「蘭! 無事か!!」
「うん! なんとか間に合ったみたい!」
俺が扉を抜けた頃には犯人は伸され、蘭は晶子お嬢さんを拘束するロープを解いているところだった。
「でも、コナン君が……」
「こ、このくらいへっちゃらだよ……」
そう息荒く応えるコナンは、満身創痍と表現する他ない有様だった。
足元に転がる金属バットを見れば、ぼこぼこにヘコんでいる。ジャンボ同様、犯人に殴られたのだろう。
「――行かせた俺が言うべきことじゃねえが、犯人に1人で立ち向かうなんて危ないことすんじゃねえよ」
「だって、犯人が、いつ晶子ちゃんに手を出すか、」
「分かってる。分かってるが、それでも……それでもなるべく2人共、怪我なく済むように考えて動いてくれ」
「おっちゃん……ごめんなさい」
「いや、まあ、………………2人共生きててよかった」
軽く頭を撫でれば、たんこぶが出来ている。瞬間、いてえと声が漏れた。暫く全身痛むことだろう。
痛ましい姿に手放しに喜ぶことは出来ないが、とりあえずは一件落着と言ったところか。
溜息を溢せば、足元から呻き声。どうやら蘭の伸した犯人が意識を取り戻したようだった。晶子お嬢さんを縛っていたロープを手に、暴れられる前に手早く拘束する。男は抵抗しなかった。
「晶子!!」
「パパァ!!」
ようやく追いついた谷氏は、晶子お嬢さんの無事を確認し、心底安堵した表情で彼女を抱きしめる。
更に遅れて追いついた麻生氏も彼女の無事を喜ぶ。その様子に、再び谷氏は表情を険しくした。
「麻生。お前の仲間も捕まった。これでお前も観念するんだな」
そう重々しく告げられ、麻生氏は狼狽える。
しかしこれに怪訝な反応を返すのは犯人の男だ。
「何言ってんだ? オレは、ホテルにいたあのガキを、たまたまさらっただけだ……仲間なんていねーぜ……」
「そうだろうな。因みに、お嬢さんはホテルでどうしてた?」
「ホテルのレストランで1人でのんびりメシ食ってたぜ……慣れた様子だったからいいとこのガキだろうと踏んで攫ってやったんだ」
倦怠感に包まれ、吐き出すように言われたその言葉に、谷氏は不可解だと言った顔をする。
「どういう事だ? じゃあ最初の誘拐事件は一体……? 毛利さんは分かっているようですが、これは……」
「それはですな、」
説明しようとしたところ、晶子お嬢さんが谷氏へ歩み寄る。
「あのね、パパ……本当は……」
「い、いけませんお嬢様」
真実を語ろうとする晶子お嬢さんを、慌てて止めようとする麻生氏。
そんな彼へ谷氏は不愉快そうに叱責し始める。身体を竦める麻生氏を庇うように、晶子お嬢さんは声を上げた。
「やめてパパ! 麻生さんは悪くないよ!!」
「お、お嬢様……」
「悪いのは晶子よ!!」
「な!?」
「だってこの誘拐事件を考えたのは、晶子なんだもん!!」
驚愕する谷氏へ、晶子お嬢さんは全てを伝え始めた。
日頃忙しくして構ってくれない父親と、一緒に過ごしたい。その一心で拙いながら計画された狂言誘拐。そして、反対しながらも、幼いお嬢さんの覚悟を汲んで手を貸した老執事。
そんな2人の狂言誘拐の顛末を聞かされた谷氏は暫く押し黙った。
「麻生」
粛然とした声が、倉庫へ静かに響く。
「いくら娘に頼まれたとはいえ、お前のやったことは許しがたい……」
「ハ、ハイ……」
「罰として――ただちに明日から一週間の旅行を手配しろ!!
場所は、晶子の行きたがっていたオーストラリア!!
人数はもちろん、晶子とワシの2人分だ!!」
――晶子お嬢さんの思いが、確かに伝わった瞬間だった。
しかし決まっているスケジュールをどうしたものか、と悩みだし、即決とは行かないようではあったが。
「ま、何はともあれ――これにて解決、ですな」
家族の笑顔は、確かに無事に取り戻せたようだった。