毛利小五郎という男

 「名探偵」なんてものに憧れたことはない。

 俺が解かなきゃならないもの、なんていうのは試験問題くらいのものだ。殺人事件なんてものはどう考えたって警察の仕事だ。
 それ以前に、事件に「解決」なんてない。
 犯人が分かった。捕まった。それで終わり、か?
 終わるわけがない。被害者も加害者も、一生その事件を背負って生きていく。
 本質的な「解決」なんてものはないのに、好きなだけ謎を解き終わって「これにて一件落着」なんて態度をとる名探偵という生き物は、実は何も「解決」させてないのだ。

 それ故に、俺は「名探偵」なんてものに憧れたことは、ない。

 しかし世界というのはどうにも難儀なもので、そんな人間に限って「巻き込まれて」しまう羽目になってしまうらしい。
 今日から中学生、という日のこと。
 目が覚めた時、自分は「毛利小五郎」なのだと「認識」した。

 毛利小五郎。
 眠りの小五郎。
 あの漫画で有名な名探偵である。

 今の今まで忘れていた。今の今まで、何の違和感も持たずただ普通に生きていた。忘れていたのか、気付かなかったのか。よく分からないが、以前「俺」が生きていた世界では毛利小五郎は漫画のキャラクターだったということを、その日唐突に「認識」したのだった。

 何がどうしてそうなるのやら。よりによってトラブル、さらに言えば殺人事件なんてものとは縁遠い俺が有名な名探偵になってしまうとは。
 「漫画の世界に行きたい!」なんて奴は世の中にごまんといるだろうに、どうして俺にお鉢が回ってきてしまったのだろう。

 別に俺はあの漫画の熱心な読者というわけでもない。というか、原作である漫画を読んだことがない。たまたまテレビをつけたらアニメをやっていた、という時に流し見ていた程度だ。おかげでいつも見るキャラクターの顔と名前、大まかな設定くらいしか知らない。誰だったかに連れられて数回映画を見に行ったこともあるが、まあ楽しめたという感想以外ほとんど思い出せない始末だ。この世界に、思い入れなど全くない。
 しかし、色々と面倒事に巻き込まれるなんてごめんだと足掻いたところで、元の世界に戻る方法も「眠りの小五郎」ルートを回避する方法も思いつくはずもなく、結局俺は1日で思案することを投げ出し、毛利小五郎として再び生き続けることとなったのだった。



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