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学校から帰宅し、家の前。鞄の中から鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
あれ?鍵があいてる。
本来ならガチャリと音がするはずだが、抵抗もなく鍵が回った。鍵閉め忘れたっけな…、斎藤なら戸締りちゃんとしてるだろうし…。
そう思って玄関のドアを開けたら、靴は二足。最近見慣れた革靴と、黒色の靴。うっすらと聞こえる斎藤の怒声。え、誰に怒ってるの?

ローファーを脱いで家に上がる。廊下を抜けリビングのドアを開けるとそこには斎藤とお兄さんがいた。

「お、おかえり」
「なまえちゃん!!この人だれ!!」
「うるせぇな…」

なんだこの状況。ソファの横に立つ斎藤と、ソファに寝転ぶお兄さん。斎藤はお兄さんを追い出したいのかグイグイと引っ張ってるし、お兄さんは流石の体幹で全く動かない。
家で盛大に揉めてあまり準備せず引越ししたからお兄さんはこの新居を知らないはずなんだけど、なぜか知ってることや部屋に入れたことは、お兄さんクオリティってやつなんだろう。

「ちょっと久しぶりですね。斎藤、この人は……」
言いかけてそう言えば名前を知らない事に気づいた。それなりに長い付き合いになったけど、ずっとお兄さん呼びしてたもんな。

「お兄さん、名前は?」
「甚爾」
「斎藤、この人は甚爾さん。私の…命の恩人?」

私が名前を知らないと知り、唖然とした表情をした斎藤。

「なまえちゃん、多分騙されてるよ。こんな危ない人と関わっちゃいけません」
「え、えー、大丈夫だよ。これでも長い付き合いだし。斎藤にだけ言うけど、本家にいた頃、家の人に隠れてお兄さんが会いに来てくれてたんだ。色んなことを教えてくれたよ」
「い!いろんなこと…!?」

キッとお兄さんを睨みつける斎藤。そしてそれに動じず、ソファで寝転んでるお兄さん。

「なまえ、ソファ小さい」
「私が座る分には十分なんです」
「買い換えろ」

お兄さんは脚が長いのもあり、かなり脚がはみ出している。買い換えろかー、買ったばかりなんだけど。

「待ってください!きちんと説明して貰いますから!」

鞄を置いて着替えのために自室に向かおうとした時、斎藤は私の手を掴んで引き留めた。鬼のような表情の斎藤に、誤魔化しが効かないことが分かる。ゆっくりとその場に正座した。そしてソファで欠伸をしているお兄さんはきっと手助けをしてくれないと言うことも分かった。



「と、言うわけなんです」
ザックリとあらましを伝えたが、光源氏計画なんて口が裂けても言えないので、適当に誤魔化した。斎藤は「ろ、ロリコン…」と衝撃を受けている。それは私も思った。

「そっちの話は終わったな」
ソファで大人しくしていたお兄さんが話しかけてくる。なんだ、斎藤の話が終わるまで待っててくれたのか、意外とこう言うところ律儀だよな。

「そいつ、加茂家のやつだろ。お前どうしてまだ加茂家と繋がりがある」
「あー、色々ありまして」

そう、色々あったのだ。一から説明してもいいが面倒だ。ただでさえ斎藤に説明するのですら面倒だったのに。ちらりと斎藤に目線を向ける、意図を理解してくれた斎藤は、仕方ないとでも言うかのようにため息をついた。

「一度なまえ様は家出をされたのですが、すぐ当主様に見つかってしまい、術式を使った大喧嘩。その後当主様のご慈悲により僕を通じた状況報告の徹底、呪術師としての活動、年に何度かは京都のご実家に戻ることを条件とし、一人暮らし及び東京の普通科学校への通学が許されました」
「へぇ、ご慈悲ね」
「当主様及びその周りは優しい人が多かったですよ。家出する!って意気込んで喧嘩した時は大変だったけど、その後きちんと話聞いて、詫びてくれた。斎藤もそう」

加茂家ではあれが普通だったから、まさか話を聞いてくれるなんて思ってもいなかった。まさか当主様以外の独断で夜の練習をさせられているとは思っていなかった。
だからといって加茂家の印象が変わるわけでもないし、今の当主様が比較的優しいだけで保守的考えの人たちは沢山いる。
保守派を殺すことは出来たけど、殺したところで私が生きにくくなるだけだ。

「お前がいいなら何でもいいわ」

ソファから顔だけこちらを見て話を聞いていたお兄さんは、満足したのかまたそっぽを向いた。
やっっと話が終わった。斎藤もお兄さんも威圧感がすごい。この30分でどっと冷や汗をかいた気がする。
ずっと正座していた為か脚が痛くてしょうがない。
ゆっくりと壁を支えに立ち上がる。

「斎藤、紅茶。お菓子は?」
「今日は老舗洋菓子屋さんのクッキー」
「やった!」

斎藤がお湯を沸かしてる間に着替えてこよう。
私の保護者代わりの斎藤は、私と同じく加茂家の分家だ。非術師故に立場は低いが、優秀故に当主様の近くで働いていた。
家と喧嘩したあの日、当主様と大喧嘩したと斎藤は話していたが、実際はもっと粗末なものだ。迎えに来た家の者をちぎっては投げちぎっては投げして逃走、ついに当主様が迎えに来て、自分にはそれなりの術式があると過信し立ち向かった私はボコボコにされたのだった。大喧嘩なんてもんじゃない。

制服から私服に着替えてリビングに戻ると、なんとも言えない空気が流れてた。友達の友達と2人きりにさせられたようなもんだよな、ウケる。
机の上のカップは律儀に2人分用意してあった。斎藤はこのティータイム、紅茶をもてなす側に徹するから私とお兄さんの分だろう。思うところはあるだろうけど、私が客人として迎えてるから追い出すわけにもいかず、って感じかな。

「お兄さん、クッキー食べよ」

そう声をかけるとソファで寝転がっていたお兄さんはのそのそと動き出し、隣の椅子にかけた。

「なまえ」
「はい」

真っ直ぐにこちらを見つめてくるお兄さん。あ、何しに来たか分かっちゃった。普段適当に話すお兄さんがたまーに真面目に私を見つめることがある。そう言う時は九割同じ内容。

「金、貸して」

ハートがつきそうなくらい甘い声と甘えた目でこっちを見るお兄さん。
ガチャンとキッチンからコップを落とす音がした。割れてないといいけど。

「いくら?」
「んー、とりあえず5万。だいじょーぶ、次のレースは自信ある」

自信満々にそう言うお兄さんは何も懲りていないようである。なんどもギャンブルに負けてる話は聞いてるのになぁ。馬を見る目はある!なんて言ってるけど、男は三連単とか言ってるからいつも大負けするんだと思う。

「貸しません!!!!貸させませんよ!!!!!」

キッチンから大慌てで斎藤が出てきた。声が大きい。

「ア?お前には関係ないだろ」
「なまえちゃんは僕の主人!関係あります!」
「加茂家に仕えてるだけでコイツ専属じゃねぇだろ」
「加茂家から面倒見るようにって遣わされてる以上関係あります!」
「うるせぇな」

ヒートアップしていく斎藤とは逆にどんどん声が低くなっていくお兄さん。
斎藤がこんな取り乱してるの初めて見たかもしれない。

「僕はなまえちゃんの保護者として、絶対にお金を貸させない」
「じゃあお前でいいわ。五万」
「なんで僕が!」

なんか凄く騒がしくなったなぁ。


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