文字分からないから、これ、これ!早くっ」

白が持っている本は、異国の文字が記されている。しかし、挿絵が美しいので白は一気にその本に惹かれたと後付で添えた。

「グリム童話か」
「ぐりむ?」
「異国の兄弟が記した不思議な話が詰まった本だ。短編集で仕上がっている。どのページが気になる」

相変わらず無表情だが、白は喜ぶ。自分の言う事を聞いてくれる全てが完璧な朧は、白にとって憧れの人だ。何せ戦場の薄暗い闇の淵から手を伸ばしてくれたのが彼。自分の名前、自分が今まで何をしていたのか、自分が何故そこにいたのかも白自身は全く知らない。しかしそれはどうでもいい。とにかく、八咫烏という天の使いに拾われた白は朧が好きだった。
非番でも彼は忙しい。鍛錬、人に押し付けられた仕事、暗殺資料の見直し、臨場しなくてもいい日にも関わらず、せっかくの休日も仕事を任されている日と変わらぬ忙しさで働いていた。
実は白はまだ暗殺や仕事を任されていない。
元々強靭な戦闘力を持ち、傷の癒しも早く周りからは「天性の暗殺人だ」と盛大な評価を受けているのだが、朧がそれを許してくれない。自分には言わないが白は知っていた。裏で白の出動を省きここに残される。白はそれを別に苦には思っていない。自分は大切にしてもらっているという無言の愛情はきちんと受け取っていた。

「ネズの木」

朧は奏でるようにそう言う。
白は隣に座り、陽の光が差す中庭で小さな朗読会が開かれる。わくわくする気持ちをどうにも抑えきれない白は、読めない文字に指を添えて上下に動かす人差し指を懸命に追いかけ、腰掛け椅子から垂れる両足をばたつかせた。
白というのは自分の元の名ではない。本当の名は白夜叉。だが、そこは彼らがあだ名のように読んでくれる一文字。黒い着物に身を染めているが、自分の名は白。はじめは不思議だったが、自分が銀髪だったのでそうなった。何故か「白夜叉」と呼ばれると酷く懐かしい気がする。本名が白夜叉なのかは不明だが、昔沢山の人にそう呼ばれていた気がする。
まぁ、そんなのどうでもいい。
今は朧が読んでくれている童話が気になる。

「お母さんが僕を殺して、お父さんが僕を食べた。妹が僕の骨を集めてネズの木の下に埋めた」

短編はすぐに読み終えた。

なんでも父の連れ子だった息子が、再婚した母に殺され証拠隠滅に料理にされ、父がそれを「美味しい美味しい」と食べて泣きじゃくる妹が、病で亡くなった元妻が埋まるネズの木の根元に兄の骨を埋めた。
やがてそこから大変美しい鳥がそこから飛び出し、美しい歌声で職人たちから赤い靴、金の鎖、石臼を礼に受け取る。鳥は赤い靴を妹に。金の鎖を父親に。石臼を母親の頭上に落として殺すのだが、それと変わる様に生き返った息子が代わりに母を料理にして食卓に出すが、父親は不味い、と食べなかった。そんなお話。

「一度死んだ息子が、ネズの木の根元から蘇るのはお前そっくりだな」

白はそう言われて頬を赤らめる。少し自分と似た所があって、自分も同じような事を思っていた。まるで心の中さえ見透かされているようで白はとても照れる。

「この鳥としてよみがえるくだりが」

読めない文字をまた人差し指で添えてそう囁く。とても幸せな時間だ。ここには辛苦というものが存在しない。地とは違う楽園がそこにある。朗読会を終えると朧は白の頭をフワリと撫でてまたどこかへ消えてしまった。今度、朧と二人きりで一日でいいからずっと一緒にいたいとか思う。自分のわがままを聞いてくれるかっこいい朧が大好き。

今度勇気を出してデートに誘っちゃおう。

「骸ー。ドーナッツ買ってきたよ」

白はまたとててて、と小走りで別の場所をゆく。
振り向いた小さな暗殺人が振り返る。彼女の手元も何かを抱えており、それを覗きこんだ。

「それ何?」
「本」
「本かー。俺もさっきね、朧に本を読んでもらったんだ。日本の言語ならわかるんだけどその本、異国の言葉で綴られてるんだぜ。それをね、朧が読んでくれたんだ」
「朗読会?」
「うん!挿絵が綺麗なんだぜ」
「どんなお話?」
「ネズの木っていうお話でね・・・・」

白は彼女の隣に立って、先程の楽しい時間の内容を教えた。ここがこうで、こうでね。
骸はそんな白の話を何も言わずに聞いた。滅多に表情を変えないのは朧と同じ。だが、自分には少し向けてくれるのがちょっとした自慢。

「あっごめん。ドーナッツ買ってきたのに話ばっかりしてて。ほら、食べよ!」
「大丈夫。ドーナッツは逃げないから」
「そうだね」

この先も辛苦が存在しない。ここは地とは違う別の楽園。
天の使いは一度汚い場所に落ちて、烏に拾われ再び天へ帰る。
そんな小さなおとぎ話。




+++アトガキ++++
西行寺妖夢様からのリクエストで朧銀。銀ちゃんが先生処刑したあと、天導衆に捕まって、記憶操作されて、朧に教育されてたらいいな。骸ちゃんと遊んでたらいいな。でした(*´ω`*)原作の朧さんが銀ちゃんに執着する感じが好き←
こんな感じに仕上がってしまいました。朧銀いいよね朧銀。
グリム童話のネズの木は、私が大好きだから引用してしもうた。朧銀キター!って嬉しかったんですけどほのぼのって初挑戦だったので悪戦苦闘しました。ほのぼのに仕上がってるでしょうか(´・ω・`)リクエストありがとうございます!楽しかったです!
++++++++


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