11


襖を閉めたこちら側、謂わゆる女子部屋は2人の寝息が聞こえる。お風呂上がって夕食を食べた後、1日ずっと遊んで疲れたのだろう、理子ちゃんは直ぐ寝てしまった。忘れてしまうが昨日黒井さんは誘拐されてたのもあり、本人は起きれます…!なんて言ってたけどお布団にいれた数分後には寝息が聞こえていた。

それなりに特殊な幼少期を過ごしてきた分、人の気配には敏感である。それは呪力探知の話ではなく、単に衣擦れの音や僅かな足音、ちらりと動く影、なんとなく感じる体温、そんなものから総合的に居るか居ないか、寝てるか起きているか、ってのを判断する。
襖の向こう側、起きてる気配が二人になることはあれども必ず一人は起きていた。そしてこれは昨日と同じ。

五条サン、昨日から寝てないな…。

最強と言っても所詮人、睡眠食事は大切なのに、疎かにしてるのは頂けない。最強として理子ちゃんを守るという責任感から来ているのは分かるけど。
それに術式もだ。ずっと解いてない。呪力量が多く使い慣れてるとはいえども、頭も使うし体力も使う。
いくら嫌いな人でも、隣で分かりやすく無理してるのが伝わってきたら心配の気持ちは芽生える。ここでプギャーなんて出来るほど性根は腐ってない。

「はぁ」

お布団から出てケトルに水を汲む。コップ二つとお茶のティーパック。旅館にあるこのセルフお茶サービス、めっちゃいいよね。本当はお土産用のお菓子もあったけど旅館着いて早々に食べてしまった。少し残しておけばよかったかな。部屋を開けるわけには行かないし買いに行くのも面倒なのでお茶請けはなし。夜中に甘いもの食べるのも良くないしね。

不可侵領域線の襖を少し開ける。旅館の窓際にある机と椅子のちょっとした所、通称"あのスペース"(正式名称は広縁)に五条サンはいた。浴衣を少し着崩して、サングラスという隔てるものがなくなった青い六眼が射抜くようにこちらを見ている。呪術師御三家なだけあって和服が似合うな。
お盆に淹れたお茶を二つ乗せて、襖を半分開け"あのスペース"からも女子部屋が見えるようにする。不可侵領域を破ってしまった為、万一バレたら私は理子ちゃんにこっぴどく怒られるかも知れない。
お茶を持って反対側に腰掛ける。一瞬六眼が責めるような色を含んだが、すぐに逸らされてしまった。

「飲んだら仮眠、取ってくださいね」

開いた障子から外の景色を眺めていた顔が不服そうに歪む。

「弱い奴が心配してんじゃねぇよ」
「起きてずっと見張ってる人がいるのに、気持ちよく寝れるわけないじゃないですか」

無言の押し付け合い。五条サンは黙ったら美形だから、威圧感がすごい。が、私も負けない。こちらを真っ直ぐ見つめる青い瞳にに応えるように、私も五条サンの瞳を見つめた。何も知らなければ、互いに見つめあってるラブシーンかも知れない。そんな生易しいものじゃないけど。

「…飲み終わったらな」
先に折れたのは五条サンだった。勝った!思わず浮かべてしまった勝ち誇る笑みに、五条サンは小声でうっぜと文句を言った。

静かだな。星空と、青い海。なんて贅沢な時間だろうか。加茂家にいた頃は一度だって旅行に行ったことなかった。呪霊を祓うために他県に行くことはあれど、家の人間と一緒だったし、全然楽しくなかった。一人暮らしを始めて早二ヶ月、初めて出来た同い年のお友達に初めて出来た一人暮らし、初めて出来た旅行。初めて尽くしの毎日だ。

「オマエ、なんで家出してんの?」
「え」

長い脚をゆっくりと組みながら五条サンが言う。家出した事は知ってても、流石に仲の悪い他家の細かい情報は知らないみたいだ。
五条サンなら、まともに教えても揶揄われるだけかも知れない。一瞬浮かんだ考えは、存外真面目な顔をしていた五条サンに否定された。

「私の周りは保守的考えの人で埋められてたので」

伝統と言えば聞こえはいいが、要は時代に合わせて価値観をアップデート出来ない老害である。血筋と術式命なこの呪術界では、非術師の生きるすべは本家にヘコヘコする召使いになるか、家を出るかの二択である。逆に術式を受け継いだ以上、加茂家の人間として呪術師になる人生が決定する。分家という中途半端な血筋と女という性別により、加茂家の呪術師として家に従事しDNAを提供する人生になってしまった。

「…クソだな」

その言葉は私に対してか、呪術界に対してか、それとも加茂家なのか。
なんとも言えず暗い雰囲気になってしまったのを変えたくて、なるべく明るい声を出す。

「でも、当主様はいい人でしたし、家出してからは楽しいです」
「ふぅん」

自分で聞いといて興味のなさそうな返答。何なんだよ。
さっきは気にならなかった無言の時間が急に苦しくなって、お茶を飲む。外を眺めてる五条サンは何を考えてるんだろうか。

彼は机の上に置いてあったお茶を取りごくごくと飲み干し、一言
「少し寝る」
と言ってお布団に移動した。

「なんかあれば叩き起こせよ」
「勿論。おやすみなさい」

昨日ぶりに解かれた術式とお布団から見える白髪に安堵する。女子部屋に移動しようかと思ったが、広縁があるのは男子部屋のみ。ここにいても女子部屋は見えるし男性陣には申し訳ないが、もうしばらくここに居させてもらおう。
理子ちゃんが起きる前には女子部屋に戻って襖を閉めないとな…。
prev | next
top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -