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目が覚めたら何故か家にいた。自分のベッドに寝かされて、結界が強まっていた。
お風呂に入りたい、それと、お腹がすいた。

突然フラッシュバックする先程の惨劇。数秒前まで話して動いていた体が、半分にされてピクリとも動かなくなる。
人が殺されて悲しいはずなのに、怖いはずなのに、不思議と心は落ち着いていた。
あ、そっか、呪霊と同じで、人間も簡単に消えちゃうのか。私でも出来ちゃう。

そう理解した頃には、あの情景は既に乗り越えてしまっていた。

あの一件から家での扱いは少し変わった。家から出る時は付き人と称する呪術師が最低でも1人、私を守ってくれるようになった。その分自由に外出することは許されなくなった。


人の気配がする。
常日頃から本家の人を気にして生きていたから、呪力の探知をせずともなんとなく近くに人がいるかどうかは分かるようになった。

真っ黒の人だった。外も暗いから、誰か分からない。
「起きたか」
楽しそうな声には聞き覚えがあった。一太刀でみんなを殺した人。

「また殺しに来たの」
「いや、会いに来た」

月明かりが障子を通って淡い光になって差し込む。近い距離から見た男の人は、とてもカッコいいと思った。

「えへ、そっか。うれしいです」

かっこいい男の人に会いに来たと言われて、照れてしまう。上がった口角を隠すように、お布団を口元まで持ってきた。

「怖くないんだな」
「え、別に?」

よっこいしょなんてオジサンみたいな掛け声と共にお兄さんはお布団の近くにあぐらをかいた。
怖い、怖い…?
あぁ、多分きっとこないだ会った時に他の人たちを殺したから、そう言ってるのかな。でも呪霊を殺すのも人間を殺すのも簡単で、人間を祓っただけだ。私だって呪霊を祓う、対象が異なるだけで同じ行為だと思う。お兄さんは人間を祓い、私を助けてくれたのだ、怖がる理由がない。
お兄さんはそんな考え込む私を見て、満足そうに笑いながら私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

呪術、呪力、加茂家、いろんな話をしてくれた。お兄さんは呪力がないらしい。結界の張られたこの家は、お兄さんにとっては意味がないと話していた。
そしてどうやら私の家は古い考え方らしい。周りの大人達が教えてくれない家の事情を事細かに教えてくれた、その中でパパとママは既に死んでることも教えてくれた。
両親が死んでることは悲しかった、でも4歳の頃から一度も会えてないし、何となくそんな気はしてたから泣くことは無かった。

お兄さんは定期的に会いに来てくれた、その度に色んな話をする。お兄さんのする話の殆どはパチンコや競馬とかのギャンブルの話ばっかりで、お兄さん自身の話はあまりしてくれなかった。そのかわり、私は自分の話をいっぱいした。

生理がきた。家の人たちは珍しく喜んでいた。たくさん撫でられた。
夜、必要なことなんだと言われてお布団に組み引かれて、体をいっぱい触れた。お前は将来当主様を喜ばせて子供を産むんだ、と言われた。
上手に出来ないと殴られて、夜が来るのが怖くなった。
色んな男の人がきた。でも不思議と同じ人は来なかった。


「みんな殺してやろうか?」
「え?」
体を触られない日、お兄さんが来た。少し久しぶりな気がする。お兄さんは体を触ってこない。お兄さんといると安心する。
「殺すって、誰を?」
「皆。オマエ以外の一族諸共。まぁ当主をやるのは少し骨が折れるかもしれねぇが、出来んことはない」
肩にいる呪霊に手を伸ばし、呪力のこもってない普通の日本刀を取り出す。最初に会ったときに持ってたやつだ。

みんな、みんな、かぁ。みんなが死んだらどうなるんだろう。もう嫌なことはされなくなるのかな。
本家だ分家だ男だ女だ、くだらない事気にしなくて済むのかな。
殺して欲しい。嫌なことは無くなって欲しい。
でも

「いい」

お兄さんは少し驚いた顔をした。普段余裕たっぷりな顔しかしないから少し珍しい。

「うちの一族殺したら、お兄さん大変になるだろうし。それに、中学卒業したら家を出る」
「そ、ならいいけど」

メリットデメリットの話だ。何度も一族殺そうと思い立ったことはあるが、ここで殺しても面倒になる事が目に見えてる。なら義務教育機関の残り一年だけ我慢して、コッソリ家出した方が下手に恨みを買ったりはしない。

「あと一年、待っててね」
「は?なんで俺が」
「お兄さんプロのヒモなんでしょ。一人暮らししたら家に泊まらせてあげるよ」

以前お兄さんがギャンブルで使ったから金貸して、と言ってきた事がある。中学一年生に金借りるなんて恥ずかしくないの?と問えば、本人は俺はプロのヒモだからな、とドヤ顔で返された。
結局お金は貸してない。

「そうか、そうか。俺の光源氏計画は上手く成功したみたいだ」

声を殺して笑ったあと、お兄さんは目に貯めた涙を親指でぬぐいながら言った。

「そうだ、光源氏計画って何?紫の上?」
「そ。顔が好みだったから、あと10年は待ってやろうと思って。1000万の依頼蹴った」
「いっ、せんまん…」

おもむろにお兄さんが近づいてきて、私の頭に手を乗せる。
ちゅ、とお兄さんの唇が私の右目に触れた。
な、な、え、いま、なにを
ぴしりと固まっているとお兄さんは抱き寄せて、ぽすりと筋肉質な腕の中に収まる。呪力がなく自分のことを透明人間なんて自称するお兄さんの存在は確かにそこにあって、暖かい。

「ま、あと数年かな」
今度は頭上からしたリップ音に、あ、またキスされてると思った。おじさんに体を触られたときは何も思わなかったのに、何故か心が暖かくなる。お兄さん、本当のお兄ちゃんみたいだからかな。
数年って何、数年したらどうするのだろうか。
聞いたら藪蛇な気がする。お口をチャックしてされるがままになっていた。
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