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学校が夏休みになった。部活に所属していない私は暇かと思っていたが、初夏からは呪術師にとって繁忙期である。八月になって落ち着いてきたが、万年人手不足らしいこの業界、高専に所属してないから少ない方とはいえ、それなりにお仕事をこなしている。
さらにお兄さんとの稽古も続行中である。最近ようやっと攻撃を当てれるようになってきたが、一本取るのはまだまだ先のようだ。

「忙しすぎない?」

任務を終えてヘトヘトの中ベッドに入る。今日は珍しく家に誰もいない日らしい。思わず口をついて出た独り言に返事はない。

いくつかメールが溜まっているからそれに返信をして、学校からの課題に取り組む。課題も多すぎるよ、せっかくの夏休みなのだから休ませて欲しい。
15分ほど経って携帯がメールの着信を知らせる。理子ちゃんだ。

「明日暇なら出かけないか?気になってるケーキ屋さんがあるんだけど」

添付されたURLを開くと、お洒落なケーキ屋さん。緑に囲まれたアンティークな外観でまるで魔女でも住んでいそうな雰囲気だ。

「いいね。行きたい!」

そう返事すると理子ちゃんから明日の集合場所や時間が送られてきた。14時集合か、午前中はゆっくり寝れる。
最近ずっと任務続きだったし、たまの息抜きは大切。
理子ちゃんとのメールで完全に課題への集中力が切れたので、ノートを閉じる。
明日は何着ようかな。
黒井さん含めて女の子3人でお出かけだ。学校の友達とは放課後出かけることはあっても、休日遊びに行くことは少ないので楽しみだ。
洋服棚を開ける。普段はお仕事用の黒い服ばかりだし、明日は明るい色の服にしよう。暑い日が続くし、日焼け対策もしないとな。あ、この服にしよう。
白と黄色の夏らしいワンピースを取り出す。膝下までのこのワンピースは可愛いけれど、出かける予定が少ない為あまり着たことがなかったお気に入りの服だ。
明日着るからハンガーごと出しておく。
お出かけだし、少しだけメイクしてもいいかもな。ガラリとドレッサーを開ける。リップくらいしていこう。ピンク、オレンジ、コーラル、ブラウン、あまり数は多くないけど、高校生になって友達と買いに行ったものだ。

ふと思いたち、携帯を手にもつ。連絡先からお目当ての人を見つけて電話する。まだ8時だし、多分出るんじゃないかな。

「斎藤です。何かありましたか?」
「明日の午前中ひま?」
「随分と急ですね。なまえ様が来いとおっしゃるならお伺いしますよ」
「じゃ来て」
「かしこまりました」

端的に用事を伝えて切る。敬語口調だったから加茂家に居たんだろう。
斎藤を呼んだ理由はただ一つ!ヘアメイクをしてもらう為だ!
伝統にうるさい呪術界は行事毎の際に朱色で模様を描く事がある。いつも家の人間にやってもらってたから、私自身で出来るのはせいぜい色付きリップを塗るくらいだ。友達にお化粧を色々教えてもらったけど自分じゃ上手にできない。
昔斎藤に行事のメイクをして持ったことがあるし、彼は手先が器用だから多分できるはずだ!



「化粧、ですか」
「うん」

10時頃に来た斎藤にことのあらましを伝える。折角理子ちゃん達と出かけるのだ、可愛くしたい、そう伝えると微笑ましそうな顔をしたので、脚を思いっきり蹴ってやった。痛そうにしてるけど知らん。

「うーん、僕はあまり得意じゃないんだけどな…それなら女性を呼んだほうがいいかな」
「…」
「そんな顔されても」

正直加茂家で仲がいいのは斎藤くらいだ。家の人に顔をベタベタ触られるのは好きじゃないし、なんならあまりこの家に入れたくない。

「あ、名案が!」

そう思いついたように言った斎藤は携帯を取り出して電話する。

「お、出た。今どこ?……近いな。お前、化粧できるって言ってたよな?……じゃあ今からそっち迎えに行くから………、いやそれはそっちで対処しろよ。…うちの可愛いお嬢様の頼みだぞ。………はは、流石。じゃあ」

楽しそうな声で電話をする斎藤。化粧できる人間って斎藤以外思いつかなかったけど、他に誰かいなのだろうか。女性で家の人間じゃないとなると、もしかして斎藤の彼女とか?随分と親しげに話してたし。
斎藤の彼女さんなら仕方ない。いつもお世話になっているし、家にいれるのもやぶさかではない。

「じゃあ迎えに行ってくるわ」
「お願いします」

そうか、斎藤の彼女さんか。斎藤自身の色恋の話とか聞いたことなかったけど、いたのか。
彼女さんが来るとなると、家主としてきちんともてなしてあげなければ!リビングのテーブルの上にまだ食べてないお菓子を出して、紅茶は…斎藤が入れたほうが美味しいからいいや。あとは、斎藤留守期間にちょっとゴチャついた部屋を片付けなければ。

バタバタと片付けをしていると、ガチャリとドアが開く。
手に持っていた掃除機を片付けて玄関に向かうとそこには

お兄さんがいた。

「え?」
「なんで驚いた顔してんだよ」

寝起きです、って格好をしたお兄さんがいて、その後ろにいる斎藤が微妙な顔していた。

「女の相手を僕にさせるなよ」
「あ?オマエが呼んだんだろうが」
「そうだけどさぁ」

呆けてる私を置いて二人は家の中に入っていく。斎藤は彼女を呼びに行った。そして家に来たのはお兄さんだった。これってつまり…そういうこと?
言われてみれば歳が近いのか二人って仲良さそうだし、というか私が学校に行ってる間って多分二人で過ごしてるんだろうし、というかというか、今思うと斎藤はお兄さんの事下の名前で呼んでるし…。
そういうことだったのか!

「はよしろ」

リビングから顔だけ廊下に覗かせてるお兄さんが催促をしてくる。慌ててついていき、自室のドレッサーの前に座る。
二人が付き合ってることに驚いていたけど、お兄さんがヘアメイク出来ることも意外だった。

スキンケアをして、お兄さんはテキパキと化粧を施してくれる。
「高校生だからベースはそんなやらなくていい、ポイントメイクだけ」
ふわふわとブラシが肌に触れる。友達と合わせて買ったはいいけどほぼ日の目を見てなかったチークやらアイシャドウやらが初めて使われている。

「できた」

そう言われて鏡を見ると、いつもよりキラキラした私がいた。瞼が少しキラキラしてて、頬がちょっと照れてるみたいで、唇もプルプルだ。

「ありがとうございます!」

可愛い…!自分の顔だけど可愛い!お洋服に合わせてくれたのか、オレンジがかったリップがワンピースにとても合ってる。まるで雑誌のモデルさんみたいだ。

「かわいいよ」
「ありがとう!」

斎藤からの言葉も嬉しくて、今度は姿見の前に立ってクルクルと回る。スカートがふわりと揺れてとても可愛い。

「で、可愛くおめかしして、どこ行くんだ?」

私が座ってたドレッサーの椅子に座ったお兄さんが、肘をつきながら聞く。今更だけどお兄さんとドレッサーって似合わないな。

「理子ちゃんとケーキ屋さんです!」

ふ、と笑ったお兄さんが手招きをするので、前に行く。何かあっただろうか。
私の頬にするりと手を添えて、真っ直ぐ私の目を覗き込んでくる。

「うん、かわいい」

そういって私の腰に手を置きさらに引き寄せようとする。

「ハイストップ」

斎藤に腕を取られ、それ以上お兄さんに近づく事は阻まれた。
そのまま斎藤は腰に置かれていた手を払い除け、私の肩を掴みぐいぐいと部屋から追い出そうとしてくる。
……嫉妬か?お兄さん取られそうになって嫉妬してるのか?

お兄さんはプロのヒモらしいし、女たらしのケがあるんだろう。
斎藤は大変だなぁ。憐れみを持って大人しく自室から出て行く。

「そろそろ時間でしょ。駅まで?送ってこうか?」
「大丈夫。一人でいけるよ」

お兄さんと斎藤の時間を邪魔するのは忍びない。鞄を持って玄関で靴を履く。そういえば、私が出かけるってことはお兄さんと二人きりになるのか…。

「斎藤。お兄さんと仲良くするのはいいけど、私の部屋ではしないでね」
「…は?」
「リビングなら…いや、するなら客室!客室だけにしてね!」
「…ちょっと待って、なんの話?」
「その、い、いちゃいちゃするなら客室だけにしてって話」

いい年した大人が二人きりですることと言ったらそりゃあもうセッから始まってスで終わるものよ!と豪語していた友達を思い出す。流石に直接伝えるのは憚れるので言葉を濁したらちょっと恥ずかしくなってしまった。
斎藤はぴしりと固まっている。まさか知られていると思わなかったんだろうか、言わない方がよかったかな…でもリビングでえっちしてますってなったら流石に嫌だしな…。

「あの、なまえちゃん」
「はい」
「大事な、大事なお話があるから、5分だけいい?」
「時間が」
「大丈夫、5分だけ。そして車で駅まで連れてくから」

そう笑顔で言った斎藤に、断れず、靴を脱いでリビングに上がる。リビングのソファにはお兄さんが缶ビール片手に寝ていた。
斎藤は笑顔で自分とお兄さんを親指で指し、大きな声で言った。

「僕たち、付き合ってないから!!!!」

お兄さんがビールを吹き出す音がする。ケホケホと咳き込むお兄さんをスルーして、斎藤は私を笑顔で、超笑顔で見ている。
あ、これ、めんどくさいやつだ。


結局5分間きっちり付き合ってない事を聞かされ、車の中でも小言をめちゃめちゃ言われた。すみませんでした。
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