12


「皆お疲れさま。高専の結界内だ」

ちょこちょこ賞金目当ての雑魚に襲われることはあったものの、誰一人怪我なく高専に戻って来れた。
昨晩は20分そこらですぐに起きてきた五条サンが今度は無理やり私を寝かせてきたので、何だかんだそれなりに寝てしまった。一方五条サンは眠そうで、目つきがものすごく悪い。

「悟。本当にお疲れ様」
「二度とごめんだ。ガキのお守りは」
「お?」

五条サンが術式を解いた瞬間、後ろに人の気配。

突然の気配に後ろを振り向くと、五条サンが刀で刺されている。

黒髪、切長の目、口元に傷跡
ニンマリと笑ってるこの男は、この人は

「お兄さん…!」

五条さんは術式でお兄さんを引き剥がし、夏油さんの呪霊に食べさせる。
どくどくと心臓が跳ねる。さっきのはお兄さん本人なのだろうか、でも気配も見た目も全部お兄さんだった。
現実を理解できなくて、一人時間が止まったように固まる。指先も瞼も動かないのに、跳ねている心臓の音だけがうるさい。

「なまえ!」

五条サンに名前を呼ばれて、硬直から回復する。自分の考えから戻ってきて、途端に五条さんの血の香りや風の音が聞こえるようになった。

「知り合いかも知れねぇが今は天内。はよ行け」

しっしっと手で合図されて、自分がやらなきゃいけないことを思い出す。そうだ、私は今任務中。天元様のところに星漿体を無事送り届ける。今は襲撃者、対応するのは五条さん。私がやらなきゃ行けないのは、理子ちゃんに付いて護衛をすること。

「その人!呪力がない!です!」

必死に頭を動かして、お兄さんの情報を伝える。どちらかが死ぬかもしれない、なんてふとよぎった思いはすぐに捨て去る。
理子ちゃんの手を握り駆け出す。お兄さんの目的は同化の阻止、ならさっさと同化させるのがいい。

 
高専最下層
薨星宮 参道

「夏油さん、万一があるし、私もここにいる」
「…分かった」
理子ちゃんと黒井さんを横目に、残ることを伝える。万一、それは最強である五条サンが負けた時。
あり得ないと思いたいが、可能性はゼロじゃない。加茂家の結界を潜り抜けてたお兄さんならここに来るのも簡単だろう。その時、少しでも時間が稼げるように。

中に進んでいく夏油さんと理子ちゃんを見送る。あとは理子ちゃんの気持ち次第だ。


私たちの来た方向から足音がする。一瞬五条サンかと思ったが、彼にしては歩く速さがゆっくりだ。
「黒井さん、下がって」
再度警戒レベルを上げ、体の周りにいくつか氷塊を作り、いつでも対応できるようにする。

「よぉ。なまえ、一週間ぶり?とかかな」
「…お兄さん」

怪我どころか全く疲弊した様子のないお兄さんがどこか楽しそうに話しかけてくる。

「五条、さんは…」
「殺した」

わざとらしく足音を立てながらお兄さんは近づいてくる。
五条さんが、殺された。
その事実に頭に血が昇っていく。

お兄さんが動く前に氷塊を彼に向けて飛ばす。なんなく避けたお兄さんに、血液を加圧して打ち出す穿血と血液を氷に変える術式を交え、氷結をぶつける。一発、二発、三発と氷の穿血を飛ばすも全部体を捻りかわされる。これでも一応音速を超えてるはずなんだけどな、薄々感じていたお兄さんとの力量を明確に感じ、背に冷や汗が伝う。
こんなの当主様と戦ったときくらいだった。産まれてこのかた術式に関しては軽く勉強するだけで出来たし、呪霊を祓う時も特に苦戦したことは無かった。今まで負けた事なんて一回しかないのに、お兄さんと対峙すると負けるビジョンしか浮かんでこない。

「特級って言ってもこんなもんかよ」

呆れたように呟いた彼は、口から小さな呪霊を取り出す。そいつは彼の右腕に巻きつき、ゲロッと日本刀を吐き出した。

「そんなんじゃ死んじまうぞ」

日本刀を持った彼は私に向かって駆け出す。
血液でナイフを生成し、飛んできた一太刀を血刃でいなし、そのまま足払いをかける。血刃を逆手に持ち直し、腹に一撃。
彼は一瞬ぐらいついたが地面に手を置き立て直した。腹に食らわせる一撃は避けられ、血刃は地面に刺さる。その瞬間できた隙に、彼の蹴りが入った。

それなりに距離はあったのに、壁まで飛ばされた。
ゴリラかよ。呪力ないんじゃないの。

でもこれで距離が空いた。
血刃で左手首を切る。

加茂家に監禁されてる時に、家にあった書物を色々読んだ。術式の解釈の話や加茂家の汚点加茂憲倫の話。
その中にあった九相図の話。呪胎九相図には自分の呪力を血液に変えれる。
その記述を読み練習したら意外と簡単に出来た。私もそういう体質だったのかもしれない。
しかし、呪力で作った血液よりも通常の、体に流れている血液のが高い威力が出る。呪力で作った血液は少し薄いらしい。
痛いし、貧血になるしで殆ど呪力で作った血液を元に術式を使っていたが、出し惜しみしてる場合じゃない。

左手をお兄さんの方に向ける。手首から垂れた血液が地面に落ちた。それを起点に術式を展開させる。

赤血操術
氷山

地面の血液を起点にし、彼のいる方向に氷山が出来る。私と彼の間は氷によって埋まった。これで凍ってくれたなら万々歳、それでなくても地面が凍り向こうは動きにくくなるはず。

右上から日本刀による一撃が来る。
氷山で凍ることはなく、やはり彼はピンピンしていた。
左腕をかざし氷の壁を作り反応するが、その氷ごと叩っ斬られる。このままだと腕ごといかれる。
そう判断し、慌てて一歩下がるが少し遅く、腕に傷が入り、ピリッとした痛みが伝う。
一瞬腕に視線を寄越したのが不味かったのかもしれない。彼のいる方向に視線を向けた時には誰もいなかった。

「術式はともかく、近接が弱すぎるな」

上から聞こえたその声と共に、私の意識は途切れた。




「起きろ、おら、早よ起きないとこの女殺すぞ」

ばっと目を開ける。壁によりかけられてる私と、目の前にはお兄さんのドアップと、日本刀を首に突きつけられてる黒井さん。
思わず警戒体制をひくと、お兄さんは何事もなかったかのように日本刀を呪霊の中にしまった。黒井さんは緊張が抜けたのかその場で倒れ込んでしまう。

「交渉タイムだ、こ う しょ う」

闘ってる時と全く同じ笑顔を浮かべたお兄さんは、ぽすぽすと私の頭を叩く。
え?交渉?さっきまで私たち殺し合いしてましたよね?

「ご、じょうさんは」
「あ?あー、生きてるよ、多分」
「多分って」
「術師なら生きてる程度にした。じゃねぇと追いかけてくるし」

まぁ殺してもよかったんだけど。
あっけらかんとそう言うお兄さん。さっきまで持ってた殺意とか、実は五条さんが生きてたとか、逆らったら確実に私も黒井さんも殺されるとか、何だかもう気持ちがぐちゃぐちゃだ。

「俺の目的は金。その為には星漿体が必要。で、オマエの術式なら問題なく星漿体を連れてけるだろ?」

笑みを深くしたお兄さんに、混乱しながらも頷いた。
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