26


お風呂上がりの、アイス……最高。
旅館の凄くいい温泉に浸かった後の濃厚ミルクアイス、なんでこんなに美味しいのだろうか。

温泉から出て部屋に戻ろうとすると、途中広めの共同スペースがあった。そこには既にお酒を飲んでほろ酔い状態の補助監督さんと絡まれてる夏油さん、灰原さん。
他人のフリしようとしたけど、私を見つけた補助監督さんの
「アイス奢ってやるよ」
という一言で、見事空いてた夏油さんの隣に座っている。

「なまえちゃんはミルク?」
「うん、灰原さんは…抹茶?いいね」
「うん。でも夕食前に食べると罪悪感がすごいね」

灰原さんの目線が私のアイスにいく。食べたいのだろうか。灰原さんには行きの車で世話になったし仕方ない。
表面だけ溶けてるミルクアイスをすくい、灰原さんの方に向ける。灰原さんは一瞬戸惑った素振りを見せたけど、ぱくりとそのアイスを口の中に収めた。

「ん、おいしい」
「だよね」
「ごめん僕、全部食べちゃったから」
「いやいいよ、先に食べてたし」

じっとりとした視線を向けられている。日本酒を煽っていた補助監督さんは、反目でこっちを見た後にぱかりとその口を開けた。俺にも一口、って奴だろうか。もう一口分アイスをすくい、今度は補助監督さんの口に入れると満足そうにしていた。

「可愛い女の子にアーンしてもらえるとか、幸せだわ」
「彼女高校一年生なので犯罪ですよ」
「たまにはいいだろォ…、補助監督ってのはな、いつもいつも虐げられているんだ」

お酒の影響かペラペラと話し出す補助監督さん。やれ呪術界の考えは古いだの、出会いがないだの、御三家のギスギスがだるいだの。補助監督もかなり苦労してるみたいだ。

「なまえちゃあああん、俺の癒しはなまえちゃんだけだよ…帳を代わりにやってくれて、俺…感動した…」
「え、えぇ」

話してるうちに感極まったのか私に向かって手を伸ばされる。テーブルがあって良かった。下手に隣座ってたらこれ抱きつかれてたんじゃないのか。

「冥冥さんは金にがめついし、歌姫さんは優しいけど球団の趣味合わなくて一回ボコボコにされたし、五条悟とか一回り下なのに舐め腐ってくるし、俺一生懸命仕事してるのに馬鹿にしてくるし、俺が仕事終わりに食べる予定だった菓子食われるし…なんなんだよ、呪術師やべーやつらばっか」
「その面子なら硝子は癒しになるのでは?」
「硝子ちゃんそもそも殆ど前線でないじゃん」
「たしかに」

聞いた事ない名前がいくつか出てきた。五条悟が生意気なのはめちゃめちゃ分かる。
補助監督さんはグラスに入ってた残りの冷酒をくいっと煽ると、隣に座ってる灰原さんに抱きついてオイオイ泣き始めた。ろ、碌でもない大人だ…。
幸いにも私たち以外にグループがいないから良かったが、いい迷惑にも程がある…。

「なまえちゃんさ、よかったら今日俺の部屋に」

ゴッと鈍い音がした。
隣を見ると立ち上がって補助監督さんの頭に手刀を落とした夏油さん。ゴミを見るような目で補助監督さんを見下している。
補助監督さんはテーブルに突っ伏し、ピクピクと動いている。

「大川さん、飲み過ぎです」
「す゛み゛ま゛せ゛ん゛」

余程痛かったのか濁点だらけの声で悶えてる補助監督さん、もとい大川さん。初回の挨拶聞き逃してたら、ぶっちゃけ名前忘れてたけど、大川さんっていうのか。少なくとも明日も一緒にいるわけだから、覚えなければ。

「そろそろご飯ですし行きましょうか」
「あぁ、なまえ、こいつが嫌なら自室で飯を食べてもいいが、どうする?」
「え、あ、大丈夫です」
「分かった、こいつの隣には座らせないから安心してくれ」

時計を確認するとたしかに夕食時間の10分前だった。周りに人がいないのはそれもあるだろう。
夏油さんと灰原さんに肩を組まれてズルズルと引きずられる大川さん。なんだか可哀想になってきた。

大人しく三人の後ろについて行き、食事の部屋へ。なんというか、絶対経費で落ちるからいい旅館のいい部屋に予約したんだろうな、という感じの料理が並んでいた。星漿体の時もいい旅館だったけど、多分今回のが旅館自体のグレードは上だろう。

夕食はお肉でした。最高。



ご飯を食べ終え、部屋でゆっくりゴロゴロタイム。とはいえまだ20時だったりする。温泉入ってもいいけど、髪の毛かわすのが面倒だし、でも部屋にいてもやる事ないし、眠くないし…、頭の中に案が浮かんでは消えていく。

コンコン、と控えめに扉をノックする音。
補助監督さんは結局夕食時も飲んでてベロベロだったし、夏油さんはないだろう。ということは灰原さんかな。
お布団から立ち上がりドアを開けると、やっぱりというか笑顔の灰原さんと、その後ろに苦笑いしている夏油さんがいた。

「一人で暇じゃない?UNOやろ」
「嫌だったら断っても構わないよ」
「ううん、暇してたし、助かります」

部屋の鍵を持って、貴重品も一応持って部屋から出る。電気消して鍵をかけ、隣の高専組の部屋にお邪魔する。
私の部屋と同じ間取りの部屋の中央には、座布団が3枚引かれていて、真ん中にUNOとトランプが置いてあった。

「修学旅行みたいだよね」

部屋に入り、一番手前の座布団に座る。修学旅行、そういえば行ったことないな。小中は家を空けること自体がが許されてなくて、泊まりの旅行はNG。それは学校行事であっても同じだった。流石に高校生になったし行けるだろうけど、もう少し先の話だ。
思わず黙り込んでしまった私を二人は訝しげに見ていることに気づいた。

「あ、すみません。修学旅行、行ったことないな、と」
「「えっ」」

驚いた様子の二人に、家の事情を表面的に説明すると、大袈裟なくらい反応された。
座布団から少しのけぞる様子の二人に、修学旅行行かないのはやはり一般的では無いんだろうなと思う。

「御三家って、やっぱ大変なんだね」

同情、ではなく心配。多分灰原さんはそんな声だ。呪術界から妬まれて妬まれて、事情知って同情されて可哀想って思われて、今まで呪術師からそんな優しい反応された事なくて戸惑ってしまう。
呪術師はクソ。無意識のうちに凝り固まっていた意識の中に、灰原さんは強烈な違和感を持って入ってきた。この人は、優しすぎるのではないか。呪術師なんかやらない方がいいんじゃないか。
一瞬浮かんだ考え、でもそれはお節介でしかなくて、伝えようとした言葉を飲み込んだ。

UNOも飽きてトランプも知ってるルールは遊び尽くして、ひと段落。
UNOはいい勝負、スピードは私の圧勝、ポーカーと神経衰弱は夏油さんでババ抜きや大富豪は灰原さん。それぞれの得意分野が違うのか、ルールを変えると勝者が変わる。昼頃感じていた私と夏油さんの蟠りは、灰原さんが飲み物を買ってくる頃にはとっくに無くなっていた。

「大川さんの件、ありがとうございました」
「大川さんは…仕事もできるし悪い人じゃないんだ。私達特級と仕事をすることが多いから、必然的に悟からのストレスが多いみたいで」
「あぁ、五条さんの文句多かったですね」
「悟は性格がちょっと、ね」
「ええ、性格悪いですもんね」
「くくっ、本人が聞いたらなんて言うか」
「ふふふ」

ふと、話に区切りがついて無言の時間になる。
ある程度打ち解けたつもりではあるが、無言の時間を過ごしても大丈夫と言うほどの仲ではない。
話題を探し、理子ちゃんと出かけた件を言おうと口を開く

「すまなかった」

開けた口から理子ちゃんの名前が出ることなく、予想外の言葉が聞こえて「へ?」なんて間抜けな声が出てしまう。
今夏油さんなんて言った、謝った?え?何に対して?

「先月の病院の任務、大人気ない対応をしたと思ってる」
「あ、え、いや…」
「…私は、非術師は守るべきものだと思っている。力あるものにはその責務として、力なきものを守らなければならない」

私にとってあの病院の院長は祓うべき対象の一人だったのに対し、夏油さんは彼もまた守るべき対象だったのだろう。
院長が殺された後の夏油さんの敵意に溢れた目を思い出す。あの瞬間、彼にとって私は守るべき者の命を脅かす呪詛師に見えたのかもしれない。

「だから、院長を見殺しにした君が許せなかった」

夏油さんはあの時と同じ目を見してこちらを真っ直ぐ見つめる。彼はゆっくりと目を閉じ、再度開けた時にはその敵意は消え失せていた。

「呪霊に力を与える呪物があそこにあった以上、近くにいた低級呪霊が力をつけてしまう可能性もある。なまえの判断が全面的に悪いとは言えない」

特級呪霊、結界、呪物、人質、低級呪霊。様々な要素が折り重なったあの状況。人に悪さをしていた院長は、呪霊と同じ祓うべき対象、という判断を私はした。私はこれを間違っているとは思わない。

「だからまぁ、自分の思想を曲げるつもりはないけど、そのあとなまえの右手食べさせた事とか、次の日の態度とか、それに関しては詫びるよ。悪かった」
「いえ…こちらこそ、つっけんどんな態度とってしまってすみません」

2人して謝ると、なんだか自然に笑えてきてしまった。夏油さんと喧嘩して落ち込んでいたのが嘘みたいに晴れやかな気持ち。
仲直り、って言っていいのかな。

ドアが開く音がした後、灰原さんが部屋に入ってくる。
「飲み物買ってきましたー!」
黒、緑、オレンジ、三色のペットボトルを抱えた彼の顔には爽やかな笑みが浮かんでいる。

「遅かったね」
「え、えと、自販機が遠くて」

夏油さんの質問にしどろもどろになって答える彼。薄々察していたけれど、やっぱり灰原さんは気を利かせてくれたらしい。どのタイミングで気づいたのか分からないけど、私と夏油さんがギスギスしているのに見かねて、UNOをやろうと声かけてくれたに違いない。その後2人で話させるタイミングもつくる。うん、気遣いの鬼だ。
しかしいつから気づいたのだろうか。夏油さんの呪霊を凍らせてから?案外車内から?もしかしたら夏油さんが一番最初に話していたかも知れない。

「ふふ、そうか。ありがとう」
「灰原さん、ありがとうございます」
「飲み物買ってきただけですよ!」

夏油さんがお礼を言うのに続いて、私も灰原さんに伝える。飲み物買ってきてくれたの勿論だけど、それ以外にも。
灰原さんは呪術師に向いていないと思っていた認識が少し変わる。察しのいい彼だ、既にこの世界がどれだけ嫌なものか察してここにいる。
一般家庭生まれの彼が察した上でここに居るのなら、私は何も言う事はない。

呪術師として先輩だからか、先輩風を吹かしたくなる。灰原さんの後輩力が高いんだろうな、同い年だけど。
夏油さんが灰原さんと任務に来たの、分かるな。呪術師にしては珍しい根明、しかも何も知らないからじゃない、理解した上で彼は明るいのだ。一緒にいたいと思えてくる。

飲み物を受け取った後、流石に時間が遅いので解散となった。UNOとかトランプとか、家でやった事はあったけど、術式の勉強って名目でジジババ共とやったから1ミリも楽しいと思った事なんてなかった。
ただの勉強くらいの気持ちだったのに、知り合いとやったらこんなに楽しいものだったなんて。理子ちゃん達とやったら楽しすぎて可笑しくなるかもしれない。
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