刑事として父として

「〜〜〜っ、どけどけェェ、っぐえ!?」
「はい。16時47分、被疑者確保」
「毛利くん! そっちは――、大丈夫のようだな」
「ええまあ、なんとか」

 どたどたと部屋に駆け込んだ目暮の視界には、床に伸びている被疑者である男と、その傍らにしゃがみこんで手錠をかける部下の姿が飛び込んできた。
 さっきまで全力疾走で追いかけていたとは思えない落ち着いた様子で、毛利は後からやってきた同僚に男を引き渡している。
 一気に室内に人が集まりだした。床や壁に赤黒い汚れが飛び散っていることから、ここが殺害現場であることは疑いようもなく、刑事も鑑識も各々作業に取りかかる。
 その様子を眺めながら目暮は壁にもたれて一息つく毛利の方へ向かった。

「まったく君は相変わらずタフだな」
「そうですかね? 流石に疲れました……煙草、吸ってきていいすか?」
「バカモン、さっさと戻って取り調べだ。今日は娘さんの誕生日だったろう、早く帰れるようにもう一踏ん張りしてこんかね」
「そうですなあ、じゃ、もうちょっと頑張ってきます」

 緩く笑って毛利は部屋を出ていった。

「今日もお手柄っすねェ、毛利さん」
「頭も回るし脚も速く腕っぷしも強い。三拍子揃った理想的な『猟犬』だよ」
「かと思えば刑事部屋でチョコ摘まみながら競馬新聞読んでんだよなあ」
「あれ、馬券買ってんじゃなくて、馬の写真目当てらしいな。馬の円らな瞳に癒されるらしい」
「……分かんない人っすねェ、ホント……」

 部屋のどこかでそんな話がされているのが聞こえてくる。
 ――有能だが、掴めない男。
 それが職場における毛利小五郎の印象だった。

 飄々とした調子で、しかし抜け目無く事件を解決してしまうこの男は、所属する目暮班だけでなく、捜査一課全体で随分と頼りにされている。
 今日も事件の全貌を颯爽と解き明かし、班員を上手く動かして被疑者を追い詰めた。
 多分、あの様子ならすぐに全部吐くだろう。
 しばらくしてから始まるだろう取り調べを想像しながらそう確信する。
 しかし彼は娘の誕生日パーティに間に合うだろうか。
 今日の働き振りに免じて、彼がささやかな幸せを得られるよう、目暮は祈った。



「ただいま」
「あー! おとうさんおかえりっ!」

 かちゃん、とドアが開錠される音を聞き、蘭はばっと立ち上がって玄関へと駆けていった。
 きゃあきゃあと楽しそうな蘭の声が近付いてきた。居間に入ってきた小五郎は、疲れている素振りも見せずに片手に蘭を抱えている。
 時計は21時を少し過ぎたくらいを指している。幼稚園児が起きていていい時間とはちょっと言いがたい。私の視線に気付いたのか、蘭を下ろしながら困ったような顔を見せた。

「悪い、ちょっと遅くなったな」
「あともう少し遅かったら蘭は寝る時間だったわね。でも、急に事件が入ったにしては早かったんじゃないかしら?」

 なんてちょっと可愛いげのないことを言ってしまう。けど、いつものようにこの人は苦笑しただけで鞄を私に手渡すのだ。私は小さく笑ってお疲れ様と告げる。

「お前も仕事だったろ、色々しに行ってもらって悪いな」
「いいのよ、予約は忙しくって全部あなた任せだったんだし。お互いカバーして頑張ろうって約束じゃない」
「……そうだったな」

 ふっと優しい笑みを浮かべた主人は、私の頭を軽く撫でた。
 ――息が、つまる。
 この人は、唐突にこういう恥ずかしい真似をするのだ。
 顔が赤いだろう私を置いて、さっさと蘭の待つ食卓へと向かってしまった。
 大きく息を吐いて、冷やしておいた蘭の誕生日ケーキを取り出した。



「誕生日おめでとう、蘭」

 そういっておとうさんはへやのでんきをけした。
 ケーキがろうそくのひかりできらきらしてる。
 おとうさんとおかあさんが、ハッピーバースデーのうたをうたってくれて、おわったらふうっとふきけした。
 ぱちぱち。おかあさんがはくしゅしてくれる。
 でんきがついたら、おとうさんもはくしゅしてくれた。

「さあ、蘭? これなーんだ!」
「プレゼント!」

 おかあさんがもってきてくれた、かわいいリボンのついたおおきなふくろ。
 あけてごらん、っていわれるとすぐにリボンをほどいた。
 いそいであけるわたしをふたりがわらってみてる。
 がさっ! ふくろからなかみをひっぱりだすと――

「う、わあ! くまさん!!」

 おおきなくまのぬいぐるみだった。くびにおおきなリボンをまいてて、すっごいかわいい!

「すごーい! ありがとう!」

 ぎゅうとぬいぐるみをだっこすると、おかあさんとおとうさんがそろってどういたしまして、といって、なでてくれた。

「喜んでくれてよかったわ。それにしても、よく見つけたわね。あなたがこんな可愛いテディベアなんて」
「張り込み中にちょっと見て」
「ちゃんと仕事しなさいな」
「たまたま見かけて覚えてただけだよ。しっかしどの色がいいかはお前に選んでもらってよかった。事務の女の子に聞いたらやっぱり俺のチョイスは不評だった」
「いくら蘭の好きな赤って言っても、あの地味なリボンはないわよ」
「そうだなあ。まあよく似合って何よりだ」

 そういったおとうさんのひざのうえにのせられる。
 おかあさんもにこにこしながらケーキをきってくれた。

 ひはきえても、イチゴやクリームがきらきらしてるケーキ。
 ハッピーバースデー、ディアらんちゃん、ってふたりのおうた。
 ふわふわして、かわいいくまのぬいぐるみ。
 ぜんぶ、ほんとうに、うれしい。

「おとうさん、おかあさん」
「ん?」
「なあに?」
「ありがとう、だいすき!」

 わたしのおとうさんとおかあさんは、ほんとうにやさしくて、だいすき!



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