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約束の任務の日、斎藤に見送られながら家を出る。随分と着慣れた黒シャツに黒手袋、黒ズボンという真っ黒装備。加茂家にいた頃は黒色の和服を用意されてたけど、あの頃を思い出すから一人暮らししてからは任務の時も常に洋服だ。
斎藤が用意してくれたフレンチトースト、カフェオレ。土曜日の任務なので朝がゆっくりだからか、それとも今日運転手できない罪悪感からか、はたまた単純にそういう気分だったのか、今朝の朝ごはんはとても豪華だ。ちなみに朝お兄さんが起きてくることは滅多にないので、お兄さんの分はない。あの人12時くらいに起きるからなぁ。

あんまり家を知られたくない私に考慮してくれたのか、補助監督さんとの待ち合わせは最寄り駅だった。斎藤が「駅まで送ろうか?」って声かけてくれたけど、斎藤自身も加茂家に行く準備があるだろうし断った。

一言二言挨拶して車に乗り込む。
スーツを着た50代くらいの男の人はそれ以降特に何も話すことなく車は目的地についた。
目的の場所はコンクリート施設らしい。灰色の壁がそびえ立ち、薄汚れた雰囲気を醸し出している。
「闇より出でて 闇より黒く その穢れを 禊ぎ祓え」
隣で帳が張られたことを確認し、中に入った。

ずっと違和感はあった。やけに少ない情報、斎藤以外の運転手、やけに無言な補助監督。
呪霊がいるだろう建物の中に足を踏み入れると、その部屋は灼熱のように暑かった。
「よ〜ねぇちゃん、あちぃよなぁこの部屋」
事前資料のイラストとはほぼ異なる焼死体のような黒い呪霊、所々から炎が吹き出ている。腕が4本って所しか合ってない。それと、その隣にいる筋肉質な男。
男はともかく、完全にタイプ相性が悪い。環境によるデバフもあれば、呪霊自体がそもそも炎タイプ。
極め付けは部屋に入った同時に張られた帳。嫌な予感がして帳に触れると、私の退出を拒むように出来ていた。

「完全にハメられたってわけだ」

一級呪霊といえども最悪な相性、それと隣にいる呪詛師。一筋縄じゃ行かなそうだ。



なまえちゃんを見送った後、ノロノロと起きてきた甚爾さんに適当に昼食の説明をする。
先日、なまえちゃんにベッドを買っていただいた為甚爾さんが家にいる日もかなり睡眠の質がいい。流石に年下の女の子に払わせるわけには、って伝えたけど、なまえちゃんには「いつもお世話になってるし。なんなら私のが稼いでるし」と断られてしまった。うちのお嬢様の方が稼いでいるのは事実なのでとても悲しい。
月に数回だったなまえちゃんちへの訪問は、段々と頻度が上がっていって、甚爾さんが週3で泊まり込むようになってからは、僕も同じくらいの頻度でここにいる。ついになまえちゃんちにいる日の方が京都の自宅にいる日を超えた月もあった。最初は折角の一人暮らしだしと遠慮していた部分はあったけど、甚爾さんという不確定すぎるお客様がいる以上、保護者として無視は出来ない。加茂家からはなまえちゃんの恋愛は自由にしていい代わりにDNAだけは提供するなと強く言われている。万一赤血操術を引いたら大変だもんね。
もちろん甚爾さんの事は伝えていない(というか伝えられない)。だからこそ、僕がしっかりと彼を見張ってやらなきゃならない。なまえちゃんは確かに僕より強いけど、どうあがいても女の子だ。甚爾さんを信用していないわけじゃないけど、夏場に僕も甚爾さんもいるのにキャミソール一枚で部屋の中を出歩こうとするような子だ。彼女、戦闘は超強いけど隙が多すぎる。今は大切にする、とは聞いてるけど万一気が変わるなんて事もあり得る。
僕としてはDNA云々はわりとどうでもいい、ただなまえちゃんには幸せになってほしい。だから目を光らせてる。もし、万一、憶が一、なまえちゃんが甚爾さんを選ぶなら「あんな男はやめておけ」と強く伝えた上で、交際を認めるんだろうな。いや僕は父親か?27にして15の娘ってやばいでしょ。

「なまえと一緒じゃないのか?」
「僕は家に呼ばれてるんです」

なまえちゃんという娘だけなら兎も角、甚爾さんも年上のくせに息子ポジションなのは頭が痛い。家事しろとは言わないが、せめて食事代は払ってほしい。なまえちゃんから「甚爾さんに餌やりよろしく」って言われた時はデカすぎる猫ができたなと目が死んでいくのを感じた。ペットならもっと可愛くて小さいのにして欲しい。出費にかなり無頓着で、身の回りの事に放任主義だからこそ成り立つこの奇妙な三人の半共同生活。よくない、ダメだと思いつつ、ついついなまえちゃんに頼られているのが嬉しくてズルズルと続いてるんだから、僕も保護者失格かもしれない。
でも僕いなかったらこの部屋荒れ放題だろうしコンビニ飯しか食べなさそうだし…仕方なくない?

「あっそ」

自分で聞いていて興味のなさそうなこの男は、なまえちゃん以外には常にこんな感じだ。なまえちゃんがいたらもう少し態度が軟化するけど。
冷蔵庫からいそいそと僕の作ったお昼ご飯を取り出しチンする様子をみながら、お互い一人の女の子に傾倒してるなと思う。電話の一件は肝が冷えたが、彼も彼なりにこの生活が好きなんだろう、だから邪魔者の僕は殺されないし、なまえちゃんも手を出されてない。この生活、ほんとギリギリの所で成り立ってる。なまえちゃんは気づいてないんだろうけど。

「僕今日は京都の方で泊まってくると思います。なまえちゃんの夕食も作り置きしてあるので、食べないでくださいね」
「ハイハイ」

全く、この人は。

東京から新幹線で2時間。車で行ってもいいけどなまえちゃんいないし、新幹線のが楽なので京都に帰る時は基本そう。
分家の中でもほぼ非術師で構成される僕の家は、非術師故に立場は低いが逆に信用を勝ち取ってる節がある。絶対に当主争いに関わらない、絶対に裏切らない、そう思われてる為、それなりに当主様の近くで働かせてもらっている。
予定の時間までは自宅で過ごした後、時間30分前に加茂家に着いて挨拶をし、ここで待ってろと用意された部屋に行く。
今回呼ばれた理由、それはお見合いだ。古くから続く呪術御三家、薄く血を引いている分家は沢山いる。その中から同じ非術師で家事の得意な子が居るのだと。向こうから来たこの話、断りたいけど家が絡んでくるから簡単にはいかない。そろそろ相手を決めてもいいんじゃない?お付き合いだけでも?なんて雰囲気がビシバシと感じるし、僕や今回の相手は非術師だけど、お見合い相手の3つ上には呪術師がいたらしい。立場としては歴代非術師の僕より上だ。

「はぁ」

思わずため息が出るのも仕方ない。この予定がなかったらなまえちゃんの運転手して、多分あのくらいの任務、30分もかからず終わるだろうから、そしたらなまえちゃんと買い物にでも行きたかった。あまり女の子の好むものが分からないから、一緒に出掛けて、ベッドのお礼に服や化粧品でも買ってあげようと思っていたのに。19時半からお見合いするじゃ、一人で買い物するしかない。

襖の向こうから「失礼します」と声が聞こえて居住まいを正す。入ってきた女性は確かに綺麗だけど、好みじゃない。あとはお二人で、と早々に二人きりにさせられ表面だけの薄っぺらい話をする。
さて、ここからどうやって「性格が合わなかった」に持っていこうか。
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