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夏休み、それは貴重な長期休みの内一回。高校生にとって最も長い休みであり、それ故に友達と遊んだりひたすら家でゴロゴロしたり、とにかく最高。
そんな貴重な夏休み、私は今田舎にいた。東京から車で5時間、いや公共交通機関使おうよと思ったが駅から出てるバスが一日2本とかしかないらしい。

ひたすら車に揺られて揺られて揺られて揺られて…、態々こんな田舎まできたのはもちろん任務である。わざわざ観光でこんな所こない。

「夏休みなら泊まりの任務行けるよね!」

なんて斎藤が笑顔で言ってきたので正直ぶん殴りたかったが、ご飯作ってもらったり掃除してたり、甚爾さんに餌あげてたりするのを見てるので強く言えず。
でも正直断っておけば良かったと思っている。なんとこの任務、私一人ならともかく、夏油さんともう一人高専の人の三人体制なのだ。

「灰原雄です!」

ザ・愛想笑いな夏油さんの横でニコニコと人好きのしそうな笑顔を浮かべてる男の子。

「加茂なまえです。下の名前で呼んでください」
「なまえちゃんだね!僕たち同い年だし、タメでいいよ!」

正直呪術師にこんな人がいるなんて思ってなかった。今まで出会った呪術師は、右から根暗、根暗、性悪、性悪根暗、性格最悪、真面目系性悪、根暗…みたいな人たちばかり。根明で素直で何も知らなさそうな笑みを見て、根暗育ちの私はとても眩しいと感じた。

そんな私、灰原さん、夏油さん、補助監督さんの四人を乗せた車は、灰原さんのお陰か意外といい雰囲気で5時間持たせる事ができた。
以前高専に泊まって朝ごはんをいただいた時に、余りにも夏油さんに嫌われていたのでひたすら無視されるのかと思ったが、意外と大人な対応をしてくれた。多分朝食事件は短い睡眠時間と五条悟で機嫌が悪かったのかもしれない。
そして灰原さんの存在も凄く大きい。

「特級が二人もいるのに、僕なんで呼ばれたんだろ」

なんて言ってたけど多分私と夏油さんの緩衝材です。
灰原さんが明るく話しかけてくれたお陰で、車内が無言になる事なく、それなりに楽しく5時間過ごせたのだった。

車がとある民家の前で止まる。やっと着いたらしい。何度かサービスエリアに寄ったりはしたものの、凝り固まった筋肉をぐっぐっと伸ばす。座ってるだけでも大変だったが、運転していた補助監督さんは大変だろう。気を利かせて代わりに帳を下ろすと、少し嬉しそうな顔をしてた。

「じゃ、行ってきます。補助監督さんは休んでてください」
「ありがとうございます…」

補助監督さんは私たちを見送りながら、タバコに火をつけていた。肺いっぱいに煙を吸い込んで、美味しそうに吐き出す。サービスエリアでも吸っていたし、たしか斎藤も私に隠れて吸ってたはずだ。おいしいのかな。

ある程度固まった筋肉を伸ばし終えた。
民家からは先日の病院と同じ呪力を感じる。

「私と灰原が中に入る、なまえは外で待機」
「了解です!」
「分かりました」

夏油さんを見送り、玄関で待機している。逃亡するなら窓からだし、玄関にいてもな、とは思ったけど、大技使えるし、車に傷がついたら大変なのでそのまま玄関待機。
手持ち無沙汰になってしまったので、暇だしちょっと面倒な大技の準備でもしておこう。
呪力で血液を作り、更にそれで血刃を作る。手袋を取り、左人差し指の腹を軽く切ると、ぷくりと血が出てくる。
民家の周り四点に私の血を垂らせば準備完了。指の傷は赤血操術でカサブタにして手袋をはめる。
ちなみに手袋を嵌めてる理由は単に呪霊がキモいだけだ。術式行使に素手である必要がない以上、触らなくていいものは触りたくない。

すぅ、と空気を吸う。普段東京にいるからか、空気が美味しく感じた。川のせせらぎや木々の揺れる音、たまには田舎も悪くない。

ガチャン、と窓が割れる音がした。
暇つぶしで準備した術式を発動する機会が来たらしい、四点の私の血に呪力を込める。
私の血を起点として、氷の山が4つ出来、民家の上を囲う。窓から飛び出した呪詛師は氷山の中に入ってしまった。
ここまでは予定通り、ただ一つ予定外だったのが、呪詛師を追いかけて外に出てきた夏油さんの呪霊までもが、私の氷の中に入った事である。

「うわすげ」

離れたところにいる補助監督さんの声が、やけにはっきり聞こえた。


血刃で呪詛師だけ取り出し、反転術式によって呪霊を解凍する。一級レベルの呪霊だったお陰で凍って即祓われる、なんて事にならなかったのが幸いだった。

「大型の術式を使うなら事前に伝えてくれないか?」
「すみません」
「呪霊だったから良かったが、あれが灰原だったら大変だっぞ」
「あれこれ僕ディスられてます?その通りですけど」

とお小言を言われてしまった。私と夏油さんの関係は更に悪化した気がする。

物に呪力を込めるタイプの呪詛師の拘束と、その呪物の回収。
5時間も移動にかけたが、30分もかからず任務は終了してしまったのだった。
呪詛師と呪物をその地区の呪術関係者に渡し、私たちは今旅館に来ている。
日帰りしても良かったけれど、補助監督さんが
「せっかく遠くまで来たんだし、俺もう運転しんどいし今日は泊まってこ。温泉街があるんだけど〜」
と温泉街マップを見せてきた。この人、最初からそのつもりだったな。そして呪詛師の家から車で1時間、態々観光地まで来たのである。

男三人、女一人、少し歪な組み合わせ故に、私一人の部屋を与えられた。男性陣は補助監督と学生とで分かれるらしい。ちなみに宿代は経費で落ちる、というか落とさせるとのこと。

星漿体任務以来の旅館、ついこないだ旅行したばっかりなのに、また旅行とは。任務関係なければかなり幸せだが、どうあがいても任務がついてくる。今度は普通に旅行がしたい。
一人で過ごすにはかなり贅沢な部屋。私しか居ないからとても静かだ。

温泉入るか

夕食まではまだ時間ある。やる事がなくなった私はゆっくりと湯船に浸かることを選んだ。
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