エブリワン観測



ドラルクさんと思ってた人から押し付けられたビンゴカードに覚えがあって、私は「その人」が誰か分かっていた。
御真祖様と呼ばれる吸血鬼の男性は、今日も変身して闇夜の享楽に潜り込んでいる。
閉店したクラブのトイレで起きた私、閉店したクラブに忍び込んで床にビンゴタイルを仕込んでいた御真祖様。
御真祖様はボロボロのメイクの私に「エブリワン。」とだけ声をかけ、仕込み終わってから私の近くに来た。
広いクラブに、私と吸血鬼だけ。
さて、どう会話を始めようか。
「あなた吸血鬼なのよね」と聞くか、いやそれはもう分かっている。
以前のことを踏まえて、些細なことから聞いてみることにした。
「吸血鬼なのに、人間と遊ぶのが好きなの?」
寝起きの私は上手く声が出なくて、声が震えてしわしわになった。
それを笑う素振りもなく、御真祖様は答える。
「名前は?」
「あ、なまえです」
「なまえ。人間は共存する生き物だ、生きているだけで発展していく彼らと楽しまないと損だろう。」
彫りの深い顔、血色のない肌、白い髪。
色合いが少しでも人間に近ければ、かなり整った顔なのではないかと思うということは、整った顔立ちなんだよなあ。
「でも、どうして遊ぶの?」
「ゆっくりしていると退屈だろう。」
「それだけ長生きしているなら、退屈も苦じゃないでしょう?」
私は退屈が嫌で、一人でクラブに来た。
でもヤケ酒を自ら食らってトイレにこもって、そのまま閉店。
店員にも気づかれない存在感の無さを自覚する前に、御真祖様に会えてよかった。
「退屈は感じるよ、楽しさも悲しさも憂いも怒りも、全ての吸血鬼が感じる。そのあたりは人間と変わらない。」
人間と変わらないものか。
長く生きたぶんだけ、生き方のコツも心構えも持っている。
「ドラルクさんから一族最強の吸血鬼って聞いたよ、向かうところ敵なしじゃない、強いのね」
「我々の大敵は死よりも恐ろしいものだ。みんな、それを知るまで何百年とかかる。」
吸血鬼が恐れるもの?
太陽光、十字架、ニンニク、聖水、あとなんか封印されるやつ。
私が知っているということは、これらは百年とかからず判明した吸血鬼の弱点。
これらの弱点は、彼に通用しないのだろう。
「百年後なんて私は死んでるよ」
いつ死ぬか、誰にも分からない。
私の人生に死なんてまだ遠い存在のような気がするけど、いつか死ぬ。
濡れた雨の夜、闇夜を見ながら歩くとき。
無数の夢を掴みたくても掴めないとき。
「ヤケ酒を食らう時とか、クラブに行こうとするまでの道のりとか、普段何をしていたかとか」
どれだけ人生を謳歌しても無力な私。
独り言を、御真祖様に聞かせるくらい愚か。
「そういうことを深く考えだすと、死が近づいてくるような気がする」
長生きなら、この答えを知っているでしょう。
寂しいんだよ、だから私も御真祖様も遊ぶのよね。
「人は賢い。」
決して賢くない私に、御真祖様は語る。
愚かな人間共の中のひとりでしかない私は、言葉を受け止めるだけ。
「短すぎる寿命の中で、全てを知ろうとする。吸血鬼が恐るものを掻き消すように革命と戦争を起こし、荒地から作り直す。」
「つまり…人間は嫌いじゃないのね」
「嫌いじゃないよ、一緒に暇潰せるしね。」
わかるよ、寂しいんだよね。
だから夜な夜な遊ぶわけ、案外親しみやすいじゃん。
寂しさが一番の敵なら、笑いと叫びで寂しさをぶっ飛ばしてしまえばいい。
「吸血鬼は享楽主義だ、寂しいと感じる暇はない。」
心を読まれたのか、御真祖様はふつっと途切れるように呟いた。
寂しいと感じる前に楽しんでしまえばいい。
「色々大事にしないと、楽しい時も弱くなった時もしんどい。」
「思い切り弱くなってもいいの?」
「うん、いいよ。」
卑屈な答えだと思えないくらいには自分のことを考えていて、余裕のある答えだと思えないほどに、希望的観測。
寂しいと感じたら、つらいもんね。
「人生って何かと引き換えなの?」
「そういう時もあるけど、楽しいことのほうが多い。」
御真祖様は私の手を取って、ゆっくり歩きだした。
向かうはクラブの出口。
階段、降りるのめんどくさいなあ。
一瞬でもそう思ったのを読まれたのか、御真祖様はマントで一瞬だけ私を包んだ。
目の前には、扉。
ホールから出入り口まで一瞬で辿り着いて、つい笑う。
御真祖様を背に、禿げたネイルが目立つ手でクラブの扉を開けた。
夜の香りが冷え切った深夜に歩きだす。
「なまえ、Twitterやってたらフォローよろ」
「あ、そういやスマホの電池切れたまんまだった」
「ネカフェ行く?」
私よりずっと大きな背をした御真祖様を見上げると、スマートフォンをいじっていた。
めっちゃ高速でタップしてる、インテリだ。
と思えばインカメが起動し、盛りアプリがスマートフォンの画面に映った。
盛られた私と御真祖様が撮影され、美肌補正のかかった二人が映る。
「あれ、カメラに映るの?」
「映ろうと思えば映れる。」
そうなのか、としか言えないけれど、まあいいや。
「じゃ、ネカフェいこ」
「うん、先にヴァミマで飲み物買うね。」
「フラッペとピンモン、どっち飲む?」
営業中のヴァミマを指差し、ボロボロのメイクのまま破顔一笑。
微かに笑った気がする御真祖様と、行くあてのない人間が朝焼けが香る前の夜に歩く。
「ドラキュラって顔してるから、キュリーって呼んでいい?」
「いいよ。」



2021.10.25



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