私とコナン君がゲームをはじめて、数ヶ月が経った。
一日に、一度だけ。
『質問する』か『仮説を披露する』。
その中で、私は一体誰なのか、いや、なんなのかを当ててみせて、というゲーム。
きっと、コナン君の理解の範疇を超えているだろう――かつてこの世界を俯瞰していた、『私』。
私が『私』であった頃の証拠なんて、私の中にしかないのだから、とってもアンフェアなゲームだと思う。
毎日、毎日。
質問するたび、推理するたび、着々と迷宮に飲まれていく彼を見るのはちょっと楽しいのだけど、我ながらいじわるな話だと苦笑が漏れる。
けれど。
欠片を拾い集める先でいつか、彼が『私』の手を掴まえてくれる日がくるんじゃないか、なんて。
確かに私は吉田なまえなのだけれど――そこに繋がる『私』も、確かにまだ、存在するのだ。
誰でも良い。誰かに『私』にも気付いてもらいたい。
――叶うなら、それは『私』が愛した、そして私が愛する名探偵であればいい。
一縷の望みを託したゲーム。
それは今もなお続いていた。
だから、勘違いしてしまったのだ。
彼が全てのピースを揃えるまで――決して終わることがないのだと。
*「なまえちゃん」
いつかを思い出すような夕焼けの中。
珍しくなまえとふたりきりの帰り道は、静かなものだ。
茜空に似た穏やかな沈黙は、とても心地良い。
そのまま微睡むような時間を過ごすのも良いのだが、俺は彼女を呼んだ。
「今日はどっち?」
こちらを向いたなまえは、いつものように少女とも女とも取れる、境界の曖昧な彼女らしい笑みを浮かべながら歌うように問うた。
今日は――。
そう口に出してみるが、やめた。
それより先に――言うべきことがあるのだ。
「なまえちゃんはさ……多分、俺が思ってる以上に、俺のことを知ってるんだろう」
「どうかなあ」
目を細めてなまえははぐらかした。
俺が曖昧な問いを向けた時、彼女はいつもこう笑う。
吉田なまえは見かけにそぐわず理知的だ。
まるで、俺や灰原のように。
――子供の器に収まる、大人であるかのように。
何度巻き込まれたか分からない残酷な事件の最中でも、蘭や子供たちを危険に合わせないよう動く俺達の手が届かない部分をそっとフォローしてくれたのがなまえだった。
そして、まるで結果を、未来を知っているかのような態度で俺の推理を聞いているのだ。
初めはその落ち着いた振る舞いに、組織のメンバーかと疑ったものだ。
それにしては、彼女が回答を重ねれば重ねるほど――奴ららしくない、純粋な存在にしか感じられなくなった。
組織の空気を感じ取れる灰原に一度話した時には、有り得ないと――どころか馬鹿じゃないのと一蹴されたこともあり、すぐにそんな疑念は絶ち消えたのだが。
だがそれでいて、俺が工藤新一なのだと気付いている節がある。
周囲に俺の正体がバレそうになった時には、それは上手く隠すのだ。
真実に気付いた人間でなければ、決して分からないような些末な綻びでさえも。
吉田なまえは、知っている。
知った上で俺を支え、必要以上に踏み込まない。
自分のことには嘘をつかず、いつものように微笑みながら――受け入れてくれる。
そんな彼女の隣は居心地がよく、好ましかった。
そんな彼女だから、恐らく既に知っているのだろうと思いながらも――自分の口からきちんと伝えたくて。共に笑って――喜んでほしくて。
俺は足を止めてなまえに向き直り、告げた。
「俺、明日『元に戻れる』んだ」
だが――
「…………え、ええ? あし、た?」
――彼女は俺の予想とは全く異なり、酷く狼狽したのだった。
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