素早さ53万くらい



箱根育ちのサキュバス視点




サキュバスについて誤解しているわ。
まず自分の体で性行為を行わない。
そんなリスクのあることするわけないでしょう。
サキュバスだって病気や怪我や犯罪は怖い。
精力が欲しいときは分身や分霊体に性欲旺盛な誰かと性行為をしてもらって、間接的に精力を得る。
誰かを騙して性行為に持ち込んだりしない。
みんなが思うより陰湿な存在じゃないから、私は私の思うままに行動して生きてきた。
「お邪魔しまーす!」
ロナルド君の事務所のドアを勢いよく開けると、クソゲーをしていたドラルクが悲鳴をあげる。
咄嗟にジョンを抱きかかえ、茶番のごとく私から距離を取った。
「出たな淫魔!ジョンはやらんぞ!」
「呼ばれてなくても箱根の秋はやってきまーす」
親しみやすいはずと考えた地元ネタ、もとい育った箱根を引きあいに出す私を見て「なまえ、おっす!」と軽く挨拶するロナルド君の声がした。
種族的に「近いもの」があるドラルクは、私に対して清純潔白なレディの扱いを決してしない。
「箱根の秋がなまえひとりで完結してたまるか!というか、なんでここに来たのだね。」
「プロテインと豆乳、この近くのスーパーじゃないと無いのよ」
「ネットスーパー使いなさい!」
不健康そうな顔と体躯に似合う黒い服。
吸血鬼の概念を体現してるのは、知ってる限りでもドラルクだけ。
ロナルド君の人気が高いように、ドラルクの魅力だって世には伝わっている。
入り口にプロテインと豆乳の入ったカバンを置いて、どこからともなく取り出した白とピンクの封筒の束を見せつけた。
「用事はね、これ!私の店にドラルクのシャブ生を見てる子がいて、ファンレター渡してって頼まれたわ」
ファンレターの束をドラルクに渡すと、先ほどまでの態度とは打って変わって不健康そうな笑顔を見せる。
ドラルクのシャブシャブ動画の生放送、通称生シャブ中ファンはけっこういる。
「もちろん一度開封して、危ないものがないか確認したからね」
「ふむ、ありがとうなまえ。シャブ中を通して私に好意を抱く者がいるのは悪い気はしないものだねえ、ロナルド君?」
手紙の束を手にして、ロナルド君に微笑むドラルク。
喜々溢れる悪そうな笑顔にイライラしたロナルド君が、いつものように襲い掛かる。
「うるっせえ!調子に乗るなクソ吸血鬼!」
ロナルド君の右がドラルクの顔に入り、勢いよく砂になった。
私がサキュバスだと知ってから一か月は目も合わせてくれなかったロナルド君は慣れたようで、私と話すときくらいは赤面しなくなった。
たぶん童貞、性のなんたるかを知らず。
「ロナルド君ったら手が早いんだから。私の店の子に、優しい手つきを教えてもらったらどう?みーんな優しくしてくれるわ」
性を知る前に怖い思いをしては、いけない。
「お、おう……。」
少しだけ顔を赤くしたロナルド君に、ネタばらし。
「金玉も精力もすっからかんになるかもしれないけどね」
「嫌だー!!!!」
いつの間にか復活していたドラルクが、淫魔に食われる!と思いこんだロナルド君を支える。
「ロナルド君、なまえの店にだけは行ってはいけない。ケツの毛まで毟りとられて廃人と化し、セロリすら食う君なんて耐えられない。」
クソゲーをセーブしたドラルクが液晶画面から離れ、次いで「死んでもセロリは食わねえよ!」という呻きが聞こえて、私は自信たっぷりに訂正した。
「最近は酒の提供は控えて、昼はノンアルと食事で経営してるし、それに、いま一番多いオーダーはロナ戦イメージカクテルとイメージフードよ」
「ちょっと行こうかな…。」
「やめたまえロナルド君!!」
ロナ戦イメージカクテルの注文が多すぎて、リキュールの追加が多い。
私の店に頻繁に出入りするサキュバス、インキュバス、ダンサー、吸血鬼美人局たち―――は、悪さをするから追い出すけれど。
ロナルド君の作るエンターテインメントはどの層にも受けている。
「大体、なまえの店はヤバい感じの溜まり場になってるだろう!そんな如何わしい店に五歳児が行けるか!」
あとトマト系も売れるし、中学二年生御用達のメニューも売れていく。
そう言おうとしたのにドラルクが見事に遮った。
「テメーも行けねえだろHP1クソ雑魚ナメクジおじさん!」
怒る五歳児の紛れてソファに座って、クソゲーを遊ぶ液晶画面を見る。
また名も知らぬクソゲーをクリアするためにドラルクのゲーム技術が炸裂し記録されていくのを傍目に、まだまだお喋りをしたくなった。
「溜まり場になってないとこもあるわよ、クラブ経営してるわ」
「へえ、賑やかなモンばっかやってるんだな。」
「そっちはシーニャが緊縛ショーを披露してくれるから別の客層に大人気」
「うわーぁ絶対行きたくない。」
想像してガン萎えしたドラルクが、クラブについて一言。
「私は鼓膜に亀裂が出来そうな曲は苦手だ。」
見た目だけならクラシックを聴いていそう、間違えてメタルなんか聴いた日には砂になりそう。
ドラルクの耳に触れるものは、きっと誰も傷つかない音楽なんだろうな、全然予想つかないから何も言えないけど。
「でも昨日ジョンに箱回してもらったよ、白熱したわ」
「ジョォォォン!!なまえに変なことされてないかい!?」
どれだけ箱が沸いたか、ドラルクに教えてあげたい。
LINEでも教えてくれれば動画を送りつけるのに。
泣きながらジョンを抱きしめるドラルクが面白くなって、絶対にドラルクが分かりきっていると知っていても、それでも言ってしまう。
「失礼ね!サキュバスだからって誰でもいいわけじゃないのよ!」
そうなの?と言ったロナルド君に、良い機会だから説明する。
この答えが返ってくるということは、ドラルクは私の話を普段しないことが伺えた。
それはそれで、有難い。

「今時のサキュバスは自分の体で精力を得ないわ。このご時世じゃ色々危ないし、食事くらい安全にしたいから霊力を込めた分身か分霊体に精力を狩ってもらって、それをエネルギーにするのが一般的よ。足りない時はプロテインと豆乳を飲んでホルモン安定させてるわ」
完璧な説明をした!と思った私を察したのか、ドラルクが不満そうな顔をする。
「なんで君は自分が淫乱である可能性をそこまで否定するんだ。」
「なによ吸血鬼クソゲーしゃぶしゃぶ」
渾名を気にする様子もなく、ドラルクはサキュバスに対する偏見を返上した。
「そういうわけだロナルド君、なまえに会っただけでは危険な目に遭うことはない。」
「お、おう、まあ……そうだな。」
訂正。
この二人、というかロナルド君のほうが私の話をすることがあったようだ。
健康的な若造より不健康な208歳のほうが、色々と深く知っている。
ここで叫び出しては名も持たず、私はまた話を笑いに変えるしかなかった。
「まあ、私は精力より魂食派よ。箱根の夏はよく出たわ。もう出なくなって100年は経つけど」
「なまえが箱根の幽霊全滅させたの?」
怪訝な顔をしたドラルクがジョンを抱きかかえ、そっとキッチンに向かう。
大きめのマグカップを取って、冷蔵庫から牛乳を出している。
何か作ろうとしてくれているのを見て、わくわくした。
ソファに座ったまま背を伸ばして、尾てい骨から伸びる尻尾を服から伸ばす。
ぴんと立った尻尾の先はハート型に割れ、気分によって色も変わる。
普段通りにしていれば、角も生えてこないし淫紋も浮かばない。
「そうそう、新横サキュバス情報。」
「なんだねその広告の帯にある求人の「アットホームな職場です」以上にロクでもなさそうな情報源。」
何か不気味なものでも見たかのような顔をしたドラルクが、牛乳を注いだマグカップを電子レンジで温めはじめる。
ホットミルク、もしかして私に作ってくれているのだろうか。
ロクでもなさそうな情報源、その通り。
「廃病院跡地に下等吸血鬼がいるって話。カップルが逃げるからサキュバスと吸血鬼美人局は困ってるって」
「ん?そんなら吸血鬼美人局も同時に倒せるじゃねーか。でもなんで廃病院にカップルどころかサキュバスまでいるんだ。」
「青姦したがるカップルの性欲を奪っていくためよ」
吸血鬼退治人に廃病院青姦スポット情報ごと報告し終えると、電子レンジの音が鳴る。
ドラルクがホットミルクを取り出して生クリームをたっぷり乗せて、それからココアパウダーをかけて。
美味しそうな匂いに耐え切れず、キッチンに向かって声をかける。
「吸血鬼の料理!食べてみたい!」
「このホットミルクは私のだぞ。」
期待外れだった、という態度を隠しもせず見せると、ドラルクは棚から皿を出してくれた。
私の目の前に差し出された皿には、綺麗に焼かれたクッキー。
「美味しそう!」
「食べたまえ。」
招かれないと部屋に入ることができない吸血鬼らしい「召し上がれ。」
ドラルクが言うと偉そうだけど、まずは一口と頬張ったクッキーはとても美味しい。
頬をとろけさせていると、ドラルクは私の様子を見て笑った。
「ロナルド君は吸血鬼退治、私はクソゲーレビューで忙しいのだよ、なまえを存分にもてなす暇はない。」
「オメーは別に忙しくねえだろうがドラ公。」
クッキーを齧る音の隙間に「砂っ!」という音と声がしたような気がした。
別に、もてなしを受けたくて来たわけじゃない。
わざわざ来る理由なんて、必要なの?
復活したドラルクが何か言う前に、先にクッキーを飲み込む。
香るバニラとアーモンド、あとシナモンの香り。
「会いたいから来てるんだけど」
本音を一言。
ドラルクが「ん?」と言って私を見て、それから、私は店で見せる笑顔のままロナルド君の前にロナ戦を差し出す。
「あっそうだ、遊びに来た子がロナルドさんの大ファンでね、預かってきたロナ戦にサインして!あと店に置いてるロナ戦にもお願い」
どこからともなく出したロナ戦二冊に、ロナルド君は真っ赤な笑顔でサインしてくれた。
「チキショーうるせえお買い上げありがとうございます!」
サイン本を受け取ったら、帰ろう。
入口に置いておいたカバンを持って、帰る準備を始めた私の足元にジョンが来る。
またね、と言いたそうに手を振ってくれているジョンに微笑んで、手を振り返す。
「ジョン、またよろしくね」
「ヌー!」
親指を立て、沸かせた箱を彷彿とさせるようなターンテーブルさばきの動きをさせる。
可愛いジョン、私もジョンくらい可愛くなりたい。
ロナルド君が私にサイン本を差し出し、サインしたことが嬉しいのか照れた顔のまま目をそらす。
「はいなまえ、よろしく。」
「どうも!みんな喜ぶわ」
サイン本をカバンにしまい、プロテインとプロテインの間にしまう。
さあ帰ろう、そんな私にドラルクが声をかける。
「次来る時は言ってくれたまえ、ほらこれLINE。」
ドラルクのスマートフォンに映し出されたQRコード、を自分のスマートフォンで読み込み、LINEが繋がる。
さっそくスタンプを連打すると、ドラルクが砂になった。



豆乳をビールジョッキに注ぎ、プロテインを投入。
一気に飲んで、精力を蓄える。
「ああああやっば……話した………ら、LINE交換しちゃった……」
ドラルクと話した、録音によると10分19秒。
しかもLINEまで交換した。
「い、今までで一番長く話せた!」
録音を何回も聞き返し、ドラルクの声を聴くたびに胃がきゅうっとする。
ドラルクの情けなさそうな笑顔と見透かすような顔。
こちらを捲るような言動と手つき、細く長い手足。
彼の魅力に取り憑かれてから、生きるために必要な精力を摂取できずにいる。
プロテインと豆乳で過ごす生活が捗っていることは、誰にも知られていない。
「ドラルクぅ…すき…」
思い出す、さっきのことば。
「なんで君は自分が淫乱である可能性をそこまで否定するんだ。」
ああ、やめて。
そんな不満そうに眉を顰めないで、薄い唇を歪めないで。
きっと、もうバレてる。
私より100歳上なんだ、よく死ぬとはいえ高等吸血鬼。
知性も私の100倍くらいある、口を滑らせなくてもドラルクはわかりきっている。
血の気が薄く痩せた唇から「なんで君は自分が淫乱である可能性をそこまで否定するんだ。身の潔白を証明して、誰かに実は清純だと言いたいのか?」と暴露されたら。
考えが追い付く前に、ジョッキの中のプロテインを飲み干す。
喉を鳴らして飲み干す液体が、ドラルクの作ってくれたホットミルクだったらよかったのに。
ジョッキをテーブルに投げるように置いて、ソファで悶える。
「あー!あー!すきー!!」
一切の欲が無さそうな見た目、知性だけを豊富に蓄えた頭、丁寧で綺麗な動き。
すぐ死ぬドラルクから、LINE通知。
素早さ53万くらいの動きでスマートフォンを取り、LINEを確認すると「ハロウィンのお菓子できたら食べて、おばけアイシングクッキーとかぼちゃケーキは確定レシピ」と来ていた。
臍下に淫紋が浮かび上がって、絶頂が身体を包む。
ドラルクのことでしか浮かばなくなった淫紋をサキュバスたちに知られたら、無理矢理にでもドラルクとセックスする羽目になる。
そんなの嫌だ、ドラルクと死にながらでいいから合意の元でセックスしたい。
スマートフォンを握りしめ、ピンクと黒で彩られた天井を仰ぐ。
「すき……………」
胸の高鳴り、脳を焼き切るような熱、全身を蕩けさせる感情、額からバキバキに生えた角が熱い。
腰を跳ねさせながら、LINEの返信内容を考える。
恋をしたサキュバスより、みっともない生き物はない。




2021.10.25




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