始末、顛末、また支度


 さて。
 何事も一番面倒なのは、後始末である。

「蘭、警察と……、いや、警察に連絡してくれ」
「うん」

 花壇に腰を降ろしたコナンと並んで座り、さっき渡したPHSで110番へ連絡する蘭。
 それを確認して、俺は少し離れたところにある街灯の下へ向かった。



 誘拐事件ともなれば、警察への通報が必要になる。
 ただの、というと語弊は在るが、ただの誘拐事件であったなら捜査を依頼された俺と、救出の際に犯人を伸してしまった蘭、娘を誘拐され金品を要求された谷氏、ホテルで目を離した隙にお嬢さんを誘拐された麻生氏、被害者である晶子お嬢さんの5人が事情聴取を受ければよかった。
 そしてその間コナンは阿笠博士に一旦引き取ってもらうなりする形で『警察の目に触れないように』出来たわけだ。

 しかし、現実には『谷晶子誘拐監禁事件』と同時に『江戸川コナン傷害事件』まで起こってしまっている。
 こうなっては、江戸川コナンが事情聴取を受けないわけにはいかないのだ。そして、医者の診断を受ける必要もある。

 状況は――非常に拙い。
 しかし、何とか江戸川コナンについて詮索されないようにしなければいけない。
 警察が到着するまであと数分。このたった数分で、出来る限りの根回しをしなければ。

 俺は鞄からカードケースを見つけ出し、一枚の名刺を探し出す。
 ――この手は使いたくはなかったが、背に腹は代えられない。
 PHSに少し震える指で番号を打ち込み、繋がる瞬間を待った。

『はあい、内海でございま〜す』
「お久しぶりです、毛利です」
『これはこれは。珍しい人から電話があったもんだ!』

 糸よりも細い双眸を更に細め、どこまでも楽しそうに笑う男の顔が見えるようだ。
 俺は眉間に皺を寄せたまま、簡潔に現状を電話口へ吹き込んだ。
 俺の背後で、サイレンの音が聞こえる。



 珍しいことに、対応に現れたのは目暮班ではなかった。
 見知った刑事がいないこともなかったが、中心にいるのは俺の現役時代には別のセクションだったり新人だったり、あまり俺と深く関わりのない面々だった。
 担当刑事に顛末を話していると、やはりコナンのことに触れられる。

「息子さん、ではありませんよね?」
「ええ、訳あって預かってまして。今は私が保護者を」
「そうなんですか。大変ですね、今奥さんと別居中なんでしょう?」
「なんでそれを」
「ああ、すみません、娘さんからそう伺ってます」
「あいつホント余計なことしか言わねえなあ……」
「はは、いやあでもしっかりしたお嬢さんじゃないですか。で、コナンくんのご両親は、」

「毛利さん、宜しいですか」

 割り込んで違う警官が声をかけてきた。彼は、病院には連絡済みなので外科の誰某に診察を受けて今日のところは帰るように、とだけ告げた。
 担当刑事は訝しげな視線を警官へ向ける。警官が刑事の耳元に何事か囁くと、刑事は釈然としないといった顔をしながら俺とコナンへ視線をやりつつも話を切り上げた。
 警察の面々は、コナン絡みのことを除いてきっちりと仕事を済ませて帰還していく。

 ――どうやら、内海はちゃんと手を回してくれたようだ。
 深々一息をつき、頭をがしがしと掻き回した。



 原作が始まる上で、困ったのは社会における『江戸川コナン』の確立だった。

 江戸川コナンは社会制度上、どうしたって存在しない人間だ。
 そんな状態でも、人間は常に社会と隣り合わせで生きていかなければならない。
 まあ、もう少し落ち着いてコナンと阿笠博士と話し合ってから擦り合わせていくか、なんて余裕をかましていたわけなのだが――よりによって出会って数時間でいきなり警察&病院沙汰である。
 無戸籍、無保険、保護者なし。無茶も大概にしろと声を大にして言いたい。

 漫画では恐らく何とかなっているはずだ。描かれていない部分は、誰もが疑いようのない正しい状態へ誰かがなんとかしてくれている。
 しかし、俺もこの世界で生きている中で、案外こっちの世界の社会制度も主要キャラクター相手ですら甘くはないことを学んできている。描かれていない部分にどうしても踏み込まなければならない場合、自力で正しい状態へ持ち込まねばならないという、不文律があることを。

 しかし、俺に先回りして江戸川コナンの存在している痕跡を作ったりなんて真似が出来るわけもない。
 そんな状態で出来ることといったら、不審に思われても探らせないことだ。
 今回は、知りうる限りで一番警察の捜査介入を潰せる人物――内閣情報調査室の室長である内海に江戸川コナンの存在の隠蔽を依頼する、という無謀極まりない方法で。
 過去のごたごたでうっかり出来たツテが意外と役に立つものだ。正直見返りに何を要求されるか想像するだけでも恐ろしいが、最速で片を付けるにはこれしか思い浮かばなかった。
 今は目先のことだけ考えよう。そういうことに、した。


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