はじめまして、少年探偵
「で?」「え?」
「なんだこの坊主は」
どっからどう見ても数年前の工藤新一なちびっ子は、俺と蘭の間にちゃっかり座っていた。
蘭は小さく一息ついて、ちびっ子を紹介する。
「阿笠博士の親戚の子よ。名前は、」
「ボク、江戸川コナン!」
えへへーと。どことなくわざとらしく江戸川少年は笑った。
なんというか――大変だな、少年。
「……、その江戸川コナンくんが。なんでこんなところにいるんだ」
「阿笠博士にうちで預かって欲しいって頼まれたの」
「うちで、ねえ」
「ダメ?」
普通に考えて、そんな犬猫を拾ったようなテンションで小学生男児をほいほい預かれるものではないのだが。
しかしまあ――残念ながら、俺は『毛利小五郎』なわけで。
「まあ――明日、阿笠博士も交えて細かい部分の話し合い、だな。今日はひとまずお泊り会ってところか」
なにはともあれ、事件が解決してからにはなるが。
『受け入れを前向きに検討する』以外の選択肢はないわけだ。
(社長令嬢誘拐事件)
「ではその時の様子をもっと詳しく」
「だ、誰ですかこの子?」
「あー…アシスタント、のようなものです」
「はあ?」
「ええまあ、とりあえず、その時の様子を聞かせて下さい」
ひょいとコナンの頭を引っ掴み、後ろに控える蘭の方へ押しやる。訝しげな依頼主・谷氏を促して、話を先に進めながら、内心溜息をついた。
――こいつ、全く隠す気ないだろう。
次に聞くべきことは、と俺が考える前に的確に情報を聞き出していくところは、流石は場馴れしているだけあると感心するが。今の外見をちょっとは念頭に置いた上で発言してほしいところだ。
『黒ずくめの男』という単語に一々反応を見せるコナンを横目に見ているうちに、そういえばそんな感じの男達に薬を飲まされたんだったかと漠然と思い出してきた。好奇心猫を殺す。難儀な性分だ、根っからの探偵というのは。
さて依頼主からヒアリングした情報を整理していくと、谷氏の会社とシェアを奪い合う同業者の仕業である可能性に収束する。
俺の残り少ない『組織』の知識だと、表舞台には姿を見せずにひたすら暗躍している集団だった気がするが、そんなメンバーが『会社を廃業に追い込むために社長令嬢を誘拐する』なんて大胆な犯行に出るだろうか?
こりゃあ今回はハズレかもしれないぞ、と推理に勤しむコナンへ目線を送る。
そして、俺の推測を総括して
「犯人の要求からみて、おそらくこれはあなたのライバル会社の仕業でしょう」
と告げた。
瞬間、憤怒の形相に変わった谷氏は唸る。
「くそお、娘をさらった上に金まで要求するとは」
「か、金?」
その言葉に反応したのは目撃者である執事の麻生氏だ。目を白黒させて麻生氏は驚愕を露わにする。彼によると、
「犯人は会社を閉鎖しろといっただけで別にお金なんか」
と一切金銭の話は出ていないのだと言う。
しかし谷氏は苛立ちを隠そうともせず返した。
「ついさっき犯人から電話があったんだよ!!
使用済みの札で3億円用意しろとな!!」
「そ、そんなバカな」
麻生氏の顔はみるみる蒼白になっていく。
この矛盾に気を留めながらも、電話の声への聞き覚えを尋ねる。犯人も馬鹿ではないらしく、音声に何かしらの加工をしていたらしい。
「だ、だんな様、それは何かのまちがいでは?」
「うるさい!! おまえは黙ってろ!!」
震える声で問うた麻生氏は主人にぴしゃりと撥ね付けられていた。
――どうにもおかしい。
当初の条件だけでは気が済まず、後から更に条件を重ねてくるということは、それほどおかしいことではないはずだ。
だが、麻生氏は追加された金銭の要求をまるで『ありえないこと』のように扱っている。
何故、それがありえないと確信できるのか――。
何か見落としているような気がする。そんな時は一旦、保留だ。別の視点から考えてみるに限る。
「あなたの会社を閉鎖して得をする会社の心当たりは?」
そう尋ねれば、谷氏は幾つかの社名を挙げていく。やはり会社経営というのも難儀なようで、同業者での対立は避けられないらしい。しかし数社も名前が出てしまうと、その中の数十、数百、場合によってはそれ以上の社員から今すぐ絞り込むのは難しい。
流石に捜索範囲が広すぎる。この線は行き止まりか。やっぱり、麻生氏への違和感から考えるべきか――。
そんな時、庭の奥から犬の吠え立てる声が響いた。